【休載中】アパート暮らしの勇者さん
三文
第1話 異世界に行かなくたって、日本にも勇者はいるんです!!
ここにどうしようもない事実がある。それは僕が勇者であるということだ。一応、僕が勇者になった経緯を紹介しよう。
まず、恥ずかしい話からしなければならないのだが、僕は大学受験に失敗した。そして、バイトをしながらあれよあれよと浪人生活を始めたのだが、僕は脱走した。勉強が嫌になってしまったのだ。
そして、もう大学には行かないと決めたは良いものの(良くはないんだけど)、僕には食べていく手段がなかった。高卒、浪人中退、さて誰が僕を雇うというのだろうか。
僕は絶望した。いや、全部自分が悪いんだけどね。そんなある日に、良いポスターを決めたのだ。もちろん、勇者ではない。だって、街中で勇者勧誘のポスターなんて誰も見たことがないでしょう?
僕が見つけたのは、学歴不問で入れる有名な職業。そう、自衛隊である。
そんなわけで筋肉トレーニングを始めて、自衛隊の説明に赴いたのである。ちなみに、僕の今までの話は一度も脱線をしていない。ちゃんと勇者になった経緯を話しているから安心して欲しい。
自衛隊の説明会に行った時、僕はスーツ姿の大人の声を掛けられたのだ。「君、暇?」って。正直、怖かった。ああ、拉致でもされるんだろうか、と思った。杞憂ではなかった。僕がおどおどしながら、「はい」と答えると怖い大人達に囲まれて、黒いハイエースワゴンにドゴン! つまり、拉致されたのだ。
死んだ、と思った。それは杞憂に終わってくれた。
そこからは早かった。黒スーツの目つきが鋭いお姉さんに、「君は魔力があります。だから、勇者になってください。今日も魔物に苦しんでいる人達がいるんです」と言われ、僕は勇者になった。これが、簡単な経緯である。もっと語りたいことはあるけれど、それはまた時間がある時にしよう。
僕は勇者である。それはどうしようもない事実なんだ。
そして、あと二つも受けいれなければならない事実がある。それは、僕が雛坂文という同い歳の魔法使いと六畳一間のワンルームで暮らしているということ。ちなみに、アレックスという名前の魔獣(見た目は白い北海道犬)も飼っている(ちなみにアレックスは、お願いをすればカーテンも開けてくれるし、電気も点けてくれる。まるでアレクs――)。
さて、この辺りも本当はもっと紹介しなければならないんだけど、受け入れなければならない二つの事実パート2を先に済ましてしまおう。それは、僕達に仕事が全く入ってこないということだ。由々しき事態である。お給料的に由々しき事態なのである。
と、先に僕達の給料形態について説明しよう。勇者や魔法使い等々、つまるところ魔物ハンターというのは公務員である。ある程度の給料は国から出ていることになる。国のどこからなのか。裏金である。どういうわけか魔物ハンターの存在は公に出来ないないそうで。まあ、僕達には関係のない話だろう。
話を戻そう。僕達は公務員で、国からお金が出る。そして仕事がない。つまり不労所得。良いじゃんか! と、最初は思った。さて、僕達はどこに住んでいるだろうか? 六畳一間のアパートである。そう、魔物ハンターのお給料は結構渋い。家賃がキツイから友達の雛坂と二人暮らしをするほどに。(ちなみにアレックスは国からの支給品のため、必要な費用は国から援助されている。)
魔物ハンターはブラックなのだ。ちなみに、魔物を狩ると特別報酬金が国から別途支払われるようなのだが、僕は魔物を、魔物ハンター講習会の映像授業でしか見たことがない。あってないようなものである。
説明はここまでにしよう。
僕は、こたつに入りながら、ミカンの皮を剥いている雛坂に声を掛けた。
「ミカン一つ貰ってもいい?」
「無理」
こういうわけだから、雛坂の人物紹介は必要ないだろう。強いて言うなら、ケチ。以上。少し付け加えるなら可愛いから今まで許されてきただけのケチで髪型はセミロングである。
