先代魔王だけど推しのためにちょっと裏切ってくる

亜塔ゆい

第1話 先代魔王には推しがいる



 ラウラは血を流しながら、黒髪の美しい少女を背に庇った。

 そしてチャット欄にコメントを打ち込む。


 @三度の飯よりカエデたん ¥50,000

『逃げてください』


 少女が驚きの声を上げた。


「もしかして君、赤スパしかなげない三度の飯さん……?」


 ラウラは口元だけで笑って視線を外すと、正面を睨みつける。

 強大な闇を、敵を。

 推しに仇名す、裏切り者の姿を──



 ★ ★ ★



 〝魔界〟と〝地球〟が重なって・・・・から幾星霜。

 先代魔王・ラウラの尽力により、本来は衝突するはずの二つの世界は互いに手を取り合った──はずだった。


 しかし先代魔王・ラウラはある理由から追放されてしまい──


「──追放された結果が、コレですか」


 先代魔王ラウラの専属秘書のシロは、露出した肩を大きく落とした。

 銀髪ショートの小柄な少女である。

 ボディストッキングを彷彿させる、身体にぴったりと張り付く衣服に身を包み、そのスレンダーな肢体を惜しげなく晒している。


 シロが訪れたのは、薄暗い洞穴の中。

 入り口は結界により固く閉ざされ、壁という壁、床という床、天井と言う天井に封印の術符が張られている呪われた地……のはずなのに。


 そんな場所が、いまやビル群のように連なったAmaz○nの段ボールや、積み上がる少女の顔がプリントされたグッズ類によって占拠されていた。

 いわゆるオタク部屋の様相である。


「コレ、〝封印〟を体のいい口実にした、事実上のひきこもりですよね」


 頭を押さえて首を振るシロの先。

 汚部屋になりかけている洞窟の中央に鎮座する座布団。

 その上で、大きな黒い影が身じろいだ。


「……。う、ううん……?」


 シロは頬をひくつかせると、腰に手を当てた。


「もうっ、ラウラ様! いったい今、何時だと思っているのですか! もうお昼の一時ですよ!? いい加減、起きてください!」

「もう少し、寝かせてくれ……あと……三十年。…………ぐぅ」

「あと三秒でも寝たらここにあるグッズ、全部焼き払いますよ」

「それはならんっ!」


 がばっ、と黒い影が跳ね起きる。


 掛け布団と毛布の合間から現れたのは、十代を思わせる風貌の若い青年だった。

 漆黒の髪に、深紅の瞳。

 あどけなささえ残すその顔は中性的で、どこか保護欲をそそられる出で立ちをしていた。

 身に着けるのは簡素なデザインのジャージ一式。

 両手両足には紫色に脈打つ呪いの鉄鎖。それつまり、封印の証。


 彼こそがラウラ・ノイ=グラディエル。

 かつて魔界を統一せしめた先代魔王その人である。


 しかし、そんな威厳もどこへやら。

 ラウラは布団の上にぺたんと座ったまま、猫のように眠い瞳を手の甲で擦った。


「……ん、ぅう、まだ眠い。その声はもしや、シロか?」

「はい、ラウラ様の専属秘書であり一番の懐刀であり、未来のお嫁さんのシロです」

「三つ目について我は認知していないぞ」

「……っく。相変わらずどうしてそこだけ意識がはっきりとされるのでしょうか」


 ラウラは大きな欠伸をひとつ。

 それから首をゴキリと鳴らすと、シロを見た。


「おはようシロ。今朝は早いではないか」

「おはようございます、ラウラ様。……全然早くありませんよ、もうすぐ一時を周りますから」

「? 普段、シロがここへ来るのは六時くらいではないか。魔王軍の方で仕事があるとかなんとか言ってなかなか顔も見せないであろう」


 ラウラの言葉に、シロは青筋を笑顔で額に浮かべる。


「……ラウラ様がおっしゃられたんですよね? 今日こそは一時前にちゃんと起こしてくれ、と」

「ううん……? そんなこと我は言ったか?」

「言、い、ま、し、た! だから無理やり仕事を早く切り上げてきたんじゃないですか。私、まだ魔王軍に所属しているのに! 追放されたラウラ様の面倒を見ているって誰にも気づかれてはならないのに! ラウラ様のために頑張って抜け出してきたんですよ!?」

「ど、どうどうシロ。すまなかった、いつも感謝しているとも」

「本当ですか……?」

「ほ、本当だとも」


 涙目になって上目遣いにラウラを見てくるシロ。

 シロは無言で俯いてすっと頭を差し出してきた。

 どうやら撫でろ、ということらしい。


 ラウラは恥ずかしくなって頬を掻くが、仕方なくシロの頭を撫でた。

 なめらかな白銀の髪が指の合間を滑る。


「ふふ、ふへへ……」


 一瞬でふにゃりと顔をほころばせるシロ。

 幸せそうな顔を見て、ラウラの頬も緩む。


 ラウラはシロの頭を撫でながらしかし、と首を捻った。


「我はなぜシロに早く来いなどと言ったのだったか」

「……絶対に教えてあげません」

「?」


 シロの目を覗き込む。彼女の目が泳ぐ。

 泳いだ先は、床に堆く積み上げられた数多のグッズたち。


「─────あっ」


 瞬間、ラウラは思い出す。

 今日の一時から何があるのかを。


「まずい、カエデたんの配信が始まるッ! シロよ、なぜもっと早く起こしてくれなかったのだ!」

「早くからお声掛けしましたよ。──三分ほど早くから」

「それを早いとは言わぬだろう!?」

「あと三十年、二度寝しようとしていたラウラ様に言われたくありません」

「ぐ……っ」


 ラウラは慌てて投影魔術を行使する。

 瞬間、空中に巨大なモニターを模した仮想の画面が表出した。

 本来であれば両手両足に繋がれた鉄鎖が対象の魔術行使をさせない呪いを発しているはずなのだが、ラウラ本人はどこ吹く風である。


「シロ、スパチャの用意を!」

「ご自分でなさってください」

「なっ、なんて無慈悲な! 我はシロをそんな子に育てた覚えはないぞ!」

「私だって自分を育ててくださったラウラ様がこんな堕落しきった方とは記憶しておりません」


 遅れてラウラが出現させたモニターの中に配信画面が投影される。

 映し出されたのは一面の蒼い空と、見渡す限りの都市まちの稜線。


 その画面の中央に立つ、くるくるに巻いた黒髪ロングの年端もいかない美しい少女。

 はっきりとした目鼻立ちに、かわいらしい垂れ目が特徴的な娘だ。

 そんな少女は、セーラー服にアーマープレート、右手で抱えるロングソードというアンバランスな恰好をしていた。


 彼女が地球上に巣食うダンジョンを攻略していく制圧者コントローラーであり、配信者ストリーマーの《カエデ》である。


 カエデは朗らかに笑って、カメラの代わりとなる式神に向かって手を振った。


『おはおは~、カエデだよ! 今日も制圧コントロールがんばってくよ~!!』




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