1-3改 オッサン、ギャルに待ち伏せされる

 俺は額に流れる汗を拭いながら落ち着いた声でギャルに話しかける。


「もう諦めましょう……」


 歩道に座り込んでしまった彼女から返事はない。


「これだけ探しても見つからないなら、どこか別の場所で飾りを落としてしまったのかもしれませんし……」


 ハンドストラップから外れてしまった星の飾りを彼女と一緒に探し始めて3時間。もう駅前を何往復したかも覚えていない。


「ううぅぅ……彼ピからのプレゼントなのに……ううぅぅ……このままじゃ、あーし……フラれるううぅぅ……」


 辺りはすっかり暗くなり、探し疲れて地面にへたり込んでしまった彼女の瞳からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちている。


 どうしてそこまで必死なのか。プレゼントをちょっとダメにしたぐらいで別れる男なんていないだろうに……。もしもそんな男と付き合ってるなら、いっそのことフラれてしまった方がこの子のためになる気がする。


 もどかしい。


 もし俺が彼氏なら、今すぐこの子を抱きしめて『もう探さなくていいんだよ? プレゼントを大切にしたいっていうキミの気持ちは十分伝わってるからさ』なんて言葉をかけて優しく涙を拭いてあげられるのに……。


「これ、使って」


 彼氏でも友達でもなく、単に探し物を手伝ってる人に過ぎない俺にはハンカチを差し出すことしかできない。


「ぐすっ……ありがとう……」


 素直にハンカチを受け取った彼女は涙を拭き始めるが、拭いた先から涙が溢れ出ている。俺は彼女の正面へしゃがみ込む。


「俺の意見なんて参考にならないかもしれないけど。プレゼントをちょっとダメにしたぐらいで大好きな彼女を振るような男はいないと思いますよ?」


「ぐすっ……ほんとぉぉ?」


 出会った頃の勢いはどこへやら。不安いっぱいの子犬のようになってしまったギャルが潤んだ瞳で見つめてくる。俺は彼女の不安を取り除くように優しく微笑みかける。


「もちろん!」


 できれば俺も見つけてあげたかった。そしてキミからお礼のキス(できれば口に)を受け取りたかった。けれどもう体力が限界に見える。


「そろそろお家へ帰りましょう? ご両親も心配するでしょうし」


 俺が優しく手を差し伸べると彼女は涙を拭いて俺の手を掴む。俺は彼女を立ち上がらせて駅の階段まで連れて行く。


「ひとりで大丈夫ですか?」


 コクンと頷いた彼女が階段を上がっていく後ろ姿を下から見守る。彼女は階段を上がり切ったところでいったん立ち止まって振り返る。


「あーし、彼氏に振られないよね?」


 不安げな彼女が動かなくなってしまったので、俺も階段を上って彼女を改札口まで連れて行く。


 彼女は改札を越えたところで再び立ち止まる。


「ほんとにほんとに振られないよね?」


 仕方がないので駅の入場券を買い、彼女をホームまで連れて行く。


「絶対に大丈夫だよね?」


 電車に乗った彼女はホームへ身を乗り出してくる。


「心配ないですって。もし彼氏にフラれるようなことになれば、俺がよ! ほら、電車が出ます。もっと下がってください」


 俺がホームから彼女の体を車両へ収めると扉が閉まる。扉にひっつき不安そうにこちらを見つめる彼女へ向かって笑顔で話しかける。


「心配しなくても大丈夫です!」


 彼女はようやく安心できたのか、ガラス越しにニコッと微笑む。いや、可愛すぎるだろ。


 電車が走り出すとともに笑顔で手を振る彼女の姿が徐々に小さくなっていく。名前も知らないギャルの乗った電車をホームでひとり見送った俺はポツリと呟く。


「あの子の彼ピが羨ましい……」



 週明け月曜日。


 仕事を終えた俺は駅の階段を下りながら溜め息混じりに肩を落とす。


「はぁ……あの子の連絡先、聞くだけ聞いておけばよかった……」


 まさか仕事中も彼女の笑顔が頭に浮かんでくるとは思わなかった。この3日間、悶々としっぱなしである。


 オッサンに興味ないとかハッキリ言われたし、もう会うこともないだろうと思ってあの子の連絡先を聞こうとすら思わなかったけど、今となっては後悔しかない。


 まあ、聞いたところで『オッサン、キモッ!』なんて言われて拒否されてた可能性大だけど。……というか、俺はオッサンじゃない。


 俺は階段を下りきって首を振る。もう忘れよう。過ぎてしまったことを気にしてもしょうがない。


 それに考えてもみろ。10コ以上年上で、しかも見た目が普通の会社員なんて、あんな可愛い子が興味あるわけない。それにあの子、彼氏とラブラブだって言ってたし。


 そもそもギャルなんて未知の生物、どう接していいのかも分からない。これでよかったんだよ。


「よし」


 俺は無理やり自分を納得させて一歩踏み出す。そして気づく。


「って、あれ? なんかいる」

 

 柱の陰から辺りを窺っているのは間違いなくあの子だった。制服ミニスカートに金髪ピンクメッシュの美人ギャル。キョロキョロを辺りを見回す彼女と目が合う。


「あっ!! いたー!!」


 え? デジャヴ?


 ギャルは先週と同じく大股で近づいてくる。


 えっ、また!?


 明らかに怒っている様子のギャルは俺の目の前までやってくると、腰に手を当てて声を荒げる。


「あのさ!!」


「は、はいっ!?」


「あーし、彼氏にんですけどッ!!」


「……は?」


「だから!! 彼氏にフラれたの!! オッサンが責任取って!!」


「……」


 え? マジ?

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