「自分で剥けば良いじゃない」
雛坂はそう言うが、こたつから手を出したくないのだ。だから、雛坂が剥いたミカンを一つ貰いたい。
「別に一個ぐらい良いじゃんか? こんなにあるんだし」
こたつの上には剥かれたままで放置されたミカンが三つある。
雛坂は嫌いなものから食べるタイプで、嫌なことから先にするタイプ。そして、ミカンは食べる分だけ先に剥いてから食べるタイプだった。
「ダメなもんはダメよ。私の手が寒い思いをしながら、剥いたミカンだから。それに、あなたみたいな何もしていない人間が私と同じ成果を味わうなんて嫌だわ」
「分かったよ。剥きます剥きます。剥けば良いんでしょ?」
そう言いながら、僕は雛坂の剥いたミカンを一房奪って、こたつにもぐりこんだ。
「してやったり!」
「あっ、こら! アレックス、そこのクソガキからミカンを取り返しなさい!」
「なッ! アレックスを使うのはずるいぞ!」
アレックスが可愛いのはその見た目だけで、実際は恐ろしい魔獣なのだ。アレックスは雛坂の命令を聞くや否や、こたつに潜って僕の顔をペロペロしてきた。これでは、ミカンなんて食べれやしない。
「分かった、分かった! 返すから! だからアレックス辞めて!」
そうして、僕が奪ったミカンを雛坂に渡すと、アレックスはまた雛坂のもとへと帰っていった。
「まったく、恐ろしい魔獣だ」
「恐ろしいのはあなたの方よ。人のモノを奪っておいて、謝罪の言葉の一つもないのかしら」
「あーもう、悪かったって。今度こそ自分で剥くから」
そう言って、僕は下界に手を出して皮に包まれたミカンを手に取った。農家はミカンをもっと皮が剥きやすいように進化させるべきだと思う。おかげで、手が寒くて痛い。
「私はね、不労所得って言葉が一番嫌いなのよ」
「僕達がそれを言ったらダメでしょ。働いてないのに、給料を貰ってるんだから」
「それはあなたのせいよ。男なんだから外に稼ぎに行けばいいのに」
「あっ! それ今ダメなんだぞ! ジェンダー問題なんだから!」
「私は良いのよ。ここは治外法権なんだから。だって、ここは小説――」
「ちょっと待ってくれ! 僕はそういうメタ発言が嫌いなんだ」
「メタ発言っていう発言がもうメタ発言ね」
「じゃあ僕はなんて言えば良かったんだ」
「――――」
「沈黙? それが正しい答えなのか?」
「著作権ギリギリのツッコミね」
「そのツッコミのせいでアウトになっちゃったよ」
――もともとは、『沈黙! それが正しい答えなんだ』である。ハンターハンターの第三話、『究極の選択』より。
「そこまで解説しなくても良いんじゃない?」
「おい、僕の心を読むなよ」
「だって魔法使いなんだもん」
「心を読むなんて魔法、この世界にはないんだよ! 紛らわしいからやめてくれ! 誤解されちゃうじゃないか」
「まあまあ。心が手に取るように分かるぐらい、私達は仲が良いと言うことで」
「こえーよ」
それで。一回、息を整えて。冗談はここまでにして。
「仕事がないって暇だな」
「そうね。暇過ぎてあなたと喋ってしまうんだもの」
「なにそれ。僕と喋ることが悪いことみたいじゃないか。もしかして、僕って嫌われてる?」
「――――」
「ここで沈黙をするな!」
「もう。あなたが回りくどい話の始め方をするからよ。本題から入ればいいのに。何が、仕事がないって暇だな、よ」
確かに。それはそうだ。告白をする前に、お前って好きな人いる? って訊くぐらい面倒臭いジャブだった。いや、この例えはちょっと違うか。
「ええ、違うわね」
「だから、僕の心を読むなって!」
「今日は良い天気ですね? って訊くぐらい回りくどくて面倒臭いことよ」
「僕の話を聞け! それと、その例えの方が違うぞ! 天気デッキは話すことがなくて気まずいときに言う言葉だ! 今は、話したいことがあるのにもどかしくて遠回りしちゃうっていう例を出すべきなんだ!」
「はぁ」
「疲れてんじゃねえ!」
「疲れたんじゃなくて、呆れたのよ」
