第14話 交流戦 ①
車でゲートを通り、道を真っすぐ進むとすぐに大きな天然芝のグラウンドが現れた。
そこでは、すでに試合が行われており、多くの掛け声や笑い声で大いににぎわっている。
近くの駐車場に車を停めた二人は、途中参加という形で合流するため、グラウンドの端でアップを始めた。
どうやら基地の内部に存在する大学は、一般的なイメージとは異なるらしい。
基地内に住んでいる若い在日アメリカ人が少ないので、基地内留学希望の日本人を受け入れたり、退役軍人が復学のため通っていたりと学生は多種多様であるとか。
「結局のところ、大学生は何人いるの?」
天然芝のグラウンドでウェッショーとキャッチボールをする春野が尋ねる。
「半分もいないと思うぞ」
そういってウェッショーが投げ返してくるボールは無駄に速い。
今現在、試合を行っている選手の半分以上は、大学に在籍していないアメリカ軍の若い兵士たちだそうだ。
対戦している両チームとも野球部というより、どちらかというと草野球チームのような感じだろうか。
しかし、実際に試合を行っている選手を見ると、彼らの身体つきは異常に思えた。
長年続けたトレーニングのたまものといえる、筋肉で膨れ上がった屈強な男たちが走り回っている光景は凄まじい迫力で圧倒される。
まるでストリートファイターの世界に迷い込んでしまったかのような感覚を覚えた。
「でもピッチャーの人は、大学卒業して2年目の若い人だな。大学時代はアメリカ大学リーグの一番レベル高い場所で戦ってた人で、日本の高校生とは比べ物にならないから安心していいよ。どうせ打てない」
「やってみないとわかんないでしょ」
春野も負けじと速球を投げ返し、横目で試合をうかがった。
自分はどこまで通用するのだろうか。
体格だけで鑑みても明らかに場違いであるのに、加えて自分は女だ。そして一番若い。
圧倒的な力でねじ伏せられるかもしれないと想像し、内側から何とも言えない興奮が湧き上がってくる。
しばらくキャッチボールを続けていると、試合が5回に突入するタイミングで30代前半ぐらいの白人2人組が声をかけてきた。
「春野です」と英語で挨拶をし、ウェッショーが「交代してくれるのか?」と質問すると2人は笑顔を見せ「おじさんは疲れたから若いのに託す」と言って場所を譲ってくれた。
女である自分が混ざって試合をすることに、2人は驚いた様子を見せなかったので意外だった。
もしかすると、過去の参加者にも野球かソフトボールをしている女学生がいたのかもしれない。
試合中の雰囲気も和気あいあいとしていて、エンジョイ目的で集まっているように思える。
ウェッショーがグラウンドに足を踏み入れたので、自分もグラウンドに挨拶の意味を込めたお辞儀をして中に入る。
初回は守りから始まった。
ショートとセンターを守っていたふたりと交代で入ったのだが、自分がファーストしか守れないので、もともとファーストを守っていた人がセンターについてくれた。
ウェショーはそのままショートに入ることになった。
彼のポジションはセンターであるはずだが、どうやらある程度ならどこでも守れてしまうらしい。
スコアボードがなく何対何の状況かもわからないまま、とりあえず守備位置についた。
横目でウェッショーを見つめる。
大柄な選手の中でもウェッショーは頭ひとつ抜けて大きい。
こんなのがショートに居たらバッターにとってすごいプレッシャーになるだろうな。
半ばぼーっとしていると、先頭バッターが初球をひっかけてショートにぼてぼての打球が転がった。
まずいと我に返った春野は急いでベースに戻り、捕球の構えをとる。
片足でベースを踏んでいることを確認し顔を上げた瞬間、打球をさばいたウェッショーが一瞬の溜めを作った後、130キロ程の突き刺すような送球をしてきた。
グラブを構えたドンピシャの位置へ正確にコントロールされていたこともあって、春野が簡単に捕球すると他の選手が感嘆の声を上げた。
「F**K YOU」とウェッショーへ向かって叫ぶ。
どう考えても嫌がらせのような送球だ。そこまで速く投げる必要はどこにもない。
「Good Catch」
にやけ顔を浮かべ言うウェッショーに、周りで笑いが巻き起こっている。
「ジープのタイヤに穴開けんぞマジで」
ボールをピッチャーへ返球し、ウェッショーの行動にあきれながら試合進行を促した。
続いて先ほどウェッショーから説明を受けた相手チームの凄腕ピッチャーが打席に入り、センター前ヒットで出塁する。
「ウェッショーの彼女?」
「断じて違う」
塁上で話しかけられ、つたない英語できっぱりと否定した。
男と2人きりだからと言って、恋仲にいると思われるのは不愉快だ。
思いついて話題を変えることにする。
「今の実力でどんだけ通用するか知りたいから、うちが打席に立つとき本気で勝負してくれない?」
「君がそう言うならいいよ」とバッティンググローブを外しながら彼は答えた。
どこか相手を舐めるようなしゃべり方が癇に障ったが、構わず続ける。
「遠慮して内角に投げないとかは無しね」
「デットボールちゃんと避けてくれるなら。女の子をケガさせたってなると示しがつかないからね」
「大丈夫。ちゃんと避けれるよ」
だからお願いねと自信をもって返すと、彼は目線を合わし「分かった」と言って、ピッチャーが投球モーションに入った瞬間、2塁ベースへ駆け抜けていった。
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