2-4 女子高生の髪の毛をクンクンさせてもらう

「まずはオシャレカフェでしょ!」

「映えスポットにも行ってみたくない?」

「私は広い公園でピクニックがいいかな。お弁当持って」


「いいですね、お弁当! みんなで楽しく手作り――」


「オッサン! 弁当作りは任せたぞ!」


「あ、はい……」


 残念ながら「彼氏と一緒に弁当作りを楽しむ」という選択肢はないらしい。まあ、いいか。


「あっ、そうだ! ねえ、オッサン!」


 休日に『車で行ってみたい場所』について4人で楽しくお喋りしながらマンションへ向けて走行中。赤信号で停車したタイミングでミサキさんが挙手する。


「帰る前にドラッグストア寄りたい!」


「構いませんけど、何を買うんですか?」


「オッサン家に置くシャンプー! 今日はオッサン家にするからー」


「えっ、お泊まりっ!?」


 まったくもって予想すらしていなかった言葉に思わず振り返る。


「しかも今日おお!?」


「そおー」


「聞いてませんよっ!?」


「ええ? 言ったじゃん」


「いつ?」


「今」


「――いまッ!?」


 それを『言った』とは言わない。


「オジさん、信号青だよ」


「おっと!?」


 助手席に座るアヤネさんに促され、俺は慌てて体を戻して車を発進させる。


「もー、ミサキってばしっかりしてよねー」


 後部座席のリサさんは呆れ顔だ。


「ミサキがお兄さんにお泊まりのこと伝えとくからって言ったんでしょー?」


「あーし、忘れてたー。ごめんちょ」


 ミサキさんはペロッと舌を出しながら自分の頭をポコッと小突く。おちゃらけギャルが可愛すぎるんだが?


「お家の方は知ってるんですか?」


「もっちろん! だってオッサンと約束したもんね! 『遠出するときとお泊まりするときはお母さんに前もって言っとこうね』って!」


 満面の笑みで答えるミサキさんに続いて、アヤネさんとリサさんも頷く。


「はぁ……まったく……」


 3人とも俺には勿体ないくらいいい子すぎる。


「もしかしてダメだった?」


「そんなわけないじゃないですか。お家の方の許可をもらってるなら断る理由はありませんよ。今日は楽しいお泊まり会にしましょうね!」


「オッサン、わかってんじゃん!」

「いえーい! パジャマパーティー!」


 ギャルたちは車内で大盛り上がりだ。


「けど、次からはちゃんと事前に言っといてくださいね? 食事の準備もあるんですから」


「今日は大丈夫じゃん! もう買ってあるからー!」


 ミサキさんが得意げに突き出してきたのはマッグのロゴが印刷された紙袋だった。


「え? 本気で言ってますか?」


「もっちろん! 今夜はバーガーパーティーで決まりっしょ!……って、オッサン!? ドラッグストア、通り過ぎてんだけど!?」


「そんなジャンキーな夕食、絶対に許しませんからね!!」


 俺は鼻息荒く車のハンドルを切ると、マンションとは逆方向へ進路をとる。


「えっ、どこ行くの!?」


「ドラッグストアにスーパーが併設されている別の店舗へ向かいますよ!! 今夜は野菜パーティーにしましょう!!」


「えええー!? ヤなんだけどー!」


「問答無用おお!! うおおおおお!!」


「オジさん、落ち着きなって……」



 ドラッグストアのシャンプー売場へ到着した3人は各々で商品を選び始める。


「あれ? 別々に買うんですか?」


 俺がポカンとしていると、近くにいたアヤネさんに深い溜め息をつかれる。


「当たり前じゃん。それぞれの髪質とか好きな匂いがあるんだからさー」


「ああ、確かに……」


「ちなみに私はローズ系。こんな感じ」


 そう言ってアヤネさんがゆるふわな銀髪を差し出してくれたので、髪の毛の匂いを嗅がせてもらう。大人っぽい上品なバラの香りが漂ってくる。


「たぶんミサキは甘めのフローラル系で、リサは爽やかなフルーツ系だと思う」


「なるほど」


 けっこう違いがあるんだな。今までそんなに気にしたことなかった。


 スンスン


 それにしても、女子高生の髪の毛って近くで嗅ぐとこんなにいい匂いがするんだな。


 スーハー、スーハー


 好きだなー、この匂い。ずっと嗅いでられるな。


「ねえ、オジさん?」


「はい」


「私の匂いを気に入ってくれたのは嬉しいんだけどさ。ちょっと嗅ぎすぎかな。お店の中だし」


「……」


 俺の鼻先はいつの間にかゆるふわな銀髪に埋もれていた。俺はそっと顔を離してから辺りの様子を窺う。


「安心しなよ。周りに他のお客さんはいないからさ。まあ、ミサキとリサには思いきり見られてるけど」


 美人ギャルと妹ギャルが揃ってジト目を向けくる。


「あの、アヤネさん? この場合、俺はどうすれば?」


「んー。とりあえず、あの2人にも同じことをしてあげればケンカにならないんじゃない? ついでに『いい匂いだね』って言ってあげれば?」


 俺はアヤネさんに言われたとおり、ピンク色のメッシュが入ったツヤツヤの金髪ストレートと、青色のメッシュが入った黒髪のさらさらショートカットへ鼻先をうずめてスンスンするのだった。



「たっだいまー!」


 買い物を済ませて家へ戻ると、ご機嫌な様子のミサキさんとリサさんは早々と部屋へ向かってしまった。


 玄関に残された俺とアヤネさんは互いに見つめ合い、どちらからともなく顔を近づけていき――


 ピピピピイイイーーーー!!


 けたたましい笛の音に邪魔されてしまうのだった。

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