第33話 ギャル、怒りの白飯(しろめし)

「人前であんな吐いて、恥ずかしくないんですか? お兄さん?」


「ふぐっ――――!?」


 急所に当たった! こうかはばつぐんだ!

 俺は赤くなった顔をそっと両手で覆う。


「明日、学校の友達に報告しよっと。お兄さんがしたって」


「絶対にやめてくださいッ――!?」


 俺は隣に座る妹ギャルこと雨宮リサさんに強く訴えかける。


「しょーがないですね……。じゃあ黙っておく代わりに、今日のランチ奢ってください」


「奢り? まあ、別にそれくらい構いませんけど……」


「やった。じゃあ、高いのにしようかな。お父さんとかお母さんには頼みにくいやつ」


 リサさんはウキウキな様子でメニューをめくっていく。


「え? 高いやつ?」


「別にちょっとぐらい高くてもいいじゃないですか。お兄さんは今から、すっごく可愛いJK3人とランチできるんですからね。クラスの男子なら泣いて喜んでますよ」


「そ、そう……ですね……」


 自分で言うんだ『すっごく可愛い』って。

 まあこの子が美少女なのは認めるけど。


「こう見えて私、学校ではミサキと同じぐらい男子から人気があるんですよ? なぜか彼女じゃなくてになってほしいって、バカな告白をされることもあるんですけどね」


「へえー」


 ここにも1人いるんだけどな。

 もう勝手に『妹』って呼んじゃってるし。


 だってどこからどう見ても中学生の妹だもん。とか特に!


「お兄さん?」


 リサさんはメニューに目を落としながら話しかけてくる。


「はい、何ですか?」


「今、絶対に考えてましたよね?」


「ふぐっ――――!?」


「気をつけた方がいいですよ。世の中の女性は男性の視線には敏感なので。特になんか見てたら丸わかりですからね」


「す……すいません……」


「ミサキー! お兄さんがね、みんなのランチ奢ってくれるって! 高い物でもいいって!」


「えっ!? 全員分っ!?」


 思わず声が出た。


「当たり前じゃないですか! 私だけ奢ってもらうなんて変ですって! そんなことも分からないんですか? お兄さんバカなんですか?」


「……」

 

 えっ、急に当たりキツくない?


 俺が豹変した妹ギャルの様子に戸惑う一方で、残りのギャルたちは目を輝かせる。


「マジでいいの!? オッサン、神じゃん!!」


「ねえ、オジさん? デザートもいい?」


「えっ!? デザート!?」


 ミサキさんとアヤネさんはテーブルへ身を乗り出して、2人仲良くメニューを見始める。


 ――――あっ、あれはっ!?


 もちろん、前屈みになったGカップの深い谷間が俺から丸見えなわけで……。いやぁ、眼福ぅ眼福ぅ。


「ちょっと、オジさんってば。どこ見てるの?」


 やべえ……本人に気づかれた。

 

「私の胸ばっか見てないでさ、何頼むか早く決めなって。あとでいくらでも見せてあげるからさ、これ♡」


 Gカップギャルがご自慢のGカップをポヨンと揺らしてみせる。


「マジでええええ――っ!?」


 勝手に声が出た。


 ピンポン


 リサさんが無言で呼び出しボタンを押す。


「え……? 俺、まだ決まってないんですけど……?」


 すぐに店員が駆けつける。


「お待たせいたしましたあー!」


 待ってましたと言わんばかりに登場したのはニッコニコ笑顔のセクハラ店長、山本だった。


「ご注文、お伺いいたしまっす!」


「特上サーロインステーキ……3つ」


 ミサキさんがどこか怒りに満ちた声色で注文する。


「えっ!? と、特上サーロイン!?」


 俺はメニューをめくっていく。


「これか!……って!」


 にににに、2500円んんッ――――!?


 思わず目が飛び出る。


 いや、高い料理でも構わないって言ったけども!?


「特上サーロインステーキ、3つうー!」


 山本が元気よく復唱する。


「あと、スペシャルケーキセット……3つ」


 俺は急いでメニューをめくっていく。


 なななな、790円んんッ――――!?


 俺は瞬時に頭の中で計算する。


 ドリンクバーも含めれば一人当たり3500円オーバー……つまり3人で1万円!? マジかよっ――――!?


「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


 セクハラ店長がワザとらしく急かしてくる。


「ちょっと待てって、山本!?」

 

 ええい、仕方ない!

 ここはリサさんの言うとおり、この1万円はすっごく可愛いギャル3人と楽しく過ごすための必要経費だと思おう! うん、そうしよう!


「よし! 決めたぞ、山本! 俺はチーズハンバーグセットを――」


「オッサンは白飯しろめしで」


 ミサキさんが声を被せてくる。顔は笑顔だが目は笑ってない。


「えーっと……俺はチーズハンバーグセッ――」


「白飯で」


「チーズ――」


「白飯で」


「チ――」


「白飯で」


「……」


 俺は諦めた。


「ライス1人前ですね! 以上でよろしいでしょうか!」


 山本はもう嬉しくて堪らないといった感じで復唱する。


「以上で」


「ご注文承りましたー! ご用意いたしますので、少々お待ちくださーい!」


 山本は笑いを堪えるように口元を押さえながらテーブルを離れていった。


 呆然とする俺をひとり蚊帳の外にして、3人のギャルは女子会を始める。


「あーしね、ずっと思ってたんだけどさ。今日のアヤネのネイル、超可愛いよねぇ!!」


「ありがと、ミサキ。すごく嬉しい。オジさんは何も言ってくれなかったからさ」


「マジ? じゃん!」


 最低っ!?


「胸の谷間しか見てないなんかほっといてさ。連絡先交換しようよ、アヤネさん」


 エロオヤジっ!?


 それから料理が到着するまでの間、ミサキさんとリサさんが一切口を利いてくれなかったことは言うまでもない。



 熱々の料理が到着して間もなく――


「ねえ、ミサキ? 私から提案があるんだけど、聞いてくれる?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る