第27話 血塗れた四天王



「⋯⋯っ、肉侍!」

「分かっているでござる!」


 同時にラウラと肉侍は同時に駆け出す。

 薄暗い通路を駆け抜け、古代遺跡のめくれ上がった石畳を飛び越え、倒壊した柱の間をすり抜ける。


 そして現れた曲がり角の先。

 不意に現れた荘厳な古い門をくぐった。

 

 ──その扉は、不自然に開かれていた。


「これは──」


 ラウラは静かに息を飲んだ。


 途端に景色が変わる。

 これまではただの風化の激しい薄汚れたダンジョンだった。

 だがここは違う。


 当時の息遣いを色濃く残した古代遺跡が、はっきりと現存していた。

 否、現存しているなどという表現すら生ぬるい。

 これは、まだ生きている・・・・・遺跡だった。


 一呼吸ごとに体内に入る魔力の濃度が桁違いに上がる。

 厭な悪寒が背筋を這い上がる。


「ラウラ殿、この場所は一体⋯⋯!?」

「気をつけよ肉侍! 先ほどの門の辺りから空気が変わった。──この領域は最早、低級ダンジョンなんかではないぞ!」

「⋯⋯承知ッ」


 ラウラは歯噛みした。


 ──これは、血の匂い⋯⋯!


 それもどんどん濃くなっていく。

 それだけではない。

 肌に感じる魔力の奔流が突き刺さる痛みを伴う。

 それは、尋常ならざる者の気配。


「ラウラ殿⋯⋯っ!」

「なんだ、肉侍。この魔力の波動が分かるのであるか!」

「分かるでござるよ、これほどまでの邪気ならば! しかし貴殿こそ、この感覚が分かると言うことは、やはりFランクというのは──」

「今は意識を前に向けよ! ──もう着くであるぞ!」


 視界が開ける。

 そこは広大な地下空間だった。


「────」

「──なんと、広大な」


 言葉なく感嘆したのはラウラ。

 呟いたのは肉侍。


 高さだけで百メートルはくだらないだろうか。

 街がひと区画丸々収まっても余りあるほどの空間。

 同様に百メートルを越す巨大な柱が整然と並んでいる。


 壁という壁、天井という天井にはびっしりと古代文明のレリーフが刻まれ、その上を繁茂したシダ類によって覆われていた。

 魔界にあった千年級の遺跡だ。年季の入り具合は折り紙つきだろう。


「⋯⋯……」


 だが、ラウラは疑念を浮かべる。

 やはりおかしい。

 このダンジョンに、こんな儀式場は・・・・・・・なかったはずなのに・・・・・・・・・・

 ラウラは地球に重なった主要のダンジョンを把握している。ここ三軒茶屋のダンジョンも同様だ。しかし、こんな空間はラウラの記憶にあるマップには存在していなかった。


 だからこそ、あの不可解な門をくぐった時からあった違和感が確信に変わる。


 ここは──今の魔王の代で発掘された未踏破領域に違いない。


「ラウラ殿、あれを⋯⋯っ!!」

「───っ」


 肉侍が眼下の一点──この広間の中心を指さす。


 一辺、二百メートルほどの正方形。

 その中心の石畳に、複雑な幾何学模様が刻まれている場所。

 幾何学模様は術式。

 術式が刻まれているのは祭壇。


 そこが真っ赤な血で斑に染まっていた。

 倒れているのは幾人もの見覚えのある男たち。カエデのファンたちだった。

 否──それだけではない。


 倒れている、もうひとつのカタチ。


「あれは……っ!」


 血の海には、カエデ本人も倒れていた。


「カエデたそっ!!」

「待たれよラウラ殿ッ!」


 駆け出そうとするラウラの腕を掴んでくる肉侍。

 そのまま柱の陰に引き摺り込まれる。

 見た目に違わぬ剛力だ。

 魔力がほとんど枯渇しているとはいえ、ラウラの身体が一瞬でも完全に静止した。


「なぜ止める肉侍! カエデたそを助けるぞ!」

「だから待たれよと申しているでございる! 奴が見えぬでござるか!」

「なに?」


 肉侍の言葉に釣られるまま、柱の陰から顔を出す。

 ……なるほど、そこに在る・・のは、確かに倒れるカエデ一行の姿だけではなかった。


 もう一人。

 それは、血濡れた魔法陣の中心で蹲っていた。

 その足元から、蒼の光を放ちながら。

 魔法陣の中心では、蒼色に輝く粒子が渦巻いていた。


「──あの光。我、見覚えがあるぞ」


 ラウラは戸惑った。

 そう──見覚えがあるのだ。

 見覚えがあるからこそ戸惑った。

 なぜここであの光を見るのか、と。


 ──その光は、魔王軍本部の魔力炉のものと瓜二つだった。


「見る限り、カエデちゃんは気こそ失っているようだが軽傷のようでござる。その他の連中も出血こそ多いものの、傷はどうにも浅いようでござる」


 すると、男がゆっくりと立ち上がる。


「……はあ。何やら騒がしいと思えば、自動迎撃の魔術が人を討ったか」


 男は、今さら気付いたように血まみれの祭壇をぐるりと眺めると、鼻を摘まんで顔を歪めた。


「まったく、なぜこんなところに人間がいるのだっ。──いや、くそっ。思い出したぞ。そうか、門を閉め忘れたんだ。クソっ、クソっ、クソクソクソクソっ! あれからずっと外れくじばかり引く!」


 男の顔を見て、ラウラは戦慄した。


「まさか奴は──暴風の四天王・ジェスター!!」


 白銀の長髪に、肩眼鏡モノクル、手のひらを執拗にハンカチで拭うあの潔癖な仕草。

 間違いない。

 あの日、洞穴でエリアと様子を伺いに現れた当代魔王軍の四天王の一人、ジェスターだった。


「……そ、それは、本当でござるか?」

「間違いない。奴が、奴こそが、四天王ジェスターである」

「…………。なぜラウラ殿にそれが分かるのかは置いておくとして、どうするでござるか」

「決まっている」


 ラウラは立ち上がると、息を鋭く吐いた。


「奴をたおし、カエデたそを救出する」

「……ん? ちなみに他の諸兄方は?」

「野郎に興味はない」

「流石、ブレないであるなラウラ殿……」


 しかし、このまま正面から挑んだとしても、今の魔力不足のラウラに勝機があるかと言えば、遺憾ながら少ないと言わざるを得ない。

 それに、ジェスターに先代魔王ラウラが封印を解いてここにいるという事実を知られるのもまたまずい。万が一討ち漏らした時の影響は、シロのいつかの言葉通り計り知れないのだ。


 だから、一計を弄する。


「肉侍。手を貸すがよい。そして覚悟を決めよ」

「……今更、引くつもりもないでござるよ」


 肉侍はそう言いながら、震える両手で得物の刀をぎゅっと握った。


「よろしい。我に、策がある」


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