1-21 オッサン、イケメン幼馴染と相対する

「ダサい男と付き合うなんて、お前もになったよな!」

 

 イケメン幼馴染は吐き捨てるようにアヤネさんにそう言った。


「おい……」


 今の言葉は聞き捨てならない。


「なんだよ、オッサン」


 イケメンが睨みを利かせてくるが俺は怯まずに続ける。

 

「彼女に謝れ」


「はぁ?」


「アヤネさんに謝れって言ったんだ!」


 俺は立ち上がる。


「俺がダサいのは認める。キミみたいにイケメンでもなければ身長もそこまで高くないからな。……けど、彼女は違う」


 俺はベンチへ手のひらを向ける。


「彼女は……アヤネさんは最高の女だ! キミもそう思ってるから何度も告白してるんだろ?」


「そ、そうだよっ!」


 イケメンは怯む。


「なら、文句言ってないで自分を磨け! 俺から彼女を奪うつもりで来い! 他の誰にも渡さずに待ってるから」


 俺がイケメンの肩を叩くと、イケメンは表情を和らげる。


「なんだよ……オッサンのくせに、カッコいいこと言うじゃん」


だ!」


 俺はアヤネさんに謝るようイケメンに目配せをする。イケメンはバツが悪そうにしながらも彼女へ向けて頭を下げる。


「アヤネ、ごめん! ダサいなんて言って」


 なんと潔いイケメンか。俺が惚れそうだ。


「別に大丈夫……」


「お前、いい人見つけたな」


 俯いたアヤネさんはコクンと頷く。


「じゃあ、また学校で」


「…………うん」


 アヤネさんは俯きながら小さく答えた。


 イケメンは温かく微笑んだあと、俺に向かって握手を求めてくる。


「アイツのことよろしくお願いします! オジ……お兄さん!」


「おう! 任せとけ!」


 俺が差し出された手を握り返すと、イケメンは不敵に微笑んでみせる。


「まあ、少しの間だけですけどね。すぐにアイツのこと、迎えに来ますからね!」


「簡単に渡すつもりはないからな! ツバサくん!」


 俺はイケメン幼馴染と熱い握手を交わしてから、彼が友達の元へ戻るのを見送った。


「あのオジさん、誰だったの?」

「アヤネの新しい彼氏だってさ」

「うっそ、マジ!? 久しぶりの彼氏がアレ!?」

「おい、アレって言うなよ。失礼だろ。素敵なお兄さんだ!」

「学校のヤツらショックだろうなー。夏休み前だからって、狙ってたヤツが山のようにいたから。……ってか、ツバサが一番ショックか」

「まあな。けど、俺は諦めてないぞ。アヤネに相応しい男になって、もう1度告白するつもりだ」

「いやっ、お前、今でも十分すぎるほど男前だからな!?」

「マジでそれな!」


 ツバサくんは最後にもう一度爽やかな笑顔で俺に手を振ってくる。


「また会いましょう! お兄さん!」


「お、おうっ!」


 彼に手を振り返す俺の額からタラリと汗が流れる。

 

 どうしよう……? なんであの超イケメン君と仲良くなってるのかハッキリ覚えてない……。


 どうやら俺は頭に血が上って相当ハイになっていたらしい。今、ようやく我に返った。


 彼と話をするためにベンチから立ち上がったところまでは覚えているが、それ以降の記憶が曖昧だ。自分が彼に何を言ったかすら定かではない。


 アヤネさんは魅力的な女の子だよ〜……みたいなことを言った気はする。


「……」


 ま、まあいいかっ! なんだかんだ丸く収まったみたいだしっ!


 それにしても、アヤネさんはカッコいいな。あんな爽やかイケメンを3回も振っちゃうなんて。


 アヤネさんと付き合えるんだって話だよなー。


 国宝級イケメンじゃないと付き合えないんじゃないか? なんて考えながら元いたベンチに腰を下ろす。


「って、あれ?」


 ずっとベンチに座っていたアヤネさんは俯いたままで何も喋らない。どこか元気がないようにも見える。


 長い銀髪で顔が隠れてしまっており、その表情は読み取れない。


「あの、アヤネさん? どうかしましたか?」


 指で彼女の髪の毛をそっと払おうとしたところ、彼女はそれを妨げるように俺の胸へ顔をうずめる。


「ごめん、オジさん……今、顔合わせらんないかも……顔真っ赤だし、心臓バクバク……」


 アヤネさんは俺のワイシャツをギュッと掴む。

 

「えっ、大丈夫ですか!?」


 心配になった俺は彼女の顔を覗き込む。


「見ないでって言ったの! 誰のせいでこうなったと思ってんの!」


「す、すいません!?」


 俺は慌てて顔を正面に戻す。


「なんで謝るの?」


「いや、その……怒ってますよね……」


「怒ってないって」


 いや、怒ってるだろ。


「……ねえ」


「は、はい」


「私がいいって言うまで頭撫でて。優しくね」


「わかりました……」


 困ったな。顔が見えないから、彼女がどういう心情なのかまったくわからない。


 そのまましばらくベンチで過ごしていると、夜8時を告げる店内アナウンスが聞こえてくる。


「あの、アヤネさん? 今日はもう帰りましょうか?」


「…………うん」


「駅まで送りますね」


「…………うん」


 明らかにしおらしくなった彼女は俺の手を握ると少し後ろを歩き始める。


 そのまま駅の改札へ到着するまでの間、俺が話しかけても彼女は「うん」と答えるだけだった。


「ホームまで一緒に降りましょうか?」


「いいよ、ここで」


 アヤネさんは名残惜しそうに手を離す。


「またね、オジさん。あとでラインする」


 彼女はお揃いのストラップを可愛らしく揺らしてみせる。


「はい、また明日」


 俺はその姿に見惚れながら小さく手を振り返す。


 嬉しそうに微笑む彼女を見送り、幸せの余韻に浸りながらスマホを取り出す。


 いつの間にかメッセージが届いていた。


「あ、ミサキさんからだ」


 俺は帰路へ着きながら内容を確認する。


ミサキ

【今日、会えなかった分、いっぱいイチャイチャするからね! 覚悟しとけよ、オッサン!】


「困ったな〜。どんだけ俺とイチャイチャしたいんだよ〜……って、ん?」


 メッセージには『明日』と書かれている。俺は立ち止まって首をひねる。


 明日……? ああ。そういえばさっき、アヤネさんも「明日」って言ってたような。


「って、2人とも明日あああああ――――ッ!?」


 駅の改札前で思わず絶叫してしまう。


「や……やっちまった……」


 俺は頭を抱える。


「これはつまり……」


 人生初のダブルブッキングである。

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