第37話 シロは可愛いと認めてあげないこともないですわっ byとある現役四天王


 それからラウラとシロ、エリアーナの三人は、池袋という都市まちを遊びつくした。


 ゲームセンターを一通り見て回った後は、約束通りエリアーナのリクエストだったダーツバーを訪れた。

 まだ日中だったのでまだ見た目が未成年にほど近い三人でも入れてくれた。

 しかし、結論から言えばダーツについてはそこまで愉しめなかった。


 というのも──


「や、やだなあ。もしかして三人ともプロの方でした?」

「え? 今回が初めて? 本当に?」

「お願いです、ウチのオーナーが持っているクラブチームがあって、是非そちらに……!」


 ラウラもシロもエリアーナも、ダーツ程度であれば狙った場所に百発百中させることができたため、運の要素が全くなく愉しめなかったのだ。

 その上、徐々にギャラリーが集まり、最終的にはフロアに十数台とレーンがある中でラウラたちのレーン以外誰もプレイせずに観戦に徹されてしまう始末。

 そればかりか店員には執拗にクラブチームへの入会を勧められ、遊ぶどころではなくなってしまったのである。


「ちょっと拍子抜けでしたわね。もう少し味のあるスポーツなのかと」

「やはりその辺は人間仕様なんですね」

「まあ……我ら魔族とはすこし作りが違うであるからな」


 その次に向かったのはサインシャインシティだった。

 特にこれが見たいというものはなく、ただショッピングモールというもの自体を歩くのが目的だった。

 というのも、ラウラもエレアーナもある程度、こういう繁華街を出歩いたことはあったが、先ほどのゲームセンターと同様、シロにはそういった経験がないため見せてやりたかったのだ。


 案の定というべきか。

 シロは立体的に様々なショップが並ぶ光景に、目を輝かせてくれた。

 特に多種多様な服屋を前にした時、エレアーナの手を引いて一つ一つの店に突撃していったほどである。

 中にはシロが今日着ているようなガーリーな服を扱う店も数多く入っているため、シロは宝箱に迷い込んだ子供のようなはしゃぎっぷりだった。


「あぁ……っ、これインターネットで見たものそのものですっ! ああ、こっちのスカートも可愛いっ! 楽園とは、さんしゃいんしてぃにあったのですね!」

「きっと原宿もあなたの好みに合いますわね」

「はらじゅく、ですか?」

「渋谷の隣にある地区の名称ですわよ。あそこは復興がだいぶ進んでおりますし、賑わいもこの池袋まちに負けず劣らず凄いですわよ」

「そ、それは是非とも行ってみたいです!」


 お気に入りの服や靴を見つける度、値札と財布の中身とにらめっこをするシロだったので、彼女が欲しがるものは全てラウラが買ってやった。

 もともと控えめな性格のシロだ。欲しいと言ったものもずいぶんと厳選した上で委縮しながら決めたものだった。

 それでも普段のシロの頑張りを見れば、こんな買い物、安すぎるほどである。


 そういう隣で豪奢なデザインのドレスを横目に見ていたエレアーナにもまた、ラウラは何着か買ってやった。

 エリアーナにもまた、ラウラは何度も助けられてきた。

 今でこそ敵であるが、かつての魔王軍ではラウラの右腕として厳しい務めを果たしてもらったし、何よりも今もまた難しい立場でありながらこうして交流を持ってくれている。


 それらは全て、言葉にすることが苦手な、ラウラからのささやかな感謝の印だった。


「あの……こんなにシロは良くしていただいてよろしいのでしょうか……? シロは明日、死ぬのでしょうか?」

「死なぬ死なぬ」

「……わたくしも、変な感じですわ。こうしてラウラ卿から贈り物をいただくなんて」

「嘘をいえ。これまでも贈ったことがあったであろう」

「褒章の魔剣や領土でしたらたしかにありましたが、まさかそのことを言っていますの?」


 笑顔で封殺されるラウラの言葉。

 そういう意味ではないということ、分かっておりますよね? と言外ながらずばずばと言われた。


「違い、ます……我は、エレアに、これまで特別贈り物をしておらぬ……です」


 結果、ラウラは俯きながら陳謝した。


 そうして日は暮れていく。

 一日が終わっていく。

 いつしか三人はほのかな疲労感に包まれながら、最初に集合したいけふくろうの前にまで戻ってきていた。


「一日、あっという間でしたわね」

「……シロは少し、人ごみに疲れてしまいました」

「本部も人数の割には広いし、なかなかあの人口密度を見ることはないであろうしな。二人とも今日は付き合ってくれて感謝する」

「いえ、そんな感謝など……」

「私も、ラウラ様と、……エリアーナには今日のことについては感謝しています。とても楽しかったです。……ありがとうございます」


 シロの言葉にエリアーナは恥ずかしそうに顔を背ける。


「まったく……調子が狂いますわね。……わたくしも詰まらなかったと言えば嘘になりますわ。珍しい体験もできましたし、二人には感謝してあげますわ」


 そんなエリアーナにシロもまた照れながら噛みつく。


「あんなにはしゃいでいたくせいに、随分と上からな物言いですねエリアーナ」

「そ、それはあなたこそでしょうシロ!」


 そうしていつものように角を突き合わせて言い合いを始めるシロとエリアーナ。

 通りがかった人たちが何事かと振り返っては、そんな二人の美貌に目を奪われて、転んだり壁にぶつかったりしていく。そんないつもの当たり前の風景。

 それでも、一つだけこれまでと異なるのは、シロとエリアーナがお互いに口々に罵り合いながらもどこか笑みを口元に含んでいることだった。


 それだけでラウラは、今日という日をセッティングしたことに報われる気持ちになる。


 一通りのシロとの言葉の応酬を終えたエリアーナはひとつ息を吐くと、懐中時計を取り出して文字盤に目を落とす。

 それからパチンと蓋を締めて、


「それではわたくし、この辺りで失礼いたしますわ。本部に仕事を残してきましたので」

「ああ、忙しいところ来てくれて感謝する」

「私はラウラ様のお家──じゃなくて封印洞窟に明日の資料を置いてきてしまったので、一度ご一緒に戻りますね」

「シロよ、別に我は気にしておらぬからな? なんなら快適空間であるからな?」


 それからエリアーナはJRの改札を通ると、


「ごきげんよう、シロ。そしてラウラ卿」


 優雅に会釈して人ごみの向こうへと消えていった。

 その後ろ姿が見えなくなったところでラウラは踵を返して、隣の少女に言う。


「それでは我らも家に帰るか」

「はい……。でも、その前にラウラ様」


 ラウラが踏み出した一歩。

 しかし、そこに続く歩みはない。

 振り返ると、シロが今日の一日で見せなかった仕事時の真剣な目を見せた。


 そして、言う。


「ラウラ様──ご相談があります」



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