第2話 強引に本題に入るとするッ!

「小説の書き出しに大切な三つの要素って知っているかしら?」

 こたつを挟んで向こう側、魔獣(北海道犬の見た目)のアレックスを撫でながら、雛坂はそんなふざけたことを口走った。

「そんなことよりも、一話の終わり方忘れたの? これから大事な話をしようっていう展開だったじゃん」

「何を馬鹿なことを言っているの? 二話から読む人もいるんだから、そういうのは良いのよ」

 雛坂は心底呆れたわ、みたいな顔をしながら僕の方を見て、「それで? 早く質問に答えてくれる?」と言ってきた。

「なんだっけ? 書き出しで大切な三つの要素?」

「だからそう言ってるじゃない」

「話が一回脱線したから、整理したんだよ」

「そう言うのは良いから早く質問に答えて」

 なんて横暴な女だろうか。

「それで、書き出しで大事なことね」

「もう一回同じやり取りする?」

「まとめるのがクセになってるんだよ! しょうがないだろ!」

「そういうのは頭が良い人がやるべきであって、あなたみたいなバカがやっても逆効果よ。かしこぶらないで。ありのままで生きて」

「僕を憐れんだ目で見るな! そんな風に言わなくたっていいだろ!」

 さて、これ以上暴言を吐かれるのも嫌だからサクッと質問に答えるとしよう。

「やっぱり書き出しで大事なのは、読書に疑問を抱かせることじゃないのか? この先どうなるんだろうって」

「まあ、一つ目はそうね。ミステリアスな要素。これ以上待ってもあなたの馬鹿さでは答えが出ないだろうから、もう三つ行ってしまうとね――」

 サクッと答えようとしたのに暴言を吐かれてしまった。このことにツッコミたい気持ちがあったが、僕は一端堪えることにした。

「――二つ目にHなことで、三つ目が宗教よ。こういうのが書かれている書き出しが評価されるそうよ」

「ふーん。それで、今回の書き出しはどれに当たるんだ?」

「あなた、メタ発言は嫌じゃなかったの?」

「もう諦めたんだよ! 第一話で散々やらされたから!」

「一度諦めることと、諦め続けることは違うと思うけどね」

「そういう名言風なのは今度で良い!」

「そうね。バトルの展開になったら言いましょう」

「自分で自分のハードルを上げたぞ?」

「そんなことはさておき――」

「うわっ! 逃げるなんてずるいぞ!」

「未練たらしい男は嫌われるわよ? まあ、未練を忘れようとすることと、未練を乗り越えることを同義にしてしまっている人よりはマシだけど」

「うるさいッ!」

 本当にうるさかった。と、言うか、

「このままでいいのか?」

「このままで良いっていうのは、この生活水準のことかしら? アパートの六畳一間に若い男女が二人と犬が一匹。食べるものはミカンしかなくて、爪に火を灯すような生活――」

「そこまでは低くなねぇよ!」

 公務員である勇者には、国からペットボトルの支給もあれば冷凍食品の支給もあるのだ。良い生活とは言えないかもしれないが、ともかく爪に火を灯すような生活を送ってはいない。

「っていうか、僕が言いたかったのはこの展開だよ!」

「なにか悪いところでもあった?」

「あのねえ、こんなことは言いたくないんだけど、僕だって一応はアニメ化されたらなぁって思ってるんだよ? それなのに、なにこれ? さっきからミカンを食べて、喋って、まったく絵にならない展開ばかりじゃないか!」

「アニメ化? 何言ってるの? 青年よ、大きな夢は捨てなさい」

「大志を抱かせろ! クラーク博士もびくっりだよ!」

「そう言えば、クラーク博士のこの言葉の続き知ってる?」

「続き?」

 僕が知っているのは、『青年よ、大志を抱け』までで、まさかこの言葉に続きあるとは微塵も思っていなかった。

「知らないようだから。教えてあげるわ。っていうことで、ハイ」

 そう言って、雛坂は僕に耳綿棒を渡してきた。

「なにこれ?」

「耳の穴かっぽじって聞きなさい!」

「うるせえ! 早く教えろ!」

 僕は耳綿棒をぶん投げた。かつてこれほどまでの勢いで耳綿棒を投げた男がいただろうか。

「じゃあ、教えてあげるから」

 そう言うと、雛坂は大きく息を吸って、それから低いダンディーな声で「Boys,be ambitious like this old man」と綺麗な英語の発音を見せつけて来た。

「どうかしら? 似てた?」

「知らねえよ! そもそも、僕は英語が分からないんだ。日本語で教えてくれ」

「英語が分からない? 全く、無知は罪よ? いや、違うかしら。無知であることを自覚しながら、その状態を甘んじて受け入れてしまうのは罪よ。精神的向上心のないものはクズでノロマでアホで虫けらってことね」

