1-3 オッサン、責任を取ってあげる
「はぁ……」
俺はショッピングモールの通路でひとり溜め息をつく。名前も知らないギャルの言葉にちょっと期待してしまった自分が恥ずかしい。
「はぁ……」
だって普通思うだろ?
『彼氏にフラれたから、オッサンが責任取って!!』
なんて言われたら、元彼の代わりに俺が付き合ってあげればいいのかなって。今夜、ベッドの上で慰めてあげればいいのかなって。
「違った……」
俺はスマホアクセサリー店の店内で楽しげに商品を物色している制服姿の女子高生へと目を向ける。
「まさか『新しいハンドストラップ』が欲しかっただけとは……」
そりゃ、確かに言ったよ? 先週、彼女を帰りの電車へ乗せるために『もし彼氏にフラれたら何でも好きな物を奢ってあげる』って。
だって、ストラップがちょっと壊れたぐらいで恋人と別れるなんて普通思わないだろ?
というか、よくよく聞いたら別れた原因はストラップじゃなかったし。
彼女いわく――
プレゼントの一部を紛失してしまったことを彼氏に謝ろうとしたら、先に別れ話を切り出されたらしい。
「でね! 聞いてよ、オッサン! アイツ、二股かけてたんだよ! 信じらんないし! あんなクズ、こっちから願い下げだし! すぐに捨ててやったわ、アイツから貰ったストラップ!」
「えっ、捨てたんですか? この前、あんなになるまで探したのに?」
「当たり前じゃん! あんなもん、ソッコーでゴミ箱行きだし!」
そう言って彼女は元彼のストラップをゴミ箱へぶち込む様子を再現してくれた。
「――あれはちょっと笑えたな、ふふっ」
現在、俺はビジネスバッグと学生鞄を抱えながら通路でひとり、彼女がストラップを選び終えるのを待っている。
「ねえ、オッサーン? あーしの
「ちょっ!?」
その場に居合わせた買い物客の視線が集まる。俺は駆け足気味に彼女の元へ向かい、小声で必死に訴える。
「スカートなんか見てませんって!?」
「え? そお? だってオッサン、こっち見ながらニヤニヤしてたじゃん。それよりさ、見て見てー。どっちがいいかな?」
ギャルは嬉しそうに2つのストラップを見せてくる。どちらも前に付けていた物と同じくギラギラしたチェーンタイプだ。
「そういう感じの物が好きなんですか?」
「え? 好きって言うか、こういうの以外つけたことない」
正直、どちらもピンと来ない。俺はディスプレイされた商品に目を向ける。
この子見た目は派手だけど、こういう『ビーズタイプ』の可愛らしい感じの方が似合うと思うんだけどな。
「オッサンはそういうのが好きなの?」
「うおうっ!?」
突然ギャルにくっつかれて思わずのけ反ってしまう。
「なにその反応! オッサン、焦り過ぎじゃん! ウケるー!」
ギャルは楽しそうにケラケラと笑い始める。
俺は女友達がわんさかいるようなイケイケの陽キャじゃないんだ! 恋人でもない女の子に急に密着されたら普通に焦るって! というか、めちゃくちゃいい匂いがするな、この子!
いったん落ち着こうと息を整える俺の隣で彼女は商品をひとつ手に取る。それは花型のビーズが散りばめられたピンク色のストラップだった。
「あーし、これにしよっかな!」
「え? それでいいんですか? 前の物と違って、かなり可愛らしい感じですけど?」
「うん! だってあーし、お花好きだし! ところでオッサン、彼女いたりする?」
「いえ、いませんけど……?」
唐突すぎるだろ。さすがギャル(←偏見)。
「じゃあ、オッサンのはこれね!
「え?」
「昨日貸してもらったハンカチ、アイロンで焦がしちゃったって言ったでしょ? そのお詫びに、あーしがオッサンに買ってあげる!」
いや、まあ。その心がけは立派だが。職場にお花のハンドストラップをつけて行けと?
「別にハンカチのことなら気にしなくていいってさっきも言った……って、いない!?」
ギャルはすでにレジへと向かっていた。俺は慌てて彼女に追いつき学生鞄を渡す。
「あの、これ!?」
「あはははっ……オッサンに持ってもらってたこと忘れてたんだけどおー」
ギャルはテヘペロしながら財布を取り出す。可愛いーな、おい!
「あ……」
財布を開いたギャルがなぜかフリーズした。
「ん? どうかしましたか?」
ギャルは大きな瞳をウルウルさせて俺の顔を見つめてくる。
「ごめん、お金なかった……オッサン、貸して……?」
全財産を差し出したくなる可愛さである。
「高い物でもないですし、俺がまとめて払いますから心配しないでください」
俺はストラップ2つ分の代金をカードで支払い、彼女とともに店を出た。
「わはあああ! 超可愛いー!」
隣を歩くギャルはパッケージされたストラップを掲げて目を輝かせる。喜んでもらえたようで何よりだ。
これにて俺はお役御免ということになる。彼女と過ごす時間がちょっぴり楽しくなってきただけに残念でならない。
「約束通りストラップも買えたことですし、そろそろ帰りましょうか? 駅まで送りますよ?」
「何言ってんの! 次は
「え?」
「オッサンにも食べさせてあげるねー?」
「食べさせる?」
「そお! あーしがね『あーん♡』ってしてあげるうー」
「……」
しょーがないなー。ちょうど俺も小腹が空いてきたところだし、ギャルのおやつに付き合ってあげようかな。何でも奢ってあげるって言っちゃったし!
「お店って1階でしたっけ?」
「やばっ! オッサン、急にノリノリなんだけどおー! あーしが連れてってあげるねー♡」
俺の腕に制服ギャルの腕が絡んでくる。お肌がスベスベモチモチで気持ちいいじゃあないか!
「よろしくお願いしまーす」
延長……しちゃいますかねっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます