第15話 交流戦 ②
攻守が切り替わった5回裏。
3番手の打席で春野の番が回ってきた。
ネクストバッターズサークルにはウェッショーが待機している。
直前の打者がフォアボールを選び、ワンアウト1塁の状況だ。
「いけいけー」という周りからの声援で受け打席に入り、キャッチャーと球審へ会釈をした。
初球、ピッチャーの放つ雰囲気から何となく真っすぐが来ると思った。
ゾーンに入ってきたら叩けるように、タイミングを見極めようと構えを取る。
彼の左手から放たれたボールを目で追い、その軌道に合わせバットを出す。
「いった」
春野はバットを地面に落とし、しびれる両手を振った。
自分の中でここだと思ったタイミングで始動できたつもりであったが、実際には振り遅れていた。
おもいきり詰まらされ、その衝撃に両手が悲鳴を上げている。
インパクトの直前、身体の近くまで迫ったボールからは風を切る音。
150キロは出ていると思う。今までで打ってきた中で1番重く感じた球だった。
後ろを振り返り、自分の代わりに打球を取りに行くウェッショーの姿を眺める。
打球を前にすら飛ばせなかった。
それにしても、バットに当てたという事実だけで称賛を得られるとは。
自分がスイングをした後、周りの空気がざわつき、それに気づいたピッチャーが薄ら笑いを浮かべている。
今、目にしたボールの軌道と速度感からイメージを修正して、再び構えを取った。
2球目のボール球を見逃し、次の3球目、初めて遅い球であるチェンジアップが投じられた。
下半身で踏ん張りをきかせ、我慢をしようとしても遅く、バットを止めようとしても遅かった。
ピッチトンネル通過後、ストレートの軌道から落ちながら大きく外に外れた球を追いかけてしまい、3球で追い込まれた。
彼の投じる球はすべて質が高く、ウェッショーのどうせ打てないと言った発言に納得せざる負えない。
速球の陰にうまく同調させ、バッターの目を欺くチェンジアップ。
速球を意識しすぎたのもあるが、いつもなら見送れる球だ。
初球のストレートと思って振りに行くと完全にタイミングを外され、自分の理想とするスイングをさせてもらえない。
「つられたよ」
「本気でリードしてるからね。真剣勝負がしたいんでしょ」
笑顔を見せる気前のよさそうな黒人のキャッチャーが、ピッチャーへ返球した。
対戦前、自分の事情についてバッテリー間で共有してくれていたらしい。
いったん打席を外し、バットの先端をヘルメットのつばにコンコンと叩きつけながら、次に投じられる球について考えを巡らせた。
まだ球種は2つしか見ていない。中に食い込んでくるスライダーも持っているだろうし、カーブも考えられる。
ピッチャーが有利のカウントで打つには、相手の決め球を狙うか失投を待つしかない。
まあ、決め球がなにかも把握できていないのだが。
深呼吸をして再び打席に入り、構えをとる。
ピッチャーが球をリリースする瞬間、後ろにいるキャッチャーの立ち上がる気配を感じた。
決め球を考察している時に浮かんだ、ひとつの可能性が確信に変わる。
腰を素早く回転させ、真ん中のゾーンより高めに来た速球を、その軌道に合わせたスイングで引っ張った。
回転による遠心力と、インパクトの瞬間、手をしっかり押し込むようなスイングで今度は前に飛ばすことができた。
打球はショートの頭を超え、レフトの前に落ちる。
1塁側の芝生で胡坐をかいているチームメイトからの声援を受けながら、ベースを駆け抜けた。
「今のどうやって打ったの?」
ピッチャーの声掛けにあえて何も言わず笑顔だけ返して、バッティンググローブを外し投げ捨てる。
キャッチャーから球を受け取るときに、「ワォ」と驚きの声を上げ称賛してくれているのを口元の動きから読み取ったが、あまりうれしくはなかった。
今のは相手の球種とコースを読めて無理やり打ちに行っただけで、3球勝負のうち最後の1球をたまたま勝てただけだ。
ピッチャーとの圧倒的な実力差を認めざる負えない。
もし同じようにアウトローの速球や変化球の釣り球を投げられていたら、簡単に打ちとられていたであろう。
春野は下唇を噛んだ。
ウェッショーがバッターボックスに入ってきたのを見てリードを取る。
こんな近くからウェッショーのバッティングを見るのは初めてだ。
構えから明らかに打ってくれそうな彼の姿に心が躍り、先ほど突きつけられた開いていくであろう男との力量さを想像して受けた悲しみも自然と薄れて行った。
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