1-41 第1回、負けたら変顔ボウリング大会

 第1回『負けたら変顔ボウリング大会』が始まってしまった。試合開始早々、ミサキさんの投げた球が快音を響かせる。


「やったー! ストライクー!」


 なにいいいいッ!?


「いえーい!」

 

 ギャル3人が楽しげにハイタッチする。


「次は私ね」


 アヤネさんが美しいフォームでボールを投球する。


 カコンッ!!


「ああっ、惜しい」


 9本っ!? マジかよっ!?

 

 アヤネさんはそのあときっちりスペアを仕留めた。


「いえーい!」


 アヤネさんは軽く跳ねながらハイタッチしていく。それに合わせてGカップの胸がボヨンボヨンと楽しげに揺れるではないか。まったく……


 俺の彼女は実にけしからんなああ!!


 キュキュキュキュキュキュ――


 興奮のあまり、球を磨きすぎてしまった。隣の女子大生に変なヤツだと思われる。


「おほんっ」


 軽く咳払いした俺はモニターに映るスコア表へ目を向ける。ミサキさんとアヤネさんは1フレーム目でストライクとスペア。まあ、これは想定の範囲内だ。2人とも運動ができるみたいに話してたからな。


 つまり最下位争いは激重ボールの俺と、両手投げのリサさんによる一騎打ち。


「フッ……」


 まずはお手並み拝見といこうじゃないか、我が妹よ!


「うぅ……重い……」

 

 リサさんはボールを両手で抱えてヨチヨチ歩きでスタート位置まで向かう。


 おいおい? そんな状態でまともに投げられるのかあ?


「リサ、頑張ってね! とりあえず真ん中狙っとけば大丈夫だから!」


「わ、わかった! えいっ!」


 リサさんはボールをわずかに後ろへ振ってから、その場に優しく落とすようにレーンへ投げ入れる。ボールはゴロゴロと頼りなく転がっていく。


 うははは! 勝ったな!


 あの球のスピードではピンを倒すことはおろか、そもそもピンまで辿り着くことも叶わな――


「あ……あれ?」


 予想に反して、球はユラユラと揺れながらも奥へ奥へと転がっていく。


 パコン! ゴトゴトゴトゴト


「わっ! やった!」


 ははは、8本んんんッ!? あの球でええ!?


 もちろんヘロヘロ球ではスペアは取れなかったものの、リサさんは追加で1本倒してみせた。


「やるじゃん! リサ!」


「いえーい!」


 ギャルたちは大いに盛り上がる。


「次、オッサンだよ! カッコいいとこ、見せてよね!」


「お、おおっ! 任せてくださいっ!」


 俺は16ポンド砲を構えて位置につく。重さに慣れてきたせいか、今なら片手でも投げられる気がする。


 深呼吸してからピンに狙いを定めて集中していると、背中から微かに声が聞こえてくる。


「落ちろー落ちろー」

「落ちろー落ちろー」


「ねえ……2人とも? それはさすがに可哀想じゃない?」


「オッサンが負けた方が絶対面白いじゃん!」


 面白い?

 

「アヤネさんも私たちと一緒にを送ってください!」


 念!?


「え、私も? もう、しょうがないなぁ……」


「落ちろー落ちろー」

「落ちろー落ちろー」

「落ちろー落ちろー」


 3人揃って念じ始めた。ちくしょー! 泣いてやるー!


「ふぅ……」


 落ち着け。集中しろ。家でコツコツ筋トレしてるんだ! 俺なら激重ボールでもやれる!


「よし」


 俺は助走をつけて16ポンド砲を片手で振りかぶ――


 あっ、無理だ。


 とっさに危険を察知した俺は片手から両手投げに切りかえる。足をもつれさせながらも、どうにか球をレーンへ放つことに成功する。


 ガンッ!


 もちろん上手くいくはずもなく、俺の1投目は残念ながらガターに終わった。


「なにあれー! オッサン、超カッコ悪いんですけどおー!」


 ミサキさんは大爆笑である。


「ミサキ、そんなに笑ったらお兄さんが可哀想だって……プフフッ」


 リサさんはお腹を抱えてヒーヒー言っている。くそう……。


「オジさん、まだ始まったばかりだからね。2投目頑張って! ファイト!」


 そうだ。アヤネさんの言うとおり、勝負は始まったばかり。片手投げは諦めて全力の両手投げでいく!


 泥臭くても勝利を掴んでやる! オッサンの変顔なんて見るに耐えないモノ、誰も望んじゃいないんだよおお!


「うおおおおおおおおおッ!!」




 ――30分後


「オッサン、それじゃあ、つまんないって」


「へっ、変顔なんてやったことないんですって!?」


 女子高生3人にスマホのレンズを向けられたまま叱責される。恥ずかしさが限界を突破している。


「オジさん、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。変顔なんて私も遊びでよくやるしさ。それに、私たち以外誰も見てないんだし」


 俺は目だけ動かして3人の後ろを見る。隣でボーリングを楽しんでいた女子大生4人組が手を止めてこっちを見てるんだが? 俺の変顔を今か今かと待ってるんだが?


「ンププッ……ほら頑張ってください、お兄さん。変顔写真は私のスマホにバッチリ保存してあげますからね……プフフフフッ」


 妹が煽ってくる。俺がゲーム開始前に彼女へ送った言葉をそっくりそのまま返されてしまった。くそう……。


「ふぅ……」


 腹を括ろう。ハンデがあったとはいえ、俺は勝負に負けたのだ。そう……完膚なきまでに……。変顔なんて、会社のプレゼンに比べれば屁でもない。


 それに、顔を見せる相手は俺の恋人たちだ。多少微妙な感じになっても、きっと温かく迎え入れてくれる。


「オッサン、頑張れ!」

「オジさん、頑張って」

「お兄さん、頑張ってくださーい」


 3人のギャルにエールを送られる中、俺は両手で顔を覆って準備する。


「いきます!」


 俺は意を決して、3人(+4人)に向かって開顔する。


 これがアラサーサラリーマンの全力の変顔だあああああッ!!



「はぁ……」


 受付で4人分の会計を済ませた俺はトイレのそばでひとり溜め息をつく。


「変顔って、けっこう難しいんだな……」


 笑ってもらおうと思ったのに、なぜか拍手を送られてしまった。まあ、微妙な顔をされるよりは何倍もマシだが。


「オッサン、惚れ直したぞ!」


 ミサキさんはいいね!してくれたし、他の2人もなんだかんだ喜んでくれてたから良しとするかな。


 隣で遊んでだ女子大生たちにもイヤな顔はされなかったし。それどころか、むしろ俺に興味を持ってくれてた気さえする。


 今の俺ならワンチャンいけたかもしれない。


 ――お姉様方もどうですか? 俺のこと、一緒にシェアしてみませんか?


「なあーんてな!」


「あれ? じゃないですか?」


「調子乗って、すいませんんんっ!?」


 男に声をかけられて反射的に頭を下げてしまう。


「何やってるんですか、お兄さん? オレですよ、オレ。顔、上げてください」


 あれ? この声どこかで……?


 俺はゆっくりと顔を上げる。


「って、眩しッ!?」


 キラキラオーラが眩し過ぎて直視できない。相手は恐らく陽キャの化身。俺の知り合いにそんなヤツいったけ?


「奇遇ですね! お兄さんもこれからボウリングですか?」


 いったい、誰だ……? 俺は恐る恐る男の顔を確認する。


「えっ!? ツバサくんっ!?」


「ども!」


 女子を一発で気絶させそうなほどの爽やか笑顔を向けてきたのは、アヤネさんラブ♡の『イケメン幼馴染』だった。


 マ、マジか……


 早くもライバルと再会してしまった。

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