第19話 全裸なんて最初からどこにもいなかった、よいな?
「えぇ、やば。久しぶりだねラウラ君。ていうか、どうしてこんな辺鄙なところにいるの? しかも今日も同じジャージだし。そんな軽装でここに来たの? 変なの~。──あ、でも制服とローファーで来てるわたしも同じか」
orzの体勢で見上げるラウラと、そのラウラを笑顔で眺めるカエデ。
奥多摩の森で、謎構図が展開されていた。
ラウラの脳は、今この時拘束回転していた。
一つは、
──まずいっ、見つかってしまった……! でもなんか、いつもの配信の時よりテンションが高いな。
というものと。
もう一つは、
──あれ……? カエデたそ、さっきの全裸が我であったこと、気付いていない……?
というものだった。
ラウラは笑顔の眩しすぎる
(すみません、ストーカーのようなことになってしまってまして)
「えー? 全然? ──まあ、なぜにここに? って感じで謎ではあるけど。この前もそうだったしね。──ていうか」
楓は頬を膨らませながら幹の陰から出てくると、両手を腰についた。
「面と向かってるんだから
(う……っ、それは……直接話すのは、畏れ多いと言うか……)
「なんでよ。同じ人間じゃん」
我、実は魔族なのですが──という言葉は喉まで出かかったところで飲み込んだ。
それに、
「
そのカエデの言葉に、ラウラは気持ちが軽くなった。
魔族だとか人間だとか。
先代魔王だとか当代魔王だとか。
そういう煩わしいものが全部、彼女の前だとどうでもよくなる。
それが心地よかった。
そう、なぜなら。
──なぜなら、
「おおぉ……っ、なんと尊いお方なのか……っ」
「え……っ、なんか逆に悪化してないそれ……?」
ラウラはよろよろと立ち上がる。
ラウラの方がカエデに比べてずっと背は高いが、圧倒的オーラを前にそんなことも彼女は感じさせないのが不思議だ。
ラウラは挙動不審に目を泳がせながら、ジャブを打った。
「カエデたそは、その、配信は……」
「…………っ」
途端、カエデの肩が跳ね、表情を一気に曇らせる。
それからじわぁ、とその大粒の瞳に涙を溜めると、
「…………うっ、ぅわぁあああんっ! アカBAN、されたの!! よくわかんない謎の全裸が配信に映りこんじゃってっ!!!! 顔はよく見えなかったんだけど、下はなんていうか──サイリウムサイズで怖くて!!」
「────────」
ラウラは表情を消した。消さざるをえなかった。
しかもサイリウムとは。
ラウラのモノは七色に光ったりはしない。いや、本気を出せば光らせることくらいはたやすいのだが──そうじゃなくて。
罪悪感に今にでも地獄の窯に身投げしたい気持ちになる。
しかし、同時に、
──や、やはり、アレが我だったとは気付いていない……!
罪悪感とともに内心でぐっと手を握る。
「……こほんっ。何を隠そう、我はそれを解決しに惨状したのである」
「…………もしかしてラウラ君って運営の人?」
「違います」
「てか微妙に口調が違うし」
「そういう病気だと考えてほしい……です」
「ああ、あるよね。そういう十四歳の時にかかるびょーき」
カエデはラウラに向き直って、ずいっと詰め寄ってくる。
「──で、それ、本当なの?? アカBAN、解除できるっていうの」
「ええ。方法は少し違いますが、可能です」
「ほ、ほんとっ!? それ、ほんとにほんとに助かる!!!!」
「代わりに、少しだけ目をつぶっていただいてもよろしいか?」
「うん……!」
素直にその場でぎゅっと目をつぶる楓。
まるでキスをせがむような表情で、ラウラはドギマギしてしまう。
しかし、気を取り直して、深呼吸をした。
ラウラは目を見開き、虚空に手を振る。
それだけでラウラの背中から翼のように複合的に絡み合った幾種もの術式が展開された。
それは拡大することを止めず、いつぞやか渋谷でエリアーナと相対した時のものの五倍──否、十倍は巨大な術式の翼となっていた。
その力の源泉はラウラの体内にある膨大な魔力。
否、正確に言えば──先ほど魔王軍本部の魔力炉から
術式に魔力が流し込まれ色が灯り、光り輝く。
蒼く蒼く、夏の蒼穹よりも深く色づく。
術式が輪転し起動する。
やがて光量は最高潮に達し、奥多摩の森を真っ白に染め上げ──
──世界が、改変される。
「────…………ふぅ」
光が消え、元の景色が戻ってくる。
ラウラの背中に展開していた翼の形の複合術式は色を失い、やがてボロボロと崩れ初めて虚空へと散っていった。
ラウラはこの一瞬で体内の魔力のほとんどを使い果たしたため、ずっしりとした気だるさを覚える。
ラウラは首を振って意識をはっきりと保つと、カエデに声をかけた。
「……もう、目を開けて大丈夫ですよ」
「もう、終わり……? 意外と早かったね。なんか一瞬、すごいピカっ、って光った気がしたけど──なんか運営さんにメールを送ったりしたの?」
「そのようなものです。ちょこっとだけ
「……もしかしてラウラ君ってお金持ちとか、権力者のお坊ちゃん?」
「まあ、似たようなものです」
「ラウラ君、いっつも赤スパ投げてくれるもんね~。そうじゃないかなーとは思ってたよ」
ラウラは言う。
「ちょっとアカウントの画面を見てください」
「う、うん……っ。──あっ!! え、すご!? ほんとにアカウント、復活してる!! えー……すご。しかも、あの時の全裸の人の切り抜き動画とかも全部消えてるし!!!」
──危ない。我の全裸、切り抜かれていたのか。
ネット民の仕事の早さ、恐るべし。
ラウラはカエデに向き直ると、真剣な顔でいう。
「全裸なんて最初からいなかった。──いいですね?」
「う、うん……そうなの、かな……? うん……そうだった、かも」
ラウラに気圧されて曖昧な笑みを浮かべるカエデ。
ラウラが行ったのは、いわば〝全裸の男はあの時現れなかった〟という形で事実を改変したことだ。
しかし、ラウラやカエデのような実際にオリジナルの事象に出くわした人間は、一度起きた事象との縁が強いため、記憶が消えることはない。あっても思い出しにくくなる程度の影響である。事情を知るシロやエリアも同様である。
「あー……よかった、よかったぁあ……。ほんとにアカBANされた時は、どうしようかと思ったんだ……」
泣いて喜ぶカエデは、ラウラの手を握ってぶんぶんと振った。
「ほんとにありがとうね! 何かお礼しなくちゃ!」
「い、いや……例には及びません」
これでお礼を貰っては、世界規模のマッチポンプである。
そもそも罪悪感に押し潰される。
「でも、それじゃ私の気が収まらないし……」
うーん、と悩むカエデ。
それから何かを思いついたように表情を明るく咲かせると、
「そうだ! それじゃあさ、こういうのはどう?」
カエデは言った。
「今度、抽選でファンクラブ限定の特別ツアー、〝カエデと一緒に
「是非!!!!!!!!!」
当然、即答するラウラであった。
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