1-15改 ギャルな姫とオッサン騎士

 若い男たちで満席のファミレスが急に騒がしくなる。


「あっ、ほら出てきた!」


 平皿を両手に颯爽と現れたのはメイド服姿のミサキさんだった。


 おお、これはなかなか。


 膝上スカート、フリル&リボン付きの白エプロン、カチューシャ、金髪ポニーテールと完璧なメイド衣装でありながら、白ギャルが"コスプレしてる感"も出ていて非常に男心をくすぐられる。


「な? めっちゃ可愛いだろ!」

「ヤバっ! ツイッターに上がってた写真も十分可愛かったけど、実物はマジで可愛いな!」


 店内の男たちも大興奮である。


 これだけ注目されているというのに当の本人は澄まし顔だ。さすがミサキさん。アルバイト初日とは思えない落ち着きっぷりである。


 美人すぎるメイドギャルは男たちの視線を一身に浴びながら目的のテーブルに到着する。


「お待たせいたしました。ミートソーススパゲティとオムライスでございます。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」


 え?


 驚いたことに、ミサキさんの声がおしとやかな『よそ行きボイス』になっている。


 だれ??


 普段のキャピキャピ感を知っているだけに、違和感しかない。


「すみません、お客様。なんです」


 そんな店内ルール初耳だ。


 ただ、美人すぎるメイドギャルに少し困った表情でお願いされては、どんな男でも受け入れざるを得ない。


「あまり騒がれますと他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かにお願いしますね」


 美人すぎるメイドギャルに優しく注意されては、どんな男でもすぐに大人しくなってしまう。


「ミサキさん、ハンパねぇ……」


 アルバイトを始めてわずか1時間ほど。すでに店内の男たちを手懐けてしまっている。


「ねえ、オジさん?」


 予約表の前でよそ見していたら、男子高校生のグループに声をかけられる。


「名前書くの? 書かないの?」


「あっ、すみません」


 俺は慌てて場所を譲ってからスマホを取り出して時刻を確認する。18時過ぎ。別の店であの子のバイトが終わるのを待つとするか。


 俺は彼女宛にメッセージを打ち込む。


【お疲れさま。マッグの3階で待ってます】


 っと。これでよし。


「よーう、親友!」


 後ろから肩を組まれる。店長の山本だ。


「悪いがお前のには、客寄せパンダになってもらったぞ」


「だから、彼女じゃないって」


「まだ……ってことは、お前もまんざらじゃないってことだな? まあいいや、そのことは。それよりも見てみろよ、これ! 大盛況だろ!」


「みたいだな」


「わずか1時間でこの状況だ。そっから客が途切れない。SNSのチカラってやつを改めて実感したぜ」


「そりゃあ良かったな。っていうか、従業員の写真撮影とか普通ダメなんじゃないのか?」


「もたろんミサキちゃん本人には聞いたさ『撮影禁止にもできるけど?』って。けどあの子が『少しぐらいなら大丈夫です』って言ってくれたからな。撮影会にならないよう、おひとり様1枚までなら撮っていいことにした。もちろん盗撮は即退場!」


「お前……。さては、あの子としただろ?」


「あはっ、バレた?」


 コイツは昔からそうだ。悪知恵だけは異様に働く。若くして店長を務めているのも、何かカラクリがあるに違いないと俺は踏んでいる。


「交渉材料は何だったんだ? 時給か?」

 

「甘いな! ミサキちゃんがそんなモンで動くかよ!」


「じゃあ何だよ。勿体ぶらずに言えよ」


 山本は腹立たしいほどのニヤけ顔を向けてくる。


「お前の『過去の女』だよーん!」


「てめえ……」


「おいおい、勘違いするなよ? オレから提案したんじゃない。彼女が知りたいって言ったんだ。お前の恋愛歴をな!」


「例えそうだとしても、それをに使ったのはお前だよな?」


「まあまあそう怒るなよ。彼女はさ、お前のことなら何でも知りたいんだよ。お前はそれだけ『愛されてる』ってことだ。見てみろよ、あれ」


 山本は俺の体を店内へ向ける。


 ミサキさんが大学生ぐらいの男に声を掛けられている場面だった。遠目からでも相手がイケメンだと分かる。


「すみません。私、今がいて……」


 ミサキさんは申し訳なさそうにそう返事を返した。


 気になってる人……か。


 片思い中だが『好き』まではいってない。もちろん付き合ってもいないから、男からしたらを夢見れる絶妙なラインだ。


 というか、ミサキさんの一人称が『あーし』じゃなくて『私』になってる。違和感しかない。


「な? あんなイケメンの申し出もバッサリだ。お前のことがよっぽど気に入ってるんだなー、あの子」


「言っとくけどな、山本。彼女はハッキリと物を言うタイプの人間だ。気になる――なんて中途半端な言葉は使わない。あれもお前の仕業だな?」


「フッ……お前は何でもお見通しだな。だって、しょうがないだろ? お客様にはになっていただかないとな!」


「お前ってヤツは……」


 俺は山本の肩組みをほどく。


「くれぐれも程度はわきまえろよ? あの子にちょっとでも怖い思いをさせてみろ? お前を絶対許さないからな」


「心配すんなって。店ではオレが目を光らせとくし、それ以外の場所ではお前が守ってやればいいだけの話だろ?」


 簡単に言ってくれる。


「ほら、お姫様がお前に用があるみたいだぞ? 頼もしい騎士ナイト様!」


 山本は俺の肩を叩くと待合席へお辞儀してから客席へと向かう。すれ違い様に山本と軽く言葉を交わしたミサキさんがこちらへ歩いてくる。


「おおっ」


 彼女が俺の目の前までやって来ると待合席から感嘆の声が漏れる。


「ごめんなさい、。今日はゆっくりしてもらえそうになくて……」


 だから、誰?


 脳がバグる。よそ行きボイスで『お兄さん』なんて呼ばれたら反応できん。


「い、忙しそうですね? けど、しっかり仕事はこなせていますね! その調子です!」


「はいっ!」


 ミサキさんはとびっきりの笑顔で答える。

 

「おおおおっ!!」


 待合席から歓声が上がる。俺は彼女の頭を撫でてあげたい気持ちをグッと堪えて言葉をかける。


「あともう少し、お仕事頑張ってくださいね」


 手にしたスマホを軽く振って合図を送ると、ミサキさんは小さく頷き、順番待ちの用紙へ目を向ける。


「3名でお待ちの田中様ー。席の準備が整いましたので、ご案内致します」


 彼女が客席へ戻っていくのを見届けて店を出ようとすると、待合席にいる高校生たちが俺を盗み見ながら密談していることに気づく。


「なあ。今の超可愛い子、この人と知り合いっぽかったよな?」

「確か、お兄さんって……。兄妹なんだろうけど、全然似てない。カッコよくないし」


 おい、本人に聞こえてるぞ。


「まったく……」


 俺はファミレスを出る前に店内を見渡す。


「せいぜい楽しめよ。ども」


 決まったな。


「お兄さん、邪魔!」


 自動ドアの真ん前に立っていたので来店した高校生に怒鳴られてしまう俺なのであった。



「ああんっ♡」


 19時過ぎ。マッグ3階フロアにギャルの喘ぎ声が響き渡る。バイト用のよそ行きボイスが残っていたせいで妙に色っぽい。


「ちょっと!?」

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