第37話 オッサン、盛大にスルーされる

 複合アミューズメント施設『ラウンドツー』のボウリング場。一番奥のレーンにて。


 俺は腕を組みながら椅子に腰掛け、ひとりで荷物番をしている……のだが。


「隣に来た女の子たち、超可愛かったよな!」

「ああ、ヤバかった! ひとりは胸もスゴかったし! 


 なんて会話がさっきからずっと聞こえている。


 目立たない端のレーンを確保できたのは良かったものの、隣のボックスが男子高校生のグループだった。


 俺ら(というより3人のギャル)が到着した途端、急にソワソワし始めた彼らは現在、ボウリングの手を止めて俺の観察をし始めた。


ってやっぱ彼氏かな?」


 アレ!?


「いや、アレはだろ。男ひとりだけだし、大人じゃん。あれで彼氏はないだろ」

「確かに……。見た目もパッとしないしな。あれで彼氏はないよな」


 失礼な! 俺はれっきとした彼氏だぞ! まったく……これだから最近の若者は!


「あのモデルみたいにキレイな2人、どっかで見たことあるんだよなー」

「ああ、あれだろ! ウチの学年で噂になってたじゃん! 他校だけどめっちゃ可愛い子がいるってヤツ!」

「ああ、思い出した! そういえば前に写真見せてもらったな! まさかこんな所で会えるなんてなぁぁ」


 ミサキさんとアヤネさんのことだろうか?

 どうやら2人は、この辺りではちょっとした有名人らしい。まあ、あのルックスなら当然か。


 俺はこう見えて、そんな2人の彼氏だったりするのだよ! すまないねえ、若者たちい! ガハハハハハハハッ――!!


「こんな機会、滅多にないだろうし。一緒に遊びたいよなー」

「そりゃあ、まあな」

「あのオジさんに聞いてみないか? あの子たちと一緒にボウリングしていいか。レーン隣だし、礼儀正しく頼めば許可してくれるかも」

「確かに! これを機にライン交換したりして、そのまま彼氏! なんてことも!」

「あり得る!」


 ねーよ!!

 2人ともすでに俺にメロメロなんだぞ! お子様の付け入る隙など微塵もないのだよ! ガハハハハハハハッ――!!


「オッサン、キモいって……」


「何ひとりでニヤニヤしてるの、オジさん……」


「ふぐっ――――!?」


 ボウリングの球を持って帰ってきたミサキさんとアヤネさんに白い目で見られる。……気まずいったらない。


「お……おかえり、2人とも……。じゃあ俺もボール取ってきますね……。つ……ついでに飲み物でも買ってこようかなぁ……はははは」


 いたたまれなくなった俺は逃げるようにその場を離れる。


「オッサン、何見てニヤニヤしてたんだろ?」


「あっ、あれじゃない。ほら、向こうにいる


「オッサン、に浮気してんじゃん!?」


 ――いや、違うからね!?


 俺は思わず振り返る。


「帰ってきたらペナルティだな」


「ペナルティって?」


「オッサンの変顔」


 俺の変顔っ!?


「ふふっ、何それ、楽しそう」


「写真撮って永久保存だし!」


 戻りたくねええええ……。


「――あっ、あのっ!? すいません!?」


 隣のレーンの男子高校生のうちのひとりが、緊張の面持ちで2人のギャルに声をかけた。


「ん? なあに?」


 ミサキさんが人懐っこく小首を傾げる。


「うえっ!? ええーっとお……」


 激かわギャルの愛くるしい姿に、声をかけた男子高校生はたじたじである。


「すっ、すいません!? 初対面なのにいきなり声をかけてしまって……」


 別の男子がすかさずフォローを入れる。


「で? なにか用?」


 アヤネさんが少し面倒くさそうに尋ねる。


「あっ、あのですね!? 俺たち隣同士ですし。高校生同士、一緒にボウリングを楽しむのはどうかなーって……」


「もおー、何言ってんの?」


 ミサキさんは冗談でも言われたかのように、クスクスと笑いながら答える。


「無理に決まってんじゃん? と来てんだからさぁ」


「えっ!? 彼氏と一緒なんですか!?」

「えっ!? これからここへ来るんですか!?」


「あなた達、何言ってるの? さっきまでここにいたでしょ」


 アヤネさんが呆れ顔で答える。

 

「えっ、さっき!? それって……。えっ!? あのオジさんのことですか?」

「えっ、が!?」

 

 男子高校生からアレ呼ばわりなんだが?


「そ、アレが自慢の彼氏」


 アヤネさんはじゃれつくようにミサキさんの背中へ抱きつく。


「「わっ、私の彼氏いいい――――ッ!?!?」」


 男子高校生たちは仰天する。


「そうよねぇぇ? ミサキぃぃ?」


 アヤネさんはミサキさんの肩に顔を乗せてギュッと密着する。


 美人ギャルと巨乳ギャル――夢の共演が実現した瞬間である。


「アヤネってば、くすぐったいじゃあん!……ってか、アヤネのオッパイ、超柔らかいんだけどお!」


「「柔らかオッパイいいいい――――ッ!?」」


 男子高校生たちの声がシンクロする。

 ちなみに、それは俺のオッパイだ。


「ねえ、アヤネ? 今度、揉み合いっこしよっか?」

 

「「揉み合いっこおおおお――――ッ!?」」


 高校生たちは目を白黒させる。

 どうやら童貞(見た感じ)には刺激が強すぎたらしい。


「もお! 男子! 声がデカい! あーし達、今から真剣勝負するんだから、邪魔しないでよね!」


「「すすっ、すいませんっ!?」」


 ミサキさんにメッと叱りつけられた男子高校生たちは急に大人しくなる。その場に居ずらくなったのか、彼らはそのまま荷物をまとめると、そそくさと退席してしまうのだった。


 彼らは肩を落としながら、こちらへ向かってくる。


「まさかあのお兄さんが彼氏だったとはな……」

「見た目、普通だったのにな……」

「あんな可愛い子2人と付き合ってるとか。いったい、あの人は何者だったんだろうな? 青年実業家とかかな?」


 いや、普通のサラリーマンなんだが?


「オレはそんな気がしてたんだよなー。だってあのお兄さん、オーラが違ったもん。只者じゃないって感じでさ」

「確かにー!」


 高校生たちはケラケラと笑いながら俺の真横を素通りしていった。


「……」


 いや!? キミたち、只者じゃないお兄さんを完全にスルーしてるからね!?


「はぁ……」


 俺、アヤネさんのイケメン幼馴染に『自分を磨け』なんて偉そうなこと言ったらしいけど、頑張らなきゃいけないのは俺自身かもな……。

 

「まいっか。とりあえず、今は飲み物だ!」


 戻ったら、ギャルとペットボトルで飲み合いっこでもしーよおっと♩


 気持ちを切り替えた俺は足取り軽く自販機へと向かうのだった。



「ん?」


 自販機からの帰り道。

 前を一歩一歩ゆっくりと進んでいる小さな背中に出くわす。


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