第9話 周りからの見え方 ④
「まず、現時点でっていうより、男と女が混ざって争う大人数のチームスポーツが無いから、高野連が言う女子生徒の選手登録は認めないって文言は理にかなってるのは分かるよな?」
目と閉じ、言葉を選ぶようにしてウェッショーは語り始めた。
「うん」と神座が答える。
「一応説明しとくと、身体的な性差っていうのがそこには確実にあって、何名の女枠みたいに制限付きじゃないと、そもそも女が出場できなくなるっていう理屈な」
「大学の黒人枠みたいな感じ?」
「お前、なかなか痛いとこついてくるな。まあ、その通り。俺の個人的な意見だけど、何名かの女枠とか、他に特殊な条件で女を出場できるルールを作ること自体が性差別的だから、なかなか踏み込めないんだろ。それをやったとして、だれが面白がって観るのって話だからな」
性差の話題で自尊心を傷つけられた気がして、皮肉を込めた言葉が自然と口から出てきた春野であったが、ウェッショーはそれを軽く流した。
「身体能力的にどうせ男からスタメン奪って出場できないんだったら、別に女も選手登録できるってルールにしても問題なくない?」
「それだと今増えてきている女子硬式野球のチームも出場できてしまうだろ」
神座が反論を試みたが、ウェッショーは織り込み済みで即座にその論を否定した。
「そっか」
「物事はそんな単純じゃないからな。例えば、同性婚を認めるにしても扶養とか税金の問題が絡んでくるし、大麻を認めるにしても飲酒運転に似た問題が絡んでくるみたいな感じ」
「じゃあ、どうしようもないってこと?」
話の流れから詰んでいると感じた神座が不安げな表情で尋ねる。
「いや、そんなことはないぞ。たぶん春野だけを選手登録できるルールの定め方があるにはある」
「マジで、どんな?」と今まで押し黙っていた佐野が聞いた。
「そうだな、俺が高野連のトップならこう決める」
えーと言いながら人差し指を立て、魔法の呪文をそらんじるようにウェッショーが唱え始めた。
「各学年における部員の5分の4以上が男子生徒を占める出場校において、主にスターティングメンバーとしての起用が予定されている生徒に限り、女子生徒としての選手登録を認める。これだと、女子チームの問題もクリアできるだろ」
ウェッショーにウィズダムボムを落とされ、「おー」という3人の声が重なった。
「こんな感じでやりようはいくらでもある。でも高野連側にそのルールを定める程の理由がないとなかなか動いてくれないだろうな」
「そうだね」 春野が相槌を打った。
「今の話を聞いて、野球が好きなお前らなら思い出すことないか?」
「んー?」と神座が唸りを上げた。
春野と佐野も同じような反応をする。
「いや、野球が好きじゃなくても知ってる人は多いか。ほら、ほぼ1人のためにわざわざルールを作ったことがあっただろ」
「あー。大谷ルールか!」
大声を上げ、神座が興奮気味に答えた。
「そういうこと。でも、そのルールは、野球が好きで見てくれている周りの人が望んだから、わざわざ決めたルールだったよな。だから春野の自身も応援されて、ルール改変を望まれる人にならないといけないってことになる。ここまでついてこれてる?」
「うーわ、なるほど。それなら可能性ある」と神座が感嘆の声を上げた。
佐野は、半ばフリーズしたような感じでぽかんと口を開けている。
春野自身も、顎に手を当て、その可能性について考えを巡らせていた。
「周りの人も春野の公式戦、いや、甲子園出場を望んで、高野連も春野の為にルールを制定したくなるような状況は1つしかない」
今まで無表情を崩さなかったウェッショーが、初めて笑顔を見せた。
「春野、お前がNPBでのプロ入りