1-2 オッサン、ギャルに待ち伏せされる

「もう諦めましょう……」


 俺は額の汗を拭いながら名前も知らないギャルに声をかける。7月も半ばともなれば夜でも動けばかなり汗ばむ。


「これだけ探しても見つからないなら、どこか別の場所で飾りが外れてしまったのかもしれませんし……」


「ううぅぅ……彼ピからのプレゼントなのに……ううぅぅ……このままじゃ、あーし……フラれるううぅぅ」


 チェーンストラップから外れてしまった星の飾りを彼女と一緒に探し始めて3時間。もう駅前を何往復したかも覚えていない。疲れ果てた彼女は地面にへたり込み、泣き崩れている。


 そもそもプレゼントの飾りを失くしたぐらいで別れを切り出すような男はいないだろうに……。それに、もしもそんな男と付き合ってるなら、いっそのことフラれてしまった方がこの子のためになる気がする。


 辺りはすっかり暗くなっているのにボロボロと涙を流しながら星の飾りを探し続ける彼女の姿を見ているのが気の毒でしょうがない。


 もし俺が彼氏なら、今すぐこの子を抱きしめて『もう探さなくていいんだよ。プレゼントを大切にしたいっていうキミの気持ちは十分伝わってるからさ』なんて言葉をかけて優しく涙を拭いてあげるのにな。


「これ、使って」


 今日たまたま出会っただけの俺にはハンカチを差し出すことしかできない。


 ハンカチを受け取った彼女は素直に涙を拭き始めるが、拭いた先から涙が溢れ出ている。俺は彼女のそばへしゃがみ込む。


「俺の意見なんて参考にならないかもしれませんけど。プレゼントをちょっとダメにしたぐらいで大好きな彼女を振るような男はいないと思いますよ?」


「ぐすっ……ほんとぉぉ?」


 ギャルが潤んだ瞳で見つめてくる。


「もちろん!」


 俺は笑顔で答える。


 できれば俺も見つけてあげたかった。そしてキミからお礼のキス(できれば口に)を受け取りたかった。けれどもう体力が限界に見える。


「そろそろお家へ帰りましょう? ご両親も心配するでしょうし」


 俺が優しく手を差し伸べると彼女は涙を拭いて俺の手を掴む。俺は彼女を立ち上がらせて駅の階段まで連れて行く。


「ひとりで大丈夫ですか?」


 コクンと頷いた彼女が階段を上っていく後ろ姿を下から見守る。彼女は階段を上り切ったところでいったん立ち止まると振り返る。


「あーし、彼氏に振られないよね?」


 心細げな彼女がそれ以上動かなくなってしまったので、俺も階段を上って彼女を改札口まで移動させる。


 彼女は改札を越えたところで再び立ち止まる。


「ほんとにほんとに振られないよね?」


 仕方がないので駅の入場券を買い、彼女をホームまで連れて行く。


「絶対に大丈夫だよね?」


 電車に乗った彼女はホームへ身を乗り出してくる。


「心配ないですって。もし彼氏にフラれるようなことになれば、俺がよ! ほら、電車が出ます。もっと下がってください」


 俺がホームから彼女の体を車両へ収めると扉が閉まる。扉にひっつき不安そうにこちらを見つめる彼女へ向かって笑顔で声をかける。


「大丈夫です!」


 彼女はようやく安心できたのかガラス越しにニコッと微笑んでくれる。いや、可愛すぎるだろ。


 電車が走り出すとともに笑顔で手を振る彼女の姿が徐々に小さくなっていく。ホームでひとり、名前も知らないギャルの乗った電車を見送った俺はポツリと呟く。


「彼ピとやらが羨ましすぎるんだが?」



 週明け月曜日。


 仕事を終えた俺は駅の階段を下りながら溜め息混じりに肩を落とす。


「はぁ……あの子の連絡先、聞くだけ聞いておけばよかった……」


 まさか仕事中も彼女の笑顔が頭に浮かんでくるとは思わなかった。この3日間、悶々としっぱなしである。


 オッサンに興味ないとかハッキリ言われたし、もう会うこともないだろうと思ってあの子の連絡先を聞こうとすら思わなかったけど、今となっては後悔しかない。


 まあ、聞いたところで『オッサン、キモッ!』なんて言われて拒否されてた可能性大だけど。


 俺は階段を下りきって首を振る。もう忘れよう。過ぎてしまったことを今さら気にしてもしょうがない。


 考えてもみろ。10コ以上年上で、しかも見た目普通のサラリーマンに興味あるわけがない。それにあの子、彼氏とラブラブだって言ってたし。


 そもそもギャルなんて未知の生物、どう接していいのかも分からない。これでよかったんだよ。


「……よし!」


 俺はどうにか自分を納得させて一歩踏み出す。そして気づく。


「あれ? なんかいる」

 

 柱の陰から辺りを窺っているのは間違いなくあの子だ。制服のミニスカートからスラリと白い脚が伸びる美人ギャルと目が合う。


「あっ!! いたー!!」


 え? デジャヴ?


 ギャルは先週と同じく大股で近づいてくる。


「えっ、また!?」


 明らかに不機嫌そうなギャルは俺の目の前までやってくると、腰に手を当てて声を荒げる。


「あーし、彼氏にフラれたんですけどッ!!」


「……は?」


「だから!! 彼氏に振られたの!! オッサンが責任取って!!」


「……」


 え? マジ?

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