第35話 取り敢えずゲーセン行っておけば間違いない


 シロとエリアーナの三人でやってきた池袋・サンシャイン通り。

 大勢の人で賑わうその通りを見て、シロは目を丸くして子供のようにはしゃいでいた。


「ら、ラウラ様……! きょ、今日は何かのお祭りなのですか……!?」

「ははは、違うであるぞシロ。これがこの街の日常なのだ」

「ふ……、ひきこもってばかりのシロはモノを知りませんのね」

「エ、エリアーナも似たようなものじゃないですか!」

「あら、わたくしはちゃんと渋谷周辺を統治するため視察はかかしませんのよ?」

「ぐ……どうせスイーツ巡りとかしているだけでしょうに」


 そう言ってシロは悔しそうにエリアーナを見ると、そのまま彼女のはちきれんばかりの胸部を睨みつける。それから大きなため息をついてぺたぺたと自身の胸元を触った。

 ……比較対象が悪すぎるだけで、シロも十分あると思うのだが。──とは口が裂けても勿論言わない。

 というより、今シロは「スイーツをよく食べる」⇒「なんでこの女はそのくせ太らないんでしょう」⇒「ああ全部あそこに栄養がいっているのか」⇒「(絶望)」という思考回路を踏んだような気がする。

 あの一瞬でそこまで飛躍する彼女の思考がラウラは少しだけ心配になった。


「ラウラ様、あれはなんですか!?」

「あれはハンバーガー屋であるな」

「じゃああれは!?」

「あれはパフェ屋であるな」

「じゃああれは何ですか!?」

「あれは……大人の玩具屋であるな」

「おと……え? 何ですか?」

「…………」


 ラウラは目を閉じ、口を噤んだ。

 そこにあったのは緑の看板が目印の超有名な大人のためのデパートだった。

 しかし、よりによってこの大小様々な店舗が立体的にひしめき合う中であの店に目をつけるとは。末恐ろしい娘だ。


 とはいえ、普段から背伸びしているシロであるが、基本は純情なのである。

 彼女のことを可愛がってやまないラウラとしては、守ってやりたくなるのも必然だった。

 しかし、そんなラウラの隣には不純な大人が約一名。


「あら。わたくし、たまに子供心に戻りたくなる時がありますのよね。わたくし、あのお店が気になりますわ」

「シロもなんだか気になります」


 ごく自然な動作でラウラの腕に自身の腕を絡めて、その肉感の強い身体をぴったりと寄せてくるエリアーナ。

 その目は悪戯っぽく輝いていた。

 まったく、子供っぽいのはどちらなのだろうか。

 彼女の顔は、絶対にあの店がなんなのか分かっている者のソレだった。


 にやにやと含んだ笑いを浮かべ続けるエリアーナに、きょとんとした目で必死に興味を訴えかけてくるシロ。


「エリアよ。頼むから我に苦難を強いないでくれ」

「ラウラ卿は一体どんな趣味をお持ちなのでしょうね? ふふふ、わたくし何を使うか楽しみになってきましたわ」

「まて、なぜ我が使われるのが前提なのだ!?」

「あら、それでは使ってくださいますの?」

「ラウラ様ー? 使う使われるっていったい何のことですかー?」

「ほらエリア! シロが純真無垢な目で我らのことを見ているではないか! 子供の前で話すことではないであるぞ!」

「ラウラ様、ひどいです。シロは子供なんかじゃありません!」

「ほら、シロもこう言っているではありませんか」

「~~~~……っ、い、いいからゲームセンターに行くであるぞ!」


 二人の合間に挟まれたラウラはその重圧に耐えきれなくなり、二人の手を取るとゲームセンターの中へずんずんと歩いた。

 やってきたのはビルの中まるまる全てゲームセンターになっているアミューズメント施設。


 一階に虹色に輝くUFOキャッチャーがずらりと並んでいた。

 休日のゲームセンターは私服姿の若者でごった返しており、みな仲間たちとガラスの向こうのアームを眺めながら一喜一憂して楽しんでいる。

 そんな景色を前に、シロは目をキラキラと輝かせた。


「ら、ラウラ様、ここが……!?」

「そうだ、ゲームセンターであるぞ」

「す、すごいです……! 本部にあった資料の写真よりも何倍も大きくてキラキラしています!」

「本部の資料は何十年も前のものであろうからな……」

「あ! あの〝げーむ〟の前が空いていますよ! 早くいきましょう!」

「焦るでないシロよ、筐体は逃げぬぞ」


 そう言いながら、筐体に駆け寄るシロにラウラとエリアーナは笑いながらその後を追う。

 シロが選んだのは、三本の巨大なアームが目を引くUFOキャッチャーだった。

 中に入っているのは、SNSで有名なぺんぎんの大きなぬいぐるみ。LINEスタンプにもなっているやつだった。


「こ、これ、可愛いです! 閉じ込められているのはぬいぐるみでしょうか?」

「そうだ。彼らをあの穴に入れることで救ってやるのだ」

「なるほど……」


 そう言うと、シロは短く呪文を唱えた。

 紡がれる祝詞。

 結ばれる術式。

 ペンギンの丸々としたシルエットのぬいぐるみの右足を、突如として白銀色に輝く魔法陣が包んだ。


 上下逆さにひっくり返って、ゆっくり持ち上がるペンギン。

 この筐体だけあるはずのない確変モードに入ったかのように神々しく輝いて、


「し、シロ、待つのだこれはそういうゲームではなくっ!」

「待ちなさい、魔術は禁止ですのよ!」

「え?」


 ふっ、と光と術式が消え、ぽてりとぬいぐるみが元あった位置へと戻る。

 すると近くで遊んでいた他の客たちが「え、今なんか光った!?」「誰かのフラッシュだろどうせ」「なんか光り方が魔術の反応光っぽかったけど……」とざわつく。

 エリアーナシロのほっぺたを両側から引っ張った。


「いたいれふ、なにふるんでふか」

「ちょっと貴女、ここは人間界ですのよ!? 魔術はまだ制圧者コントローラーなどの一部の人間にしか浸透しておりませんの!」

「う……ごうぇんな、ふぁい……」

「エリア、シロに悪気はないのだし離してやれ」

「まったく……」


 エリアーナはシロを大人しく解放すると、腰に手をついて鼻から息を吐いた。


「こういうのはちゃんとルールがあるのですわ」


 そう言うとエリアーナは小さなバッグから長財布を取り出すと、そこから百円硬貨を一枚取り出した。

 そしてそれをシロの目の前で入ると、レバーを傾けた。



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