第2話 四天王、襲来


「よかった……配信に間に合った……」


 モニターが青白く照らす敷布団に座ったまま、ラウラは大きく肩を下ろして安堵の溜息を吐く。

 そんなラウラのことをシロがじとっとした目で見ていたが、当の本人は気が付かない。


『今、カエデはっ、どこにいるでしょ~かっ!』

「うーむ、今日のこれはどこだろうか」


 ラウラは唸る。

 一月の一点の曇りなき青空。

 その下には都市の輪郭が見えた。


 彼女はどうやら廃墟が連なる巨大クレーターの淵に立っているようだ。直径にして500メートルはくだらないだろう。何層にも抉れた地面や、地下鉄のトンネル、湧き出た地下水の作る滝が見える。しかも、クレーターの周辺に立ち並ぶ超高層ビル群から考えて、ただの大戦跡地ではない。


 日本に魔界が重界したことで生じたダンジョンを思い浮かべる。

 その中で、ひとつ、心当たりが生まれた。

 しかし、そこは人間が──特に年若い少女が踏み入れるには極めて危険な場所。


「……まさか」


 ラウラは逸る気持ちを抑えて魔術のキーボードに指を走らせた。


@三度の飯よりカエデたん ¥50,000

『旧アデール領アディア=渋谷ですか? 後ろに広がるのは、大深度クレーターですよね』


 僅かな通信のラグを経て、画面の向こうでカエデがぱっと笑顔を咲かせる。


『三度の飯さん、早速赤スパありがとーうっ! そしてさっすが、完璧な答え! そうなのです、ここは現代魔王と国連軍との激闘の末、廃墟になってしまったあの渋谷なんですね~。それにしても重なってしまった魔界の地名も把握してるとは三度の飯さん、相変わらずすごいですね~』


:でた三度の飯ww

:コメントはやすぎw

:てか相変わらず金持ちすぎだろ裏山

:なんでそんなに詳しいのか疑問すぐるww


 カエデに反応され、チャット欄のコメントがそれに続く光景に、ラウラは恍惚の表情を浮かべる。


「ふ、ふふふ……カエデたんに、褒められてしまった……」

「端的に言って気持ち悪いです、ラウラ様」

「しかし、旧アデール領アディア=渋谷とは……どうやってカエデたんは入ったのだろうか? 流石にここから南下して、今日は三軒茶屋の中級ダンジョンあたりを攻略するのだとは思うが……」

「人間がこの地に踏み入れるのは、感心しませんね」


 シロの言葉に、ラウラは無言で頷く。

 旧アデール領アディア=渋谷。

 そこはただの地球と魔界の大戦跡地ではないのだ。

 なぜならそこにはかつての──


『そしてなんと、この場所にはかつての旧魔王軍本部があったんですね! もう魔族も誰もいないようなのですが、ちょっとした残党さんがいるみたいなので、今からちゃちゃっと制圧コントロールしていきたいと思いますっ!』

「……っ! まずい、そこへ近づいてはいかん!」


 ラウラは身を乗り出して叫ぶ。

 カエデがカメラとともに大深度クレーターを降り始める。


@三度の飯よりカエデたん ¥50,000

『引き返してください。危険です。そこにいるのはただの残党ではなくt』


:三度の飯あせりすぎww

:過保護乙w

:てか渋谷には雑魚しかいないってネットじゃ有名な話じゃん?


@三度の飯よりカエデたん ¥50,000

『それは現代魔王が振り撒いたブラフで、実際は今でも重要拠点として稼働しているのです!』


:流石に調子のりすぎw

:企画を否定するとかどうなん?


 誰も信じてくれない。

 誰も心配してくれない。

 そこに、カエデが反応を返す。


『あっ、三度の飯さん、赤スパのペース早すぎだって! 心配してくれてありがとうね~。でも大丈夫! これでもちゃんと専門家にリサーチして、私のレベルなら安全だってお墨付きもらってきたから!』


@三度の飯よりカエデたん ¥50,000

『その情報がそもそも罠なのです!!』


;いい加減うぜえ

:カエデちゃんBANしてもいいんだよ?

:大事な金づるだからなあ

:金持ってれば何してもいいと思うなよボンクラ


「く……っ! どうして誰も気づかない! この地に漂う魔力の強さに!」

「ラウラ様、人間で魔力が視える・・・者はごく僅かです。画面越しなら尚のこと」


 瞬間、カメラが映す画面奥──クレーターの中央部分に光が走った。

 ただの光ではない。

 漆黒の閃光。それは闇色の稲妻だった。

 彼我の距離は二百メートル以上離れているのに、画面いっぱいを閃光が埋め尽くす。

 バリバリと大気が引き裂かれる音がマイク越しに響いた。


『きゃっ……!! 一体、何!?』


 光と音に驚いたカエデが、咄嗟に防御呪文を唱え、同時にロングソードを構える。

 その反応速度と場慣れした身のこなしは、流石高ランクの制圧者コントローラーと言うべきか。


 立ち上る粉塵。

 四方に吹き飛ぶ瓦礫の破片。

 それらが付くる煙が風に流され、ゆっくりと晴れていき──


「あ、あれは、まさか……っ!」


 ラウラの隣でシロが驚きにあえいだ。


 土煙の中から黒い雷電を纏いながら現れたのは、一人の長身の女だった。

 漆黒のドレスを身にまとい、その強い肉感を見せつけるように胸元や足を露出した金髪の美女。

 カエデとは、真反対の存在。


 ラウラは蒼白になった顔で、渇いた喉を動かした。


「四天王……エリアーナッ。なぜここに……!」



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