「全然違うからな!」

 正しくは、『精神的向上心のないものは馬鹿だ』である。夏目漱石の『こころ』に出てくるフレーズだ。

「しょうがないから教えてあげるわ。クラーク博士の名言を」

「ああ」

「青年よ、大志を抱け。この老人のように」

「ん? この老人のようにって誰のことだ?」

「クラーク博士のことよ」

「これってクラーク博士の言葉だよな」

「ええ」

「――ナルシストじゃん。自分で、俺の様に生きろって言ったわけでしょ? なんか、痛いなぁ」

「だから消されたんでしょうね。私が掘り起こしてあげたけど」

「やめてやれよ――、って、ちがーう! 僕はこういう展開に文句を言ったんだよ! ストーリーが停滞してるじゃないか!」

「ギャグが渋滞してるからかしら?」

「上手いこと言ったつもりかもしれないけれど、ギャグすらなかったよ! なんか可笑しな方に脱線してたよ!」

「しょうがないわね。私が絵になる様なことをしてあげるわよ」

 そう言って雛坂は立ち上がった。クララばりの感動がそこにはあった。ついに彼女が動いたのだ。

「一回しかやらないからね? ちゃんと、耳の穴かっぽじなさい」

 僕はさっき怖い思いをさせてしまった耳綿棒を拾って、彼女を見守った。

「万物を流転する炎よ、蝋で踊る炎よ、その命を謳歌せよ! 我が根源の情熱を、その薪へと変えて、今自由を開放する!『ネイルファイア!』」

 雛坂が一本の指を天へと突き立てると同時に室内に風が吹き荒れ、カーテンが狂ったように踊りだし、その大地の鼓動にアレックスは恐れ慄きながら僕の横へとやってきた。――、しかし、詠唱が終わると同時に僕の興奮は一気に冷めてしまった。

 目の前の光景はなんとも地味だった。

 雛坂が天井に向けた人差し指の爪に火が灯っているだけだったのだ。

「そもそも『ネイルファイア』ってなんだ! 爪ファイアじゃねえか! ヨガファイアみたいに言ってんじゃねえ!」

「うるさいわね。魔法が使えない勇者の分際で、魔法使い様に何を言っているのかしら?」

「ここで、この世界の職業についての説明は良いんだよ! 今度、ちゃんとやるから! 僕が言いたのは、もっと絵になるような派手な魔法を使えってことだよ!」

「そんなことしたら、このアパートは全焼よ? 不労所得生活が、あわや借金返済生活になってしまうわ。来週のサ〇エさんが鉄骨渡りみたいなもんよ。サ〇エさんの視聴者に賭博黙示録カ〇ジのような展開を求めている人はいるのかしら?」

「正式名称じゃなくて、カ〇ジで十分わかるよ! それと、サ〇エさんは不労所得の話じゃないから!」

「えっ? いつも家に居るのに?」

「仕事に行ってる回もあるから!」

 と、言っても何の仕事をしているのかは不明であるが――

「って、そんな話はどうでも良くて! そもそも僕達だって不労所得の話じゃなくて、ファンタジーだから!」

「えっ? いつも家に居るのに?」

「いずれ出るから! 仕事に行く回ちゃんとある――はずだから! いつまでもふざけてばかりはいられないからな!」

「それなら、今の内に見つけ出しましょうか」

「何をだよ!」

「ひとつなぎの大秘宝!」

「なんで勇者から海賊にジョブチェンジしなきゃいけないんだよ! そういうのは一回ボスを倒してからだろ! って、それも違うけど!」

 ――、僕達は一体何の話をしているんだろうか。これで良いのだろうか。いや、よくないはずなんけど、でもかといって仕事もないし――。

「ああ、それと。ワ〇ピースでボケてくれるのは別に良いんだけど、――いや、本当は良くないんでけど――最近のところはあんまり分かんないから、せめて前半とかのところで分かりやすくボケてくれよ」

「何よ、その注文は」

「いや、一応と思って」

「まあ、でも確かにそうよね。人気な漫画程、途中でギブアップしている人も多いから。分かったわ」

「ああ。話も整ったことだし、そろそろ本題に入ろうと思う」

「えっ? でもそろそろ良い文字数よ?」

「おんなじ引き延ばしはしないよ! このまま強引に話を進めるからな! 実は今度、全国勇者剣術大会があるんだ。だから、遂に僕達のバトルが始まることになる」

 俺がそう言い切ると、雛坂は「ちょっと待って」と言いながら、目を大きくした。

「それって魔法使いの私の出番なくない? しかも、どうせ可愛い女勇者が出てくるんでしょう? ああ、もう終わりだわ。私みたいなガサツな女はきっと捨てられるんだわ」

「おいおい、急に病みだすのやめろ! 確かに雛坂の出番はないけど、でも遂にバトルだぞ」

「――私もその大会出たかったわ。『萬國驚天掌』を放とうと思ったのに」

「なんでここでド〇ゴンボールの亀仙人の技が出てくるんだよ!」

「えっ? 亀仙人じゃなくてジャッキー・チュンの技じゃないの?」

「それは良いんだよ! 亀〇人がジャッキー・チュンだなんて、江戸川〇〇〇と工藤〇一みたいなもんなんだから! あと、そのネタ多分通じないと思うぞ!」

「なんでよ。ベ〇ータが出てくるよりもずっと昔の話なのに?」

「ド〇ゴンボールはワ〇ピースと違って、前半の話ほど知られてないんだよ!」

 ――知られていないなんてことはないが。

「とにかく、ド〇ゴンボールの話を出すならフ〇ーザ編以降だ!」

「ふうん。まあ、良いけど。そんなことよりも、私が言ったのはフジテレビ系列で六十年代から七十年代に放送された『万国びっくりショー』の方なんだけどね。おたく君は、勝手に違う方を連想しちゃったみたいだけど」

「いや、それは小説では通じないからな! ちゃんと文字見えてるんだから!」

「ああ、うるさい。そんなことよりもちゃんと練習しなさいよ?」

「普段はちゃんと剣の素振りしてるよ!」

「素振り? そうじゃなくて、発声練習よ?」

「発声練習?」

「うん。いつでも言えるようにしとかなきゃ。優勝したもんねーーーーつ!!!って」

「だからそのネタ多分通じない人がほとんどだって!」

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