1-16改 オッサンとギャル、初めての共同作業

「ああんっ♡」


 19時過ぎ。マッグ3階フロアにギャルの喘ぎ声が響く。バイト用のよそ行きボイスが残っていたせいで妙に色っぽい。


「ちょっと!?」

 

 周りの客の視線が否が応でも集まる。非常に気まずい。ただ、客席は4分の1ほどしか埋まっていないので大事故とはならなかった。不幸中の幸いである。


 俺は立ち上がり、周りに向けて軽く頭を下げてから、気持ち良さそうに首を回しているミサキさんに耳打ちする。


「急に変な声、出さないで下さいよ!?」


「だって、しょーがないじゃん! オッサンの、超気持ち良かったんだもん!」


 アルバイト初日にしてはあまりにも忙しい2時間を過ごしたミサキさんは、俺たちの定位置になりつつあるマッグ3階の奥の席へ来るなりテーブルに突っ伏した。


 彼女の頑張りを労うように、ヨシヨシと頭を撫でてあげたあと、とても疲れた様子の彼女に提案したのが『肩揉み』だ。エッチなマッサージじゃない。普通の肩揉みだ。


 軽く肩を揉んだだけなのに、なぜあんなにエッチな声が出たのか……。いや、待てよ。


 そういえば前にもあったな。あれは確か会社の同僚にしてあげた時だ。俺の部屋で。


「ねえ、オッサン? 声出さないようにするからさ、もうちょい揉んでくれる? あーし、これから宿やんなきゃだし」


「え? 宿題? 学校のですか?」


「そお。あーしこう見えて、出された宿題はとりあえずやってみるタイプだし! 意外だった?」


 俺は彼女の肩揉みを再開させる。


「その……。悪く思わないでほしいんですけど。勉強を一生懸命、って感じには見えなかったので……」


「別にいいよ。やってみるだけで、できるわけじゃないから……」


 ミサキさんはわずかに俯く。俺は背中から彼女の顔を覗き込む。

 

「やってみるだけでも偉いですよ!」


「えっ、そお? あーし、偉い?」


「とっても偉いです! 俺、感心しちゃいました! 結果的にできなかったとしても、やってみることに意味があるんですから! その積み重ねがこれから先、きっとミサキさんのチカラになります! それに……」


 俺は彼女の頭を撫でてあげる。


「ミサキさんがひとりで出来ないことでも、俺と2人でやればできるかもしれません。もしよかったら、俺にお手伝いさせてもらえませんか?」


「えっ、オッサン手伝ってくれるの?」


「ええ、もちろん。俺と一緒にちょっとずつできるようになればいいですね?」


 彼女の顔がパッと明るくなり、勢いよく首元に抱きつかれる。


「オッサン、大好き!! オッサンと一緒に宿題頑張る!!」


「ちょっ、ミサキさぁ〜ん。大好きだなんて、そんなぁ〜」


 幸せすぎて昇天してしまいそうだ。


 スクールシャツ越しの小ぶりな胸が当たってるし、女子高生の甘い匂いで満たされて頭がどうにかなってしまいそうだ。


 少しの間、このままでいさせてもらおうかな? ちょうど周りの人たちの目には入ってなさそうだし。


 ほんと自分の部屋じゃなくてよかったよ。2人きりなら、確実に押し倒してたね。


 俺が周りに隠れてこっそり幸せに浸っていると、制服姿の女子高生3人組がやってきて斜め向かいの席に腰を下ろした。


 3人ともギャルだ。派手さはミサキさんの方が上だが、確実にギャルである。


「ん?」


 ギャルグループのひとりと目が合う。緩くウェーブした銀髪ロングヘアーの大人キレイなギャルが色っぽいタレ目でこちらをじっと見つめてくる。っと、人前でくっつき過ぎだな。


 俺はミサキさんの背中を軽く叩いて合図する。


「そろそろ宿題を始めましょうか? いつまでもこうしているワケにはいきませんし」


「あ、ごめんね、オッサン。ここ、あーしの部屋じゃないもんね。続きはまた今度しようね」


 続き? それってつまり……


「はっ!?」


 ギャル3人組の視線に気づいた俺は慌てて顔を逸らす。

 

 落ち着け、俺。ベッドへ横たわる全裸状態のミサキさんの物欲しそうな顔を想像するんじゃない。


「まずは英語からね! あーしね、英語の宿題は超得意だし!」


 これから勉強を頑張る彼女のためにも、俺も集中しよう。


「おほんっ」


 俺は軽く咳払いをしてから顔を戻す。彼女が開いた英語の問題集に目を通す。


 なるほど。この英文の読解問題か。和訳と……設問に英作文で答える感じだな。ふむふむ……


「って、何してるんですか?」


 ミサキさんは問題集のページへスマホのレンズをかざしていた。


「何って、見て分からない? レンズ向けたらね、日本語が出てくんの! スマホって超便利だし!」


「……」


 それを得意とは言わない。これだから最近の若者は。


「それじゃあ、勉強になりませんよ?」


 俺はミサキさんのスマホを取り上げる。


「あっ、ちょっ!? 何すんの!?」


「スマホで調べるのは最終手段です。まずは自分で解いてみないと」


「スマホ無しじゃ、英語なんて無理じゃん!! だって、あーし、日本人だよ!!」


「……」


 いや、まあ、確かにそうだけど……。


「はい、スマホ封印」


 ピンク色のストラップのついたスマホの電源を切る。


「ああぁぁぁぁ……あーしのスマホぉぉぉぉ……」


 反応がいちいち面白いなぁー。


「安心してください。わからない単語があれば俺のスマホで調べます。まずは自力で解いてみましょう! さあ、宿題を始めますよ。2人で初めてのです!」


「共同作業……?」


「そう、つまりはですね。俺が英単語の意味を調べて、ミサキさんが問題を解く。分かりにくい問題は、こうして2人一緒にくっつきながら考える。どうですか? スマホで調べるより楽しそうでしょう?」


 ミサキさんの目がキラキラと輝く。


「なんか楽しそー! オッサンと一緒ならやれる気がする!」


「その意気です! では、最初の問題は――」


 こうして、俺とミサキさんの初めての共同作業が始まったのだった。




――――――――――――――――――

(あとがき)

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