第4話 大野達磨

「外、寒いね」

 髪に雪を降らして、微かな熱が頬を照らしている。そんな美しい少女の正体――、それは雛坂文だ。がっかりである。僕は彼女を見たことで、人間はやっぱり見た目よりも中身が大切だと思った。

「はぁ。見て、あそこのカップル」

 そんな雛坂が俺にそんなことを言って来た。

「ん? なんだ?」

 雛坂の人差し指の先を見てみると、そこには精一杯のオシャレをしている男女が歩いていた。男の方のポケットに二人の手が入っている。

「良い光景だな」

「そこじゃなくて、カバンよ」

「えっ? あー、ブランドのやつだな。お金持ってるんだなぁ」

「逆よ逆。よく見なさい」

「えっ? なに? もしかして、手作りの偽物だったりするの?」

「いや、それは分からないけれど。とにかく、あれが本物としても、あの人はあんまりお金を持ってないわ」

「? なんでそんなことが分かるんだよ」

「バッグだけがブランドモノだからよ。それ以外は安物。あれだとかえって、貧乏人が背伸びをしたことがまるわかりで恥ずかしいわ」

 一般人に対して酷い物言いだ。うん、やっぱり僕は間違っていなかった。人間は見た目よりも中身だ。

「あー私も、全身をブランドで覆いたいわ」

「残念ながらそんな金はないからな」

 この国の勇者は公務員であり、固定給である。贅沢品を買えるほどのお金はない。と、言っても、

「なにかデカい仕事が入れば、それの特別報酬が入って来るんだけどな」

「単発よりは、小さい仕事がいっぱい入ってくれた方が私は嬉しいけどね」

「そうか? 一発ドカンと入って来る方が良いだろ」

「あなたは財布の中に一万円札が一枚あるのと、千円札十枚あるのどっちが良いのよ」

「どっちって言われても、どっちも一緒だろ」

 どちらも財布の中にあるのが一万円ということで変わりはないはずだ。

「はぁ。あなたには人間の心がないのかしら? たくさんあった方が財布が膨らんで嬉しいじゃない」

「本質的には変わらないだろ」

「あなた、それ以上やめなさい。それ以上、余計なことを口走ると西側諸国も東側諸国もこぞってあなたに宣戦布告することになるわ」

「僕の思想は長年対立してるその二つを団結させるほど異端なのか!?」

「ええ。もう恥を知る必要すらないわ。詫びてから死になさい。詫びながら死になさい。死んでから詫びなさい」

 酷い言われようだった。どれだけ僕に詫びさせたいんだろうか。死んで詫びるだけで十分じゃないか。いや、そもそも死ぬ必要も詫びる必要もないと思うんだけど。

 閑話休題。

「閑話さんが休んだら誰が仕事をするのよ!」

「本筋さんが仕事するんだよ!」

 というわけで。どういうわけかは分からないけれど。まあ、とりあえず僕達は目的の場所に辿り着いたのだ。大野達磨のアパートに。

 そして僕がインターホンを押すと、雛坂は静かになった。余所行きの猫とはこのことだろうと思う。

『はい。どちら様でしょうか?』

「僕だ。八色葵」

『えっと、ごめん。誰だっけ?』

 ――――。???

「勇者の八色葵ですけども」

『――――、ああ! フフッ、冗談だよ! 葵君、久しぶり。今ドアを開けるよ』

 そう言うと、ドアの向こう側から慌てたようなドタドタした音が聞こえてきた。

「なぁ、雛坂。僕、忘れられてたよな?」

「――世の中には知らない方が良い事もあるのよ」

「――――、もう、知ってしまったんだよ」

「晩御飯は温かいものにしましょうか」

「優しくされた方が辛いよ!」

 そうして数分。目の前のドアが開いた。

「久しぶりだね、葵君。外は寒いだろうから、中に入りなよ。っと、お? 雛坂様もいるのかい? どうぞどうぞ」

「ダルマ君にも寒いっていう感覚はあるんだな」

 大野達磨。通称、ダルマ君。年中、リンゴが描かれた半袖と、これまたリンゴが描かれた半ズボンを履いており、極めつけには星型のサングラスをつけている、見た目通り中身まで変人の友人だ。ちなみに言うと、ダルマ君が雛坂に様をつけて呼ぶのは、彼女の毒舌にトラウマがあるわけではなく、単にダルマ君の女子を呼ぶときの主義である。ちなみに、そんな彼の口癖が、

