第18話  先代魔王、魔王軍から魔力をパクる



 魔王軍本部、中央部。

 その奥深くにある深部。


 ビルがまるまる一つ収まっても余りあるような広大な空間に、球体状になった青白い光の球体が浮かんでいた。

 球体はよく見れば、一つ一つが空中に刻まれた術式で、まるで生き物かのように脈動し、成長と退廃を繰り返していた。

 そんな光球の周りを、無数のパイプや鉄板が囲い、何層にも張り巡らされている。

 まるで心臓を守る肋骨のように。

 あるいは赤子を抱える母の手のように。

 こぼれないように、壊れないように、巨大な術式の塊を包んでいた。


 それこそが魔導本部の深部に鎮座する、魔力炉である。

 

「今日も青白く光る術式を眺めるだけのお仕事。暇だねえ~」

「あ~あ。何か面白いこと起きないかなあ~」

「でもコレ、魔界にあった時よりも重界した今のほうがすんげえ強く光ってるよね。なんでだろ」

「分かる分かる。目ん玉潰れそうだもん」


 そんな魔力炉を監視する女魔族が二人、鉄柵に腰を預けながら投影魔術に移したモニターで動画サイトをぼけーっと眺めていた。

 魔力炉とは地脈から魔素を吸い上げ、魔力に変換するエネルギー生成施設の一種である。

 魔導本部のみならず周辺施設のライフラインを全てこの魔力炉一機で担っているほど重要施設なのだ。

 しかし、だからこそ。

 それほどまでに高度な術式であるからこそ、異常こそまずもって起こるはずもなく。

 それに加え、魔王の居住地でもある魔王軍本部に敵が攻めてくる事態も当然起こることもなかった。


 シフトの人数は当初百二名体制だったところが、今ではたったの二人に減り。

 その上、動画視聴、資格の勉強、食事、音楽鑑賞、映画鑑賞、なんでも黙認されているといった緩み切った状態である。


 だからこそ、バチが当たったのか──


 突如として、きゅぅうううううううううううんっ、という音とともに蒼の光が消失した。


「えっ、えっ!? 何、なにごと!?」

「うそだうそですうそですよね!!!? 魔力炉止まってんだけど!?」

「なんでどうして!?」

「……っ! あれ見て!! 地脈に誰かいる!!」


 監視員の魔族の一人が魔力炉の下部を指し示す。

 そこには確かにひとつの人影がうずくまって何かをしていた。


「うそ……まさかあれ、地脈から魔素を直飲み・・・してる……?」

「んなわけ……そんなことしたら、四天王様だって毒性の強さに即死するって……──あれ? でも、まじで直飲みしてる?」


 その人影は立ち上がると、振り返る。

 煌々と蒼に輝く地脈が逆光となってシルエットしか見えない。

 姿かたちは何ら変哲もない、そこら辺にいそうな細身の人型男性のそれ。

 その人影はしゅたっ、と右手を掲げると、


「──ご馳走であった」


 それだけ言って、去っていった。


★ ★ ★


 魔力炉は五分も経たずに復旧した。

 地脈に降り立った犯人Xが去ったことが理由なのは明白だった。


 そして、その場に居合わせた女魔族二人はその場で正座させられ、


「どういうことだぁあああああああ!? なぜ魔力炉がとまるのだぁあああ!?」


 四天王・ジェスターに怒鳴られていた。

 そう──ここ魔力炉は、ジェスターの管轄なのである。


 今や魔力炉は騒然となっていた。

 普段は二人かせいぜい三人ほどしか常駐していないこの場所は、いまや鑑識や内調係らの総勢数百名から構成される調査委員会でぎっしりと埋め尽くされている。

 そこに、カツン、とヒールが地面を固く鳴らす。


「あら、今日は珍しく人が沢山いらっしゃいますのね」


 ジェスターは振り返ってその姿を見ると、表情を歪めた。


「ぐっ、エリアーナ、なぜここに!」


 そこに立っていたのは、深紅のドレスに身を包んだ黒雷の四天王。

 その美貌を惜しみなく見せつけながら、どこかいつもより艶のある顔で意地悪く笑う。


「あら? あらあらあらあら? もしや、魔力炉が止まってしまわれたのですの?」

