第30話 祭りの後で
身体が動く者は動かない者を。
それぞれ担いだり、肩を貸したりして、這う這うの体でよろよろとダンジョンを脱出し、地上へ抜け出した。
もっとも、ラウラが最初に回復魔術をかけたため傷自体は癒えているので、怪我人自体は実質ゼロなのだが。
ぐったりしているのは誰も彼も臨死体験によって著しく削られた精神力からくるものである。
「あ──生きてるって最高~っ!」
外に出た瞬間、両手を上げて伸びをするカエデ。
彼女の豊満な胸がラウラのすぐ横で強調され、慌てて目を逸らす。
外は既に夕景色だった。
復興途中のビル群に切り取られた一面の空は、茜色と青色のグラデーションによって彩られ、色鮮やかに染まる薄雲が自然のパレットにアクセントを加える。
どの世界、どの時代でも、この風景は見る者の心を洗う。
そうして一同が言葉のないまま眼前の景色に魅入っている時だった。
「え、えええ!? 楓、これは一体何があったんだ!?」
スーツ姿のマネージャーが警備員を引き連れて駆け寄ってきた。
「いやあ、あはは。……ちょっとね、トラブル」
「ぜ、全然ちょっとじゃないでしょうこれ! と、取り合えず着替えて!!」
「はぁ~い。でもその前にみなさんを念のため医務室にお連れして。回復魔術で一通り治してもらったけど、何かあったら大変だから」
「わ、わかった。……しかし、この規模の傷を全員分かい? 一体だれが……」
「さ~ね。誰でしょう?」
そう言ってとぼけるカエデに答えを教える気がないことにマネージャーが気付いたのか、それ以上追及することなく口早に救護の指示を飛ばした。
すると、ラウラの肩に手を置く者がいた。
振り返ると、それはアツシだった。
げっぞりと痩せこけた顔で、目をぎょろりと動かす。
「……僕は、見たぞ。君があの蒼い光を踏んだ後にカエデの魔術がおかしくなったのを」
「何の事であるかな」
「とぼけるなっ! おかしいと思ったんだ、Fランクの君がこの超高倍率のオフ会に選ばれたのかをっ」
「ただの確率ではないだろうか」
しかし、存外アツシの言い分も的を射ているのが面白い。
「あの光──あの光に秘密があるんだな。あれこそが、パワーアップの要なんだな。あれさえあれば、僕はA級に上がれるんだな……!」
「やめておけ。貴様に制御できるような代物でもない。第一、貴様のような弱き者があの出力の魔素に触れれば内側から爆散するのが関の山だ」
「弱き者!? 今、僕のことを弱き者と言ったのか?」
「おっと、聴力の回復がまだであったかな?」
怒りに歪めた顔で詰め寄るアツシ。
その背中にマネージャーが叫ぶ。
「アツシさんも! こちらに来てください! あなたが一番の怪我人だったと聞いていますよ!」
「呼ばれておるぞ」
「……君、覚えておけよ」
三流の捨て台詞を吐いて、アツシはそのまま立ち去っていく。
ラウラたちもマネージャー呼ばれたが、疲労困憊状態だった肉侍のみ一行に同行して、ラウラとカエデはその場に残った。
「────」
「────」
不意にやってくる静寂。
広場のロータリーに風がゆったりと吹く。
ラウラの心は、カエデと二人きりという状況にひどく緊張していた。
「──また、助けられちゃったね」
先に切り出したのはカエデだった。
ラウラは肩を跳ねさせる。
「…………」
「一回目は渋谷で。二回目は奥多摩で。それで、今日が三回目」
ラウラは何も答えない。
それが、ラウラにとっての精一杯だった。
それを不満に思ったのか、カエデはラウラの顔を覗き込んでくる。
「……っ」
「やっと目、合った。──へえ、ラウラ君の顔、初めてちゃんと見た気がするけど、目、綺麗な色してるんだね」
「そ、そんなことは……」
「綺麗だよ。綺麗な赤色。あの夕陽みたい」
そう言って笑ってみせるカエデは反則級に可愛かった。
それからカエデは表情を消す。
「ねえ、ラウラ君って、一体何者?」
いつか聞かれた言葉。
そしていつかまた聞かれると思っていた言葉。
ラウラは静かに息を吐いて答えた。
「我は、Fランクの制圧者ですよ」
「嘘」
有無を言わせぬ口調で断言するカエデ。
ラウラははあ、と再び溜息を吐いて肩を落とす。
観念する。
「……そうですね、これは嘘です」
「じゃあ──」
だから、代わりに別の答えを作る。
「我はカエデたその一番のファンです」
「────」
カエデは面食らった顔でしばし硬直する。
それから少しして、煙に巻かれたことに気が付いた彼女はむっとした表情をする。
「ちゃんと答えて」
「これが、今できる精一杯の答えなのです」
「ぜんっぜん分かんない」
「いずれ教えてさし上げます」
そうして、ラウラは改めて言う。
二人肩を並べて、街の稜線へ沈みゆく夕陽を眺めながら。
「我はカエデたそのファン──今は何よりも、そういうことでいいではありませんか」
カエデは少しだけ不満そうに頬を膨らませてから、困ったように笑った。
「今は……ね。いつか絶対教えてもらうから」
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