第36話 シロはいい子。異論は認めない。 by先代魔王


「わ、動きましたっ」

「対価を支払って、享楽を得る。人間界のルールです」

「魔界も大して変わらないはずなのであるがな……」

「この子は箱入り娘ですので」

「エリアがそれを言うであるか……?」


 ラウラが呟くと、ヒールで爪先を踏み抜かれた。


「ぐ……っ、ぬぅぉお……っ!」

「何か言いまして?」

「な、なにも……」


 しゃがみながら悶絶するラウラが言ったその言葉に、エリアーナは満足そうに満面の笑みを見せる。

 激痛に目がちかちかしてくる。

 これは間違いなく小指の骨が

 仕方がないので、ラウラは無言で回復魔術の術式を組み上げて治療した。


 その間、シロはエレアーナに手ほどきを受けながらUFOキャッチャーの趣旨を理解していく。

 しかし、やればやるほどシロも洗礼を受けることとなる。

 UFOキャッチャーのアームの弱さという壁に。


「な、なんでそんなところで落としてしまうのですか! もっと気合いを入れるのです!」


 ある時は絶叫し、


「あとちょっと、あとちょっと頑張ってください! ね、ねっ? いい子ですから!」


 ある時は応援し、


「分かってます、シロは期待しません。期待すれば傷ついてしまいます。分かっているのです」


 ある時は悲しみに暮れていた。


 ラウラは少し心配になって、シロに聞く。


「そんなにこのプライズペンギンが気に入ったのであるか?」

「たしかに可愛くて好きです。でも、それ以上に──」


 シロは真剣な眼差しでアームを見ながら言う。


「──忘れたくないのです。今日という日を。初めてげーむせんたーなるものにこうして三人で訪れ、初めてげーむをしたこの時のことを」

「────」


 ラウラはそっと息を呑んだ。

 その横でシロはボタンを叩いてアームを下ろす。

 結果は──また失敗。


 シロはもう一度トライしようと財布の口を開けるがそこで止まった。

 現金が切れたのだ。

 シロは一瞬寂しさに沈んだ横顔を見せたが、ぎゅっと目を閉じるとすぐにいつもの笑顔に戻っていた。


「……残念ですが、シロにはまだこのげーむは早かったようです。さ、結構時間が経ってしまいましたし、次はだーつなるものに行きませんか?」

「シロ、あと一回だ」

「え?」


 ラウラは取り出した百円玉を投入した。

 音が鳴り、電飾に虹色の光が走る。まるで死者が復活する最初の脈動のようだった。

 シロが驚いた顔で振り返った。


「ラウラ、様……? よろしいのですか? それにあと一回というのは──あと一回だけ遊ぶのをお許しくださるのですか?」


 ラウラは笑って、シロの手に手を重ねると、レバーの上へと持っていく。


「あと一回で取れる」

「ず、ズルはだめですよ、ラウラ様」

「これはズルではない。──〝確変〟である」


 そっとシロの手を押す。

 アームが動き始める。

 シロは慌ててレバーに力を入れて、アームの往く末を睨みつけた。


「──っ」


 ここ、というところで止める。

 寸分違わぬ人形の直上。

 この手のゲームのプロならば、肩や足首など変則的な場所を狙うことを是とするが──今この一回だけはシロの選択が正しい。


 シロがボタンを弾いた。

 軽快な音楽とともにアームが降りていく。

 カニに似た三本の巨大なアームががっちりとぬいぐるみの頭部を押しつぶしながらホールドする。

 それからゆっくりと浮上した。

 ここまでは既定路線。


「いって……いって……、お願い」


 シロが小さな声で祈る。

 いつもならこの辺りでアームの力が弱まり、三本の腕の間から虚しく滑り落ちるのが常。

 しかし今回は半分を登りきり、四分の三をのぼりきり、───そして一番上まで持ち上がった。


「……っ! そのまま、そのまま!」


 ガラスが吐息で曇るほど乗り出すシロ。

 果たしてアームはぺんぎんのぬいぐるみを掴んだまま平行移動し、大穴の上まで来ると──がこん、と音を立ててペンギンを落とした。


「や──」


 ──った。とは、聞こえなかった。

 嬉しさのあまりその場で跳ねたシロが、すぐに我に返って飲み込んでしまったのだ。


 ころり、と大きなシルエットが取り出し口に転がってくる。

 同時、他の筐体と連動して、獲得成功を報せる光の演出が店内に広がる。


「おめでとうございまあーす!」


 近くにいた店員がベルを鳴らしながら、マイクで拡声して褒めたたえる。

 他の客はなんだなんだ、あそこが取ったらしい、と一斉に注目を集める。

 その中心で、シロだけが呆然と立ち尽くして、ラウラたちのことを見ていた。


「……夢、でしょうか?」

「夢見の魔術をかけた覚えは我にはないぞ、シロよ?」

「はやく取っておやりなさいな。あなたが取った子ですわよ?」

「は、はい……っ、そ、そうです、ね……っ」


 シロはよたよたと筐体に近づいてしゃがむ。

 そして夢見心地な緩慢な動きでようやくぺんぎんの人形を取り出すと、それを胸に抱いて振り返った。


「ラウラ様……私、取れてしまい、ました」

「良かったであるな」

「……はい」


 シロは照れ笑いに似た表情でほう、と息を吐くと、その顔を半分、ペンギンの頭に埋めた。

 近付いてきた店員が持ち帰り用の袋に入れようとしてくれるが、ラウラは断りを入れて、袋だけ貰った。シロの手から取るのは憚れたからだ。


「ラウラ様は、どうしてあと一回で取れるとお分かりになったのですか……?」

「あー……あれはであるな」


 ラウラは頭を少し掻いて、言葉を選んだ。


「何度かに一回、アームの強さが上がることがあるのだ。通常時では取ることも難しい状況でも、その時だけは高確率で上手くいく」

「そうだった、のですね」


 シロは結局は運なのかという事実に悲しむかと思ったが──実際は彼女はそれを聞いて柔らかく笑った。


「──それでは、私の頑張りは無駄ではなかったのですね。沢山頑張ったからこそ、この子を取ってあげられたのですね」


 その様子にラウラとエリアーナは顔を見合わせると、もう一度シロを見て息を吐いた。


「……叶いませんわね」

「まったくだ」


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