第34話 ラウラの甲斐性



 肉を食べ、スープを飲み、ケーキを食べ、また肉を食べる。

 そのループの三度にいよいよ突入しようかという頃に、シロとエレアーナはテーブルへ戻ってきた。


「遅かったな」

「すみません、個室がその、混んでいたもので」


 そう言って席に着くシロと、無言で椅子を引くエリアーナ。


「…………?」


 鈍感だとシロに言われ続けたラウラでさえ、流石に二人の間の空気に変化があったことに気が付く。

 しかし、その変化の正体までは分からなかった。


 喧嘩しているわけでも、殺気を立てているわけでもない。

 特別機嫌が悪そうなわけでもないのだ。

 ラウラには知らない感情の匂いが、シロとエリアーナの間からした。


「どうかしたのか」


 訊ねたラウラの言葉に、シロが一瞬だけポークステーキを切っていたナイフとフォークを止める。

 しかし、すぐに首を横に振って、


「何もございませんよ」


 またフォークを皿と口との間で往復させた。


「ふーむ……」


 ラウラは困り顔で、今度はエリアーナを見る。

 しかし、そんなラウラの視線に気が付いたエリアーナも肩を小さく竦めるだけで何も言葉を返してこない。

 触れてくれるな、という意味だろうか。


 ラウラはこれ以上、追及しても仕方がないと思い、忘れることにする。

 代わりに、声の調子を変えて二人に聞いた。


「この食事が終わった後、二人はどこか行きたいところはあるか?」


 シロとエリアーナがそっと息を吐くのが分かる。

 二人はラウラには気付かれていないと思っての表情の変化なのだろうが、その実本人には意外と伝わっていたりした。

 しかし、ラウラは気付かないフリをして、視線でシロに話を促す。


「えぇ、と……。そうですね、私はどこでもいいといいますか……」

「どこでもいいは禁止とする」

「……そういうの、ズルいですラウラ様」


 はあ、と息を吐きながらも、表情を和らげるシロ。

 シロは頬にかかった前髪を耳にかけながら、


「……それでしたら、ゲームセンターなる場所に行ってみたいですね。なんでも映る者を美しく変えて写真を現像する、魔法の鏡ならぬ魔法の箱があると聞きました」

「魔法ではなく加工なのだがな」


 しかし、意外だった。シロがそういった美しさや可愛さといったものに食指を示すとは。

 やはり、ラウラの秘書をこなしつつ第七師団という大部隊を率いる程のしっかり者でも、中身は年相応の少女ということか。


「わたくしは、あれに興味がありますわ。ナイフ投げに似た的中てのゲーム。人の頭に林檎を乗せ、それを貫くあの遊び──なんと言いましたっけ?」


 エリアーナの言葉にラウラは首を傾げた。


「……ダーツのことであるか?」

「そう! それですわ」

「……ちなみに言っておくが、あれはフィクションの中の世界の話であるからな? ……多分」

「え…………そうですの?」


 途端にエリアーナ至極残念そうな顔をする。

 ……本当に人の頭にリンゴを乗せてやるつもりだったのだろうか。


「あい分かった。ゲームセンターもダーツもどちらも行こうではないか」

「いいのですか? その……魔族がこんな人間界で遊び惚けていいのか……」


 真面目なシロの答えに、エリアーナはおどけて言う。


「あら。人間の社会に紛れて生きる魔族は多いですのよ? 人間の都市まちは魔導器がほとんどない代わりに、もっと便利なもので溢れていますし」

「そうであるな。それに、たまの休暇はシロにも必要であろう。いつも働いてばかりいるし」

「──どこかの魔王様がもう少しおとなしくして下さっていれば、私もゆっくりできるかもなのですが」

「う……っ」


 言葉につまるラウラに、シロは「冗談です」と笑ってみせた。

 よかった、冗談を言う程度には思い詰めてはいないらしい。


 それから三人は思うがままに甘味を食して、食後の紅茶を愉しむと、あっという間に席の時間がやってきてしまった。


 会計はラウラが全て持った。

 もともと魔王軍の高官たるシロもエリアーナも、その辺の人間や魔族なんかに比べて何十倍もの稼ぎがあるのだが、これも作法というものだろう。ラウラ自身、現役時代の貯蓄は膨大なため、財布が痛む心配もない。


 そうして一行はホテル・メトロポリタンを出ると、もう一度地下に入って、東口へと向かう。

 昼下がりに入った池袋の街は、さらなる賑わいを見せていた。

 爪先が向かう先はサンシャイン通り。

 大抵そこに行けば服も食事も遊びも、何でも揃う。


「それではデートの後半戦、始めるであるか」


 そう言って、ラウラはシロとエリアーナを連れて、繁華街へと繰り出した。



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