第5話 ギャルはカラオケでチューしたい(前編)

「だれもが、めをうばわれてる――」


 あ、この曲は知ってるな。


 俺はノリノリで踊るギャルの歌に合わせて、ぎこちなくマラカスを振る。歌も踊りも抜群な彼女の姿は見ているだけで楽しい。


 ただ、どうしても気になってしまう。


 ――激しく揺れるが。


 見えそうで見えないスカートの中が見たい、というわけではない。普段からこんなに危なっかしいのかと心配になってくるのだ。


 現に、さっき唐揚げを持って来た若い男の店員なんて、あからさまに体勢が低かったし。


 アラサーという年齢のせいか、彼女がいやらしい目で見られていると思うとなんかモヤッとする。


「ふうー、歌った歌ったー」


 8曲ぶっ通しで歌い続けた彼女がソファに腰掛けてテーブルの上の唐揚げに手を伸ばす。


「オッサン、マジで歌わなくていいの?」


「ええ、俺は大丈夫です。キミが歌ってる姿を見てるだけで十分楽しいので」


 別にギャルの生パンツが見たいわけではない。……絶対に違うぞ!


「けど、間に合ってよかったー。7時過ぎちゃうかと思ったし!」


「あの時は急に走り出したのでビックリしましたよ」


 彼女が焦っていたのは帰りの電車に乗るためではなかった。駅前にあるカラオケ屋の割引クーポンの期限が19時だったのだ。


「だって半額だよ? いくらだからって、使わないともったいないし!」

 

「奢り……?」


「え? だって今日一日、オッサンの奢りでしょ? 約束したじゃん! フラれたら何でも奢ってくれるって!」


「いや、まあ約束しましたけど……」


 ストラップ、クレープに続いてカラオケも。

 もしかしてこれ、ギャルにたかられているだけでは?


「ってか、オッサン、あーしと離れすぎだって! 2人しかいないのに、わざわざ端に座らなくてもよくない?」


「これは、その……気にしないでください」


 これは俺なりの予防策だ。だって、2人っきりの個室で美人ギャルと密着はマズイだろ。下半身的な意味で。


「まあ、いいや。オッサンが歌わないなら、あーしが歌うね! 今日は歌いたい気分ださらさ! 歌って歌って歌いまくるし! オッサンと一緒だからオールできるもんね!」


「何言ってるんですか? オールなんてダメに決まってるじゃないですか。明日も学校でしょ。親御さんも心配しますし」


「ええー! いーじゃん! 親にはちゃんとだって連絡するもん! 学校は休む!」


 やめてくれ。絶対に誤解されるから。


「ダメですよ、学校にはちゃんと行かないと。言うこと聞けないなら、今すぐ帰りますからね」


「ええー! オッサンのケチー!」


 ギャルは頬を膨らませて不貞腐れる。

 超可愛いんだが。


「……あっ、じゃあさじゃあさ」


 ギャルは何かを思いついたようにパッと顔を輝かせると、ソファの上を四つん這いになりながら近づいてくる。


「ちょッ――――!?」


 俺は慌てて体を遠ざけるが、ギャルはぐんぐん迫ってくる。追い詰められた俺にギャルは満面の笑みでマイクを差し出してくる。


「あーしとして! そしたら、お利口にする!」


「ま、まあ。それなら……」


 俺はマイクを受け取る。

 超いい子なんだが。


「この曲、知ってる?」


「知りませんね……」


 俺とギャルは1つの端末を一緒に見ていく。当然体は密着するが、これは仕方のないことだと自分に言い聞かせる。


 それにしても共通で知ってる曲がなかなか見つからない。当たり前か。俺、最近の流行曲なんて知らないしな。


 履歴を遡っていると、ある男性デュオグループが目に留まる。


「あ、これなら歌えます」


「いいじゃん! あーしも知ってるし! じゃあこれにしよ!」


 歳の離れた女の子と共有できる物があるのは嬉しい。


 彼女が曲をセットすると音楽が流れ始める。マイクを握る手に汗が滲む。


 歌うことに苦手意識はないが、カラオケ自体が久しぶりだ。しかもとびっきり可愛い女の子と密着してデュエットだし。


「オッサンからだよ」

 

「おおっ、ほんとだ」


 俺は慌ててマイクを口に近づける。


 歌い始めるとすぐに緊張は解けた。口も滑らかに動く。何より彼女とのデュエットが楽しい。


 しかし、曲が2番に入ると彼女が突然歌わなくなってしまう。理由は分からないまま、とりあえず1人で歌い続けていると、彼女の頭が肩に乗っかってくる。


 少し驚きはしだが寝ているわけではなさそうだったので、彼女の温もりを肩で感じながら最後まで歌い続けることにした。


「ど……どうだったかな?」


 曲が終わっても、こちらに体を預けたまま喋らない彼女に向かって声をかける。


「……いい」


「え?」


「めっちゃいいじゃん!!」


 彼女は突然、俺の太ももに両手をついて顔を近づけてくる。


「オッサン、超イケボじゃん!!」


 その瞳はキラキラと輝いている。


「えっ、イケボ……?」


「イケてるボイスってこと! あーし、めっちゃキュンキュンしたもん!」


 ギャルは体を跳ねさせる。


「そ……それは嬉しいなー。ははは……」

 

 彼女が変に興奮している気がした俺は彼女の肩を掴んで少し遠ざけようとする。が、逆に手を掴まれてしまう。


「あーし、オッサンとしたい!!」


「チュうう!? ダメに決まってるじゃないですか!?」


「いいじゃん! チューしようよー!」


「ダメですって!?」


「チュってするだけだからさー!」

 

「だから、ダメだって!!」


 俺は迫ってくる彼女をソファへ押し倒す。


 ソファへ仰向けになった彼女は特に嫌がる様子もなく、俺の瞳をまっすぐに見つめてくる。


 俺が覆い被さっているのは制服姿の女子高生だ。しかしそこに少女の面影はない。


「あーしのこと嫌い?」

 

 彼女は俺の頬に手を添える。


「嫌いじゃない……嫌いじゃないから困ってるんです。キスしたら我慢できなくなる……」


「我慢しなくていいよ。あーし、オッサンになら何されてもいいし……」


 彼女はそう言って瞳を閉じる。

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