第3話 はじめの〇歩

「ああ! 私処女なのに生まれてしまいそう!」

「ミステリアスでHで、ちょっと宗教的だけども! どういう展開なんだこれは! っていうか二話のあれは伏線だったのか!」

 俺がそう言うと、台所に立っている雛坂に侮蔑の目を向けられた。

「何だよ」

「なんでもかんでも伏線って言うの、私好きじゃないわ」

「知らねえよ! なんでその程度のことでゴミを見るような目を向けられなきゃいけないんだ!」

「あれはきっと伏線回収以外の技術を知らないから、伏線のことしか褒めれないんでしょうね」

「そんな話どうでもいいって! それに、伏線以外にも叙述トリックとか、みんないっぱい知ってるから!」

「まあ、そうね」

 雛坂が納得してくれた様であるので、これにて一件落着――、「いや、最初の発言はなんだよ!」

「別に? ゆで卵を作ってたら、突然これが自分の子供ように思えてきただけよ?」

「なにからなにまでおかしいよ! なんで人間が卵に愛着を持つんだよ」

「あー、言ってなかったけど、私、人間じゃなくて、緑色の――」

「今回はそういう回じゃないから!」

「あら、そうなの?」

「今回は外出回だからな。余所行きの真面目な風格を今の内に作っておかなくちゃ。ちゃんと、勇者と魔法使いらしいところを見せないと」

「ふうん」

 雛坂はつまらないとでも言いたげな、退屈アピールの溜息を零していた。

 ――でも、

「雛坂だって、そろそろ体裁を整えたい頃だろう? 開口一番、変な言葉を口走って。頭の可笑しな女って思われるのは嫌だろう?」

「たとえそうなっても、処女厨からの人気が見込めるから別にいいわ」

「どういう理論だ! それに、雛坂って処女なのか?」

「レディにそんなことを訊かないで。殺すわよ」

「お前が先に言ったんだからな! 僕は謝らないからな!」

 閑話休題。

 と、言うか閑話休題の使い方はこれで合っているのだろうか。本来、本筋から話が逸れてしまった時に使う言葉であって、僕達はまだ閑話しかやっていないのではないだろうか。

「閑話休題」

「って、僕のモノローグを閑話扱いするなッ!」

「口を動かしてる暇があったら、ハイ、これ持って行って」

「ん? ああ」

 そう言って台所に行くと、今日の昼ご飯が渡された。僕達の昼ご飯は、アーリオ・オーリオだ(ちなみにゆで卵は見た目だけ北海道犬の魔獣、アレックスのごはん)。

「アーリオ・オーリオ? なに、分かってる風に言ってるの? 普通にペペロンチーノと言えば良いじゃない」

「――、別にそこは良いだろ! レストランに行っても、アーリオ・オーリオって書いてるじゃんか!」

「はあ、全く。少しはイタリア語を勉強して欲しいものだわ」

「なんだよ。アーリオ・オーリオって変な意味なのか?」

「変な意味と言うか――。アーリオはにんにくで、オーリオは、オリーブオイルって意味なのよ。本来はにんにくとオリーブオイルが入ってたら全部、アーリオ・オーリオなのよ」

「へえ。ペペロンチーノだったら、ちゃんと麺の要素が入った意味になるのか?」

「ペペロンチーノは唐辛子って意味よ」

「麺の要素ないじゃん! じゃあもう、アーリオ・オーリオって言おうがペペロンチーノって言おうが何でも良いじゃん!」

「違うわ。分かっていて嘘を吐くのと、分からずに嘘を吐くのは全くの別物だもの。それに、私は言葉の間違いではなくて、分かってる風に見せようとして、ペペロンチーノのことをわざわざアーリオ・オーリオと言ったあなたの精神性を批判してるのよ」

「そんなに責め立てるられなきゃいけないことか!」

「いつも思うけど、それって犯人が言っていい台詞かしら?」

 ――僕はもう黙った。犯人なんていう、僕が何かの法を犯したみたいな言い方には思うところがあったけれど、言い返すたびにショットガンをお見舞いされる気がしたので、僕はもう黙った。黙って、食事をした。いつもは話しながら食べるから、今日は随分と早くお皿が空になってしまった。

