第28話 古代遺跡の死闘


 策。

 それは、ラウラを一瞬でもいいから中央の蒼の光に触れさせること。

 そのために、肉侍にはジェスターの攻撃をかわすための囮役が与えられた。


 ラウラはジャージのフードを被る。

 焼け石に水かもしれないが、顔を隠そうという算段である。


「……ラウラ殿。あの蒼の光は、一体なんなのでござるか?」

「可視化した魔素の粒子である。あの真下に、恐らく地脈があるのだろうよ。あの古代術式による魔法陣は、その抽出用であろう」

「────っ。そんなものが、あそこに? 地脈の場所は政府でも極秘扱い。これはとんでもない事態に巻き込まれたでござるな」

「覚悟を決めろと我は言ったはずであるが?」

「……そうでござったな」


 肉侍は天を仰いだ。


「…………拙者の死に時は、今でござるのだな」

「諦めるのは早いぞ、同志」


 ラウラは言う。


「人は諦めないからこそ強い生き物であろう」

「──……そうで、ござるな」


 肉侍は細く長く息を吐くと、キッと前を向いた。


「拙者。腹、括り申した」

「それは重畳。──では、いざ尋常に」


 ──勝負。


 言って、二人は同時に柱の左右から姿を現した。


「──ん? まだ別の人間がいたのか。これはまた面倒な──」


 そうしてジェスターがこちらを見ようとした、その時。


「その視力、奪わせてもらおう」


 ラウラは手の平の上に展開していた術式を起動すると、ジェスターの眼前に真っ白な光珠を出現させた。


「な……っ! 目、目がぁあッ!!!!」

「おお、これは見込みのある語録の持ち主と見た。そのまま周りに転がる人を見て、感想を頂戴したいところでござる──な!」

「視力を奪うとは、なんと卑怯な──!! 正々堂々戦え!」


 弾かれるように駆け出す肉侍。

 自称、忍者なだけある。

 その鈍重な身体からは想像できないほど軽い身のこなしでジェスターとの距離をあっという間に詰める。

 そして、懐から取り出した手裏剣を二つ、素早く投げつけた。

 手裏剣は鋭利に回転しながらジェスターへと迫り──


「調子に乗るなよ、人間」


 突然、不自然な軌道を描いて、ジェスターの身体を避けていった。


「──っ、〝風〟でござるな!」

「輪切りにしてくれる」

「あ────」


 今度は肉侍の身に迫る不可視の風による刃。

 肉侍が次に地を蹴るよりも、風の刃の方が遥かに速い。

 死の恐怖に顔を歪めた肉侍は、思わずといった様子でぎゅっと両目を瞑り、


「避けよ、肉侍」


 肉侍の身体が突如、真横に吹き飛ばされた。

 ラウラが放った魔力の塊で突き飛ばしたのだ。


「何事!?」


 ジェスターは反応できず、目の見えない顔を左右に振る。

 音を聞いているのだ。


 そのままラウラは血の海に沈む一人の制圧者コントローラーの元へ駆け寄る。

 蒼白な顔に、ずっしりと血を吸った漆黒の髪。

 カエデである。

 ラウラは血の海に沈むカエデの身体を抱き寄せた。


「カエデたそっ、無事であるか!?」

「ん、ぅうう……、いった……──」

「今、回復魔術をかける──かけますので。少し痛むが我慢してください」


 柔らかな光がカエデの全身を包む。

 彼女の表情からみるみるうちに険しさが取れていき、息遣いもゆっくりしたものに変わっていく。

 カエデはラウラの腕の中でゆっくりと瞼を上げる。


「……、らうら、君?」

「ああ、我である……です。今、奴を斃してきます」

「だめ──逃げて、あいつ強すぎる。だめ、死んじゃう……っ」

「大丈夫。我は死にません」


 カエデをゆっくりと地面に下ろす。

 それからラウラはついでに倒れる他の男たちにまとめて回復魔術を使った。


「これで我の魔力は真にすっからかんである。頼んだぞ、肉侍よ」


 この程度ならこの魔力をみてラウラであるとはジェスターに感知されないだろう。感知されるのはそれこそ世界改変などのもっと規模の大きなものだ。


「ぐ……く」

「うぅ……い、てぇ」

「生きてる……? 俺、生きてる……?」


 呻き声が次々にあがり、起き始める男たち。

 その中の一人が、元気よく飛び起きた。

 見れば、アツシだった。


「……やられた……? この僕が、B級の、しかも今最もA級に一番近い天才と呼ばれているこの僕が、倒された……? そんなの嘘だ、何かの間違いだ……っ!」

「ぎゃーぎゃーとうるさいの」

「…………っ」


 振り返るアツシ。

 彼の目は赤く血走っていた。


「Fランク……どうして君がここにいる。どうして逃げない」


 ラウラは肩を竦めるにとどめた。

 いちいち説明するのが面倒だった。


 しかし、アツシはそれを都合よく解釈したらしい。

 ラウラと、その足元に横たわるカエデを見て、下卑た笑いを浮かべる。


「……そうか。もう、僕しか頼れる男がいないんだね。そうだ、当然だ。なぜか復活を果たしたわけだし、やっぱり僕は特別だ……!」

「お花畑だのー」

「ら、ラウラ、殿っ! お助けをっ!」


 すると、ジェスターの自動迎撃用の術式であるかまいたちを刀でいなし続ける肉侍が泣きながら叫ぶ。

 それを見て、アツシがニヤリと笑う。


「僕に任せろっ!! カエデは僕が守る!!!」

「いや一度失敗しておろうが」


 冷静に突っ込むラウラの声も聞こえないほど興奮しているらしい。

 アツシは視力を失ったジェスターに肉薄すると、握った剣で激しく斬りかかった。

 しかし、


「……増えた人間の片割れが回復士の類だったか。羽虫が増えて鬱陶しいなっ!」


 ジェスターはそれを指先一つで止めた。


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