「呆れた?」
「ええ。長々とツッコんじゃって。ツッコミって言うのは端的にしなきゃダメなのよ」
返す言葉がなかった。これからは、もっとお笑い番組を見るとしよう。時間は無限にあるし。
「無限?」
「めんどくさい理系のツッコミは良いんだよ! それと、人の心を読むな! 何回言ったら分かるんだよ」
「無限回かな」
「――――」
「? ツッコまないの?」
「僕は文系だから、ツッコミ方が分からないんだよ」
僕には理系の人達がどうしてこんなにも無限に突っ掛るのか意味が分からない。
「あらあら。これだから文系は」
「うるせえ」
「文系なんてせいぜい武家諸法度って叫んでるだけでしょ?」
「いーや、それには反論したいね。文系が好きなワードって言ったら武家諸法度みたいでしょ? ってノリあるけど、真の文系が好きなワードは張作霖爆殺事件なんだよ」
「別にどうだって良いわよ。それに、それは日本史選択者だけじゃない。世界史選択の人の気持ちも考えなさいよ」
確かにそうだった。別にどうでも良い事だったし、文系と言いながら日本史選択者だけの話をしてしまっていた。反省。
「閑話休題」
「それって普通は地の文でやるやつだから」
「はい、メタ発言ね。八色OUT! アレックス、しっぽを振ってあの子の尻を叩きなさい!」
「それ、笑った時にやるやつだから! あと、僕の名前の初出ここかよ!」
「良かったじゃない。メタ発言とネタ発言に囲まれて。この小説らしいわ」
「何、ニヤニヤしてんだよ! 全然上手くないからな! 韻を踏んだというよりもそれはダジャレだからな! それとメタ発言やめろ! って、痛っ!」
アレックスの尻尾が僕の臀部を打った。某大谷も顔負けのスイングで、僕の体は宙に浮いてしまった。アレックスの見た目は北海道犬だけど、実際は魔獣なのだ。舐めてはいけない。
「尻を打たれて、桶屋は儲かったかしら?」
「尻を打たれてことで頭が冷えて、冷えたからお風呂に入ろうと思ったら桶がないッ! なんてそんな展開ないから! ってから、今は冬だから! 何もなくても桶屋は儲かるから!」
「はあ。また、長々とツッコんじゃって」
「これは桶屋が悪い!」
「もういいわ。それで、少しは冷静になれたかしら」
「もうなったよ!」
「そんなに興奮しないでください」
「ツッコミにくいから政治家の発言は引用しないで!」
「うん。良かった。冷静ね。宗教と野球と政治はダメっていう分別がちゃんとついてるみたい」
うん。もうそろそろちゃんとしよう。
閑話休題。
「でももう、終わってもいい文字数じゃないかしら?」
「文字数とか言うんじゃねえ!」
「だって、3000字から5000字が一番伸びるって言うし」
「そういう情報を出すんじゃないよ! それに、大切な第一話なんだぞ! 二話へのフックが何もないじゃないか! 事件を起こさないと!」
「別に良いじゃない。自分の好きなことをして生きていこうよ」
「なにちょっと良い風に言ってるんだよ! 限度ってものがるだろ!」
僕はそう言いながら、こたつという名のちゃぶ台をひっくり返した。
「随分と古典的なオチね」
「うるさい!」
「あと、安心してね。ミカンは描写がなかっただけで、とっくの昔に美味しく頂いたから」
「しっかし配慮してますみたいな感じ出すな! だいだい、お前のせいでこんな展開になったんだぞ!」
「もとはと言えば、あなたが私のミカンを食べたからよ! それに、全然本題に入らないし。何が閑話休題よ」
「前半は僕が悪かったことだけど、後半に関しては完全に冤罪だ! お前のせいで閑話休題出来なかったんだからな!」
「分かった分かった。とりあえず、アレックスに舐められたその顔を洗ってきなさい。話はそれからよ」
そう言われて、初めて僕の顔がベタベタになっていることに気付いた。話はそれからよっていう、ベタなオチ。
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