第13話 まずは一歩

 30分間付き合えと言われ、トレーニングの補助役に回り、一緒にプロテインを飲んだ。


 野球するつもりはなかったから道具を持ってきていないと伝えても、ウェッショーが「黙ってついてこい」というのでそれに従った。


 北側A棟の正面玄関から出て農場に囲まれた田舎道を歩かされている。


 一歩踏み出すたびにバッタが飛び、耳元では蚊の羽音が鬱陶しく鳴り響いている。


 向かうべき自宅とは正反対の方向だ。


「なぁ、まじでどこまで行くの?」


 我慢しかねて春野の口から愚痴が漏れた。


 前を歩くウェッショーが立ち止まる。


「着いた」


「いや、着いたってどこに。なんもないけど。ここどこ?」


 厭味ったらしく言い返すと、ピッという音が藪の中から聞こえてきた。


 こちらへ振り向いたウェッショーは顎をしゃくり藪の中を指示している。


 死角になって見えなかったのだが、ウェッショーの隣まで行くと、雑草の中に黒のジープがその身をひそめていた。


「乗れ」


「お前の言い方的に、誰にも言うなってなんか犯罪でもしてんのかなみたいに思ったけど、想像の斜め上きたね。なに、車で通学してんの?」


「ああ」


 ――さも普通のことですよみたいに言うな。

 

「ああじゃねーよ。捕まったらどうすんの?」


「捕まらん。いいから乗れ」


「知らんぞお前」


 意を決して助手席に乗り込み、ウェッショーがエンジンをかけた。


「免許持ってるんだよね?」


「持ってるけど、18になるまで日本の公道は走れないな」


「じゃあダメじゃん。捕まったら終わり?」


「捕まらん。俺の車Yナンバーだから、日本の警察にとめられることはないし、違反切られても揉み消されるから事故起こさない限りいける」


「はぁ? 何それ、ずっる」


「いいだろ別に。そのずるもお前のためにしてやってるんだから」


 シートベルトを締め、車を発進させる。


 ウェッショーのスマートフォンとBluetooth接続されたスピーカーからNipsey HussleのAin't Hard Enoughが流れ始めた。


 道具を取りに自宅へ道案内しながら進む。


「大会観にいったよ。途中で帰ったけど」


「俺ホームラン2本打ったんだけどな」


 ウェッショーは何の感慨もなく言う。


「緊張と不安で皆動きが固かったし」


「まあ、3年なんて最後だし、しょうがないんじゃね。俺には気持ち理解できんけど」

 

 しばらくして自宅に着いた春野は、着替えをして、グローブやヘルメットなどの道具を準備した。


 怪我が治ってからスポーツ用品店で金属バットを新調したのだが、どうやら今年からバットの規格変更があるそうで無駄な出費をしてしまったらしい。


 高野連が指定していた金属バットが使えなくなり、代わりに低反発バットを使用しなければならないとか。


 店員にこのバットは男子用ですよと言われはしたが、自分が女であるがために試合で使えなくなりますよとは言われなかった。


 まあ、知らなかった自分が悪い。


 バットはウェッショーが貸してくれるそうだ。


 そのあとは、目的地をあえて聞かず、どこへ連れていかれるのかなと車に揺られ、30分ほどで到着した。


 ウェッショーの流す音楽が自分の趣味と一致していたので話が盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。


「ここ」とウェッショーが指示したのは意外な場所で、昔ながらの沖縄の民家に使われているような赤瓦を基調とした重厚な門がそこにはあった。


 手前の石銘板には『米海軍厚木航空施設 海上自衛隊 厚木航空基地』と刻まれている。


「えっ、ちょ、うち入れるの?」


「俺が頼めば行けると思うけど」と飄々としているウェッショーを見ると、かえって不安になってくる。


「うち隠れた方がいい?」


「いいよ別に」と言って、ウェッショーは2つある検問箇所のうち右側の方へと車を滑り込ませた。


 ウェッショーが運転席の窓を下すと、40代ぐらいの陽気な白人男性がじゃべりかけてくる。


「Yo, Wessho, What's up(おー、ウェッショーじゃん)」


「Yo,Yo」と適当な挨拶を返すウェッショーの横で、春野も「Hi」と返事をした。


 ウェッショーは普段ひとりで出入りしているだろうから、予想外の連れに興味がわいたのだろう。


 彼女なのか?、とウェッショーが問い詰められている。


 こいつも連れて行きたい、とウェッショーがお願いすると、本当は身分証を提示しないといけないけど後ろ詰まっているしいいやと言って、簡単に入場許可をくれた。


 何をしに来たのかと問われたので、春野は「I'm just gonna play some baseball,(野球するだけだよ)」と簡単に返し、ゲートを通過する。


「え、こんな簡単に通れるの?」


「無関係の日本人だけで入るときはきびしいぞ。でも米軍関係者に同行する場合は結構ゆるいな。まあ人に拠るけど」


「へー、そうだったんだ」と春野は意外に思った。


 絶対に関係者以外は通さないぞと主張しているかのようなつくりをしているのに。


「それで、ここでなにすんの?」


 精神的な山場を越え、一息ついた春野は本来の目的を思い出した。


「あれ、俺伝えなかった? 大学生と混ざって試合。お前も参加するって向こうに伝えてるから」


 ウェッショーのひとことを聞いて、自分の脳から大量のアドレナリンが出ている感じがした。


 緊張と興奮が入り混じったような感覚だ。

 

 やっと戦える。それに屈強なアメリカ人大学生と。


 今日は初めて経験することが多いし、今まで生きてきたなかで1番いい日になるかもしれない。

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