第14話 ギャルはファミレスで無双する

 大人しく食事を楽しんでいるだけのように見えた若い男性客たちが急に色めき立つ。


「あ、ほら出てきた! な? めっちゃ可愛いだろ!」

「ヤバっ! ツイッターに上がってた写真も十分可愛かったけど、実物はマジで可愛いな!」


 フリルのメイド服姿の激かわギャルがお皿を持ってホールへ登場したのだ。ファミレスの店内が一気に騒がしくなる。


「さすがミサキさん」

 

 凄まじく可愛い。


 見た目やスタイルの良さはもちろん。白ギャルのキュートなコスプレ感がたまらなく男心をくすぐってくる。


 そして美しい。


 アルバイト初日とは思えないほど凛とした姿は思わず見とれてしまうほどである。


 もちろん店内の男たちはメロメロだ。


「お待たせいたしました。ミートソーススパゲティとオムライスでございます。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」


 え? 誰??


 ミサキさんは完全におしとやかなよそ行きボイスだ。普段のキャピキャピした感じを知っているだけに、ちょっと笑える。


「すいません、お客様。写真はおひとり様1枚までなんです」


 そんな店内ルール初耳だぞ。


 ただ、激かわメイドギャルに少し困った表情でそんなお願いされては、どんな男でも受け入れざるを得ない。


「あまり騒がれますと他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かにお願いしますね」


 ニッコリと微笑む激かわメイドギャルに優しく注意されては、どんな男でもすぐに大人しくなってしまう。


「ミサキさん、ハンパねえー」


 アルバイトを始めて約1時間。すでに店内の男たちを手懐けてしまっている。


「――ねえ、オジサン。名前書くの? 書かないの?」


 店へ入ってきた男子高校生のグループに後ろから声をかけられる。


 彼女の働く姿に見とれてしまっていた。俺は慌てて場所を譲ってからスマホを取り出す。


 18時過ぎか。別の店でミサキさんのバイトが終わるのを待つかな。


 俺は彼女宛のラインを打ち込む。


「お疲れさま。マッグの3階で待ってます……っと」


「――よーう、親友!」


 突然肩を組まれる。この声はもちろん店長の山本だ。


「悪いがお前のには、客寄せパンダになってもらったぞ」


「だから、彼女じゃないって」


「まだ……ってことは、お前もまんざらじゃないってことだな。まあいいや、そのことは。それよりも見てみろよ、これ! 昨日、電話で言ったとおり、大盛況だろ!」


「みたいだな」


「わずか1時間でこの状態だ。そっから客が途切れない。SNSのチカラってやつを、改めて実感したよ」


「っていうか、従業員の写真なんか撮られて平気なのか?」


「もちろんミサキちゃん本人には聞いたさ、撮影禁止にもできるけど、って。けど彼女が『少しぐらいなら大丈夫です』って言ってくれたからな。撮影会にならないよう、おひとり様1枚までなら撮っていいことにした。もちろん盗撮は即退場!」


「……お前。さては、あの子と取り引きしただろ?」


「あ、バレた?」


 コイツは昔からそうだ。悪知恵だけは異様に働く。若くして店長を務めているのも、きっとそのチカラのお陰に違いない。


「交渉材料は何だったんだ? 時給か?」

 

「甘いな! ミサキちゃんがそんなモンで動くかよ」


「じゃあ何だよ。勿体ぶらずに言えよ」


 山本はニヤけ顔を向けてくる。


「お前の『過去の女』だよーん!」


「…………てめえ」


「おいおい、勘違いするなよ? オレから提案したんじゃない。彼女が知りたいって言ったんだ、お前の恋愛歴をな!」


「いや、まあ、例えそうだとしても。それをに使ったのはお前だよな?」


「まあまあそう怒るなよ、親友。彼女はさ、お前のことなら何でも知りたいんだよ。お前はそれだけ『愛されてる』ってことだ。見てみろよ」


 山本は俺の体をミサキさんの方へ向ける。


 ちょうど大学生ぐらいの男に声を掛けられているところだった。遠目からでもイケメンだと分かる。


「すいません。私、がいて……」


 ミサキさんは申し訳なさそうに、そう返事を返す。


 気になる人……か。


 片思い中だが『好き』まではいってない。男からしたらワンチャンを夢見れる絶妙なラインである。


 というか、ミサキさんの一人称が『あーし』じゃなくて『私』になってるし。


「な? あんなイケメンの申し出もバッサリだ。お前のことがよっぽど気に入ってるんだな、あの子」


「言っとくけどな、山本。彼女はハッキリと物を言うタイプの人間だ。気になる――なんて中途半端な言葉は使わない。あれもお前の仕業だな?」


「お前は何でもお見通しだな……。だって、しょうがないだろ? お客様にはになっていただかないとな!」


「お前ってヤツは……」


 俺は山本の肩組みの腕を解く。


「くれぐれも程度はわきまえろよ。彼女がちょっとでも危ない目に遭ってみろ。お前を一生許さないからな」


「心配いらないって。だって、お前が絶対にだろ?」


 山本は笑顔で俺の背中を叩く。


「コイツ……」


「ほら、お姫様がお前に用があるみたいだぞ。騎士ナイト様!」


 山本は俺の肩を叩くと、待合席へ頭を下げてから客席へ向かう。


 山本と軽く言葉を交わしたミサキさんがこちらへ歩いてくる。


「おおぉぉ……」


 彼女が俺の前までやって来ると待合席から感嘆の声が漏れる。


「ごめんなさい、。今日はゆっくりしてもらえそうになくて……」


 だから、誰??


 よそ行きボイスで『お兄さん』なんて呼ばれたら反応できん。


「い、忙しいみたいですね。けど、しっかり仕事はこなせていますよ! その調子です!」


「はいッ!」


 ミサキさんはとびっきりの笑顔で答える。

 

「おおおお――――ッ!!」


 待合席から声が上がる。


 俺は彼女の頭を撫でてあげたい気持ちをグッと堪えて言葉をかける。


「あともう少し、お仕事頑張ってくださいね」


 俺が手にしたスマホを軽く振って合図を送ると、ミサキさんは小さく頷き、順番待ちの用紙を見る。


「3名でお待ちの田中様。席の準備が整いましたので、ご案内しますね」


 彼女が客席へ戻っていくのを見届けてから店を出ようとすると、待合席にいる高校生がこちらを見ているのに気づく。


「なあ。今の超可愛い子、この人と知り合いっぽかったよな?」

「確か、お兄さんって。兄妹なんだろうけど……全然似てないよな。カッコよくないし」


 そんな密談が聞こえてきた。


「フッ、まったく……」


 俺はファミレスを出る前にドヤ顔で店内を見渡す。


「せいぜい楽しめよ。ども」

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