「く……っ、野次馬は帰るがよい!」

「貴方の監督不足ではなくて?」


 そこでジェスターははっとする。


「エ、エリアーナッ! さては貴様の仕業か! 昨日の意趣返しのつもりか!!」

「うふふ、口を慎むことね、ジェスター。そんなこと、あるはずないではありませんの」


 エリアーナは高貴に気持ちよさそうにひとり笑った。


★ ★ ★


 ラウラは奥多摩の森に戻ってきていた。


「まずい、結構な時間が経ってしまった……! カエデたそはいぞこにっ!」


 ラウラは依然、気を失って伸びたままの魔女たちが転がる広間を駆け抜ける。

 木々を抜け、草根を掻き分け、トンネルのように空を覆う巨木の根をくぐり──


「……っ、った!」


 肩をがっくりと落としてとぼとぼ獣道を歩く、制服姿の少女の後ろ姿を見つけた。


「………っ、…………っ」


 緊張から声が出ない。

 いつもの通り代わりにコメントをしようにも、配信中ではないどころか、自分のせいでアカウントBANを喰らわせてしまっていることを思い出した。


「ぐ、ぬぅうう……っ。しかし、このけがれた我が声をかけていい存在でもなし……っ!」


 ──結果、ラウラは間を取って、


(聞こえますか、カエデたん。我──私です、三度の飯です)


 念話を使って声をかけた。


「えっ!? へ!?! 何今のっ、幻聴!?」


 その場で驚きに飛び跳ねるカエデ。

 左右を振り向いて、声の主を探すが見つからない。

 当然だ。

 今、ラウラは彼女の右斜め45度後方の巨木の陰に身をひそめながら、その慌てふためく可愛らしい様子を眺めているのだから。

 シロがもしこの場に居れば、即殴り飛ばされるか目くらましの術をかけられるところだが、今はそんな専属秘書は洞穴で緊縛中だ。今、目を保養せずにいつするのか。今である。


(落ち着いて聞いてください。今、あなたの心の中へ直接語りかけているのです)

「こ、これがテレパシー……? そんなことも、魔術でできるってこと……? ──って、ええっ!? 三度の飯さんって言いました!?」

(はい)

「……ってことは、ラウラ君?」

「────っ」


 不意に自分の名前を呼ばれ、呼吸困難に陥る。

 一秒二秒、五秒、十秒と経ち、


「────ッカ、はぁっ! はっ……、はっ……、はっ……。い、いかん。喜びのあまり心臓が止まったぞ」


 比喩ではなく、本当に止まった。


「……おそろしい。女神のリリアでさえ、ここまでの長さ、我の心臓を止めることはできないであろう」

「──ごっ、ごめん! リアルネーム呼ぶのは流石にマナー違反だったよね……」

「い、いかん」


 沈黙に耐えかねて、虚空に向かってぺこぺこ頭を下げだすカエデ。


(すみません、マイクがミュートになってました。そうです、ラウラです。是非、そちらの呼び名でお願いします)

「テレパシーって、ミュートとかそういう機能あるものなんだ……?」


 そんな機能はない。口からの出まかせである。

 カエデは首を傾げた。


「……っていうか、もしかしてラウラ君、今わたしの近くにいたりする?」

(…………っ!)

「あ、やっぱりそうなんだ。ねえ、顔見せてよ。ストーカーとか、そういうふうには思わないからさ」


 ──我、ストーカーとか、思われていたのか。


 ずしゃぁ、とラウラはその場に崩れ落ちてうなだれた。

 ラウラはしかし、気を取り直して言葉を繋げる。


(面と向かって言葉を交わすなど、畏れ多く……)

「ふうん? この辺かな? いや、でも、この辺かな? ────あ、そこかな?」


 崩れ落ちたラウラは、半拍遅れて顔を上げる。

 同時、巨木の陰からひょっこりと卵型の顔が現れ──


「えへ、見つけちゃった。ラウラ君、こんなところで何してるの?」

「ぁ────」


 推しとエンカウントしてしまった。



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