第3話 魔王、裏切ります


『あれは……なに……?』


 カエデが恐怖の最中で、それでも撮れ高だと思い、式神にズームした映像を取らせる。


:あんなモンスター、見たことないぞ

:え、人間?w

:いや明らかに魔族だろ

:てか美人過ぎわろたw

:あんな美女になら俺殺されてもいいんだがww


 瞬間。

 カメラの映像が乱れたかと思うと、黄金の髪の魔族の姿は掻き消えた。


『え……?』

『かわいらしいお客様ですわね』

『……っ!?』


 カエデが反射的に飛びのく。

 一拍遅れて、カメラがソレを捉らえた。

 黒雷を纏った絶世の美女。

 その一瞬で、魔族の女はカエデの真横に現れていたのだ。


:クソ強そう

:ちょっとこれ、やばそうじゃない……?

:今日はどこまでカエデたんが傷つく姿が見られるのかw

:美女対美少女、えっちすぎる


 カメラの中でカエデがあぶら汗を浮かべるのが分かる。

 それだけじゃない。

 恐怖に震える肩も、大粒の瞳がうるむ光景も、緊張に唇が青くなっていく姿も。

 全てが生々しく映し出されていた。


 ──そして視聴者は、まさに彼女のその新鮮な恐怖の感情を見て、愉しんでいた。


『こ、のぉ……っ!』


 先手必勝。

 恐怖心との葛藤の果てに、カエデはロングソードで斬りかかる。

 弾かれる。

 再び斬りかかる。

 弾かれる。


 弾いたのは漆黒の雷。魔族の女の周囲を取り巻くそれが、鞭のようにしなってカエデの一撃を防ぐのだ。


『は、は、は、は──弱い、弱いですわね。ああ、かわいそう。あなたも騙されてきたんでしょう。欲を出したんでしょう……っ。ここアデール領ならば稀少な魔力を持つ弱い魔族が巣食っていると!』

『────っ!』

『いじらしいですわ、あさましいですわ! これだから人間は、生きるに値しないのですわ!!』


 笑う、笑う、笑う。

 女は笑う。

 笑いながら、稲妻をカエデに向かって走らせた。


『ぐっ、うっ、うぅ……!』


 カエデの腕が、腹が、足が、次々に裂かれて血を流していく。

 ところどころが高電圧に焼かれ、痛々しいまでの火傷を見せていく。

 服は徐々に破けていき、その姿を視聴者は心配するよりも、興奮を煽っていった。


:やばい、興奮してきた

:あ、もう少しでカエデたんのパンツ見えそう

:血だらけの女の子ってなんかいいよね

:やばい、生きてるって感じする。俺見てるだけだけどw


『あなたのこと、知っておりますのよ? 著名な配信者カエデ嬢ですわよね?』

『どう、して……それ、を……!』

『決まっているではありませんの。あなたのような名のある人間を凄惨に殺すことで、地球人が魔族へ楯突く気力さえも湧かないようにして差し上げるのですわ。──現に、今この光景も配信しているのでしょう?』

『……っ!』


:え、呼ばれました?

:サービス精神旺盛わろたw

:次はおぱーい希望


 カエデの呼吸が異常に早くなる。

 血が散る。肉が覗く。

 涙が宙を走り、痛ましい悲鳴が鳴り響く。


『まって、まって。どうしよう、どうしようこれ……! みんなどうしよう!』

『は、は、は。泣いても喚いても声は届いても、誰も助けてはくれない。──虚しいですわね、あなたの人生』


:涙目カエデたんかわいすぎw

:いきて、がんばって

:あ~あ、この子もここまでかぁ

:リョナ苦手だからそろそろ落ちようかな……


『うぅ……っ、痛い、いたいよう……っ。やだ、しにたくない、わたし死にたくない……!!』

「…………」


 ラウラは溶岩を呑んだ気分だった。

 煮える。焼ける。腹が燻り、燃え上がる。

 怒りに燃え上がる。


 魔界人も地球人も変わらない。

 善い者もいれば悪い者もいる。

 それは分かっていた。分かっていたはずだった。

 それに絶望して、今の魔王に甘んじて王座へ座らせているのだ。


 だが。


「世のため人のために研鑽する彼女を愚弄するとは、なんと愚かなことか……ッ!」


 ラウラは怒りに任せて立ち上がった。

 両の手、両の足に力を篭める。

 それだけで呪いの鉄鎖が弾け飛んだ。


 シロが駆け寄ろうとする。


「ラウラ様、一体何を!」


 画面の中で、魔女が稲妻を纏った右腕を振りかぶる。


『たすけ、て──、誰か……っ、だれか……っ!!』

『今楽にして差し上げますわ! これで、死な、さい──ッ!』


 誰も助ける者がいないのなら、自分が動くしかない。

 ならば、やることはただ一つ。


 ラウラはシロを振り返った。


「シロ、すまない──我、ちょっと魔王軍、裏切ってくる」



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