「なんだよ」

 ふと、雛坂の方を見ると、例の呆れた顔をまたしていたのだ。

「なにか文句があるのか?」

「ええ、あるわよ。最近のアニメが食事シーンをしっかり入れてる意図をあなたはちゃんと分かってるの? 生活感を出さない作品は今の世の中じゃ売れないわよ」

「余計なお世話だよ! それと、一話と二話の内容を忘れたのか? こたつにミカン並べて、駄弁ってただけだぞ! もう生活感は十分過ぎるほど出てるよ!」

「確かにそうね。あなたがちゃぶ台をひっくり返したこともあったわね」

「そこだけ切り抜くな! ちゃんとした理由があったんだから!」

「どんな理由があってもダメなものはダメなのよ」

「今はそういうの良いからッ!」

 正真正銘、閑話休題。

 僕達は遂に外を出る。と、言うのも今度出ることになった全国勇者剣術大会について、友人の勇者――大野達磨に訊きたいことがあったのだ。

「あなたって酷いことをするわね」

「今度は何だよ」

「だって、大野君ってあなたより少し強い人でしょ?」

「ああ、そうだな」

 実際のところは少しなんてものじゃない。僕とダルマ君との間には素人が見ても明らかな差があるのだ。僕は斬撃を二メートル飛ばせるのだが、ダルマ君は十二メートルも飛ばせたりするのだ。

「そういう人がね、主人公と事前に会ったりすると、大会ではもっと強い人の噛ませ犬になっちゃうのよ。あなた、自分が結果的に大野君の出番を減らそうとしてることに気付いてる?」

「――大丈夫だよ。ダルマ君は強いんだ」

 かばおうとしたら、フラグになっちゃった。

「それはさておき、主人公だからって優勝出来ると思わないことね」

「ヒロインはどんなときでも主人公を応援してくれるもんじゃないのか?」

「加齢臭がするわね。価値観が古すぎるわよ」

「悪かったな!」

「まあ、そもそも大会の運営が滞りなく進むのかも疑問だわ。何者かの襲来によって、大会がぶち壊されなければ良いのだけど」

「なんでそんな不穏なメタ読みするんだよ!」

 メタ読みをし過ぎて、果たしてこれがフラグとして成り立つのか。僕には分からない。

「でも、もしものことがあった時のために一つ忠告をしておくわ。観光名所からはなるべく離れることね」

「観光名所?」

「フィクションの世界において、観光名所なんて壊されるためだけにあるんだから」

「そんなことねぇよ! 観光名所に謝れ!」

「どうして私が? 謝るべきは、今まで東京タワーをなぎ倒してきた数々の監督達よ」

「変なところに喧嘩を売るんじゃねえ! もう、俺はダルマ君のところに行ってくるからな!」

「アレックスはお留守番かしら?」

 そう言うと、雛坂は日向ぼっこをしながら寝ているアレックス(見た目だけ北海道犬の魔獣)を見た。

「まあ、そうなるな」

 そう言うと、雛坂はアレックスのことを可哀想だと思ったのか、アレックスの近くに行って、頭をなでなでしだした。

 まさか、ここから暴言を吐くとは思わなかった。

「アレックスは可哀想ね。でも、これはあなたが畜生だから悪いのよ。あなたの前世の行いが悪かったから、人間になれずに畜生道を歩むことになったのよ。前世の行いを反省しなさい」

 突然、言葉のナイフを突きつけられたアレックスは茫然自失。いや、単に寝ぼけているだけだろうけど。

 っていうか。

「魔獣は死んでも種類が変わるだけで魔獣に生まれ変わるんだから、アレックスには何の罪もないだろ」

「――。それは知ってるわよ。魔法使いって実質、占い師みたいなところだからね。私の手にかかれば、アレックスの前世が何だったのかも占えるわ」

「へえ。お聞かせ願おうか」

「アレックスの前世はフェニックスよ」

「ほう、かっこいいな」

 って、

「フェニックスって不死鳥だろ! 前世が不死鳥って矛盾してるじゃん。不死鳥死んでるじゃん」

「不死鳥も死ぬ時代なのよ。不景気って嫌ね」

「それは絶対関係ない! っていうか、アレックスにお留守番って言ってるけど雛坂も外に出るのか?」

「? あなたについて行くつもりだったんだけど」

「ふうん。そうなのか? ダルマ君に用があるのは僕だけだし、外は冬で寒いし。だから、家の中で待ってればいいのに」

「私、ヒロインが主人公と別々に行動する展開があまり好きじゃないの」

「――同意する」

 意見が合うのは初めて――かもしれない。

「でも、雛坂のポジションってヒロインって言っていいのか微妙だと思うぞ」

「なッ! 他に女でも作る気なの!」

 まあ、そんなこともあるかもしれないし、ないかもしれない。結婚願望はあるし。

 で、そんなこんながありまして。

 僕達はついに外へ出た。

 世間にとっては小さな一歩だが、半分ニートの僕にとっては偉大な一歩だ。

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