「葵君は地味で変でドリックスなことを言うね。ボクにだって普通の感覚はあるさ」

 である。普通の感覚をした人間が年中ヘンテコな恰好をしているわけがないし、そもそも普通の人は自分の感覚が普通とは主張しない。

「まあ、ありがたく上がらせてもらうよ」

 そう言って僕達がダルマ君の部屋(給料は同じなようで、やっぱり六畳一間だった)に上がると、彼のシンボルたる楽器がおいてあった。

 察しの良い方か、あるいは1960年代から1970年代を生きた方ならお分かりだろうが、彼はバンド好きのバンドマンなのである。ちなみに楽器はキーボード。さらにちなむと、ジミ・ヘンドリックスはロックギタリストの革命児で、リンゴスターは、ビートルズのドラムである。

 どうして彼がキーボードなのか。謎である。これもちなみにの情報になるが、この謎が明かされることはない。世の中、受け入れなければならないこともあるのだ。僕はもう受け入れている。

「さあ、ここに座って」

 そう言われて、こたつに通されて。

「で、葵君はどんな用でここまで来たんだい? 海の向こう側からはるばると日本まで」

「僕はずっと日本にいたぞ!」

「――信用していいのかな?」

「別に信用しなくてもいいけどさ」

「ふーん。自分で自分のことを信用しなくても良いなんて、地味で変でドリックスなことを言うね」

「変なのはさておき地味なことではないし、そもそもドリックスってなんだよ!」

「野暮なことを訊いてくれるね。まずは考えてみることが大事なんじゃないかな?」

「考えても分からないんだよ!」

「ふーん。考えても分からないってことは君には不相応ってことだね。うん、じゃあやっぱり君のような人間がドリックスの意味を知る必要はないよ」

「素直に教えてくれれば良いじゃないか!」

「――、冗談はさておき、そろそろ本題に入ろうか。こんな話をしに来たわけじゃないんだろう? それとも、もしかしてこんな話をしに、ここまではるばるやって来たのかい?」

「違うに決まってるだろ!」

 僕はわざとらしく咳払いをしてから、空気を整えた。

「今度、全国勇者剣術大会があるだろ? それについての募集要項を無くしちゃってさ。教えてくれないか?」

「あんな大事なモノをなくしてしまうなんて、君はやっぱり地味で変でドリックスだね」

 そう言いながら、半袖サングラス野郎ことダルマ君は立ち上がって、部屋中の引き出しを開けだした。どうやら彼も無くしてしまっているのだろうか。

 ここで一つ補足が必要だろう。今時、募集要項なんてネット上にあるんじゃないの? と主張する人間へのアンサーだ。

 勇者等々、魔物ハンターは公表されていない存在なのだ。政治の裏金はおもに僕達に使われている。そんな存在がいることを察せるような記事をネットにあげれるわけがないのだ。秘密のパスワードで入れるようなサイトを作れば良いじゃんかとお思いかもしれないが、今時のハッカーは凄いのだ。

 ダルマ君が引き出しを漁り続けている間にもう一つ解説してしまおう。僕は講習会の映像授業ぐらいでしか魔物を見たことがないと主張している。では、家にいる魔獣、アレックスは魔物ではないのか、という疑問が出るだろう。

 魔獣と魔物は犬と狼ぐらい別物なのだ。

「葵君、ボクも無くしてしまっているみたいだ。でも、要項は全部覚えているから、ほら、なんでも訊いてくれ」

「じゃあ、遠慮なく。賞金って出るのか?」

 僕は現金なやつである。これがあるかないかでやる気が随分と変わって来るのだ。

「賞金なら出るよ。三百万円」

「なるほど」

 毎日腕立て三百回決定の瞬間だ。

「それで、これが一番肝心なことなんだが会場ってどこだ?」

「ああ、東京ドームだね。間違っても地下には行くんじゃないよ? そこは別の会場だから」

「下は大火事、上は洪水だな。それにしても、僕達が東京ドームでって、良いのか?」

「まあ、普段は一般人なんていないからね」

 なるほど。しかし、万が一にでも東京ドームが壊れてしまったらどうなるんだろうか。勇者というのはそれぐらい強いのだ。

「それにしても、雛坂様ってこんなにも静かなキャラだったかな?」

 突然、ダルマ君は雛坂にそう話しかけた。確かに、普段の雛坂を知っていれば、今の状況は異様だ。

「私ね、トリオのお笑いがあんまり好きじゃないの。だって、必ずと言っていいほど、一人はボーっとしてるじゃない。私、どうしてもそっちに目がいってしまうもの。だから、せめて私は存在を消しておこうと思ってね」

 そう思いながら、どうしてわざわざついてきたのだろうか。

 ともかく、雛坂にこんな思いをさせ続けるのはあんまりだから、訊きたいことは全部聞いたし、お暇させていただこう。

「そうだ、ダルマ君。大会って言うと、やっぱりトーナメント戦か?」

「そうだね」

「じゃあ、もし戦うことになったらよろしくな」

 もしもそうなったら、きっと負けるのは僕の方であろう。勇者研修会での成績を見れば明らかなことだ。優勝は難しいかもしれないが、でも、なるべく確率をあげるために頑張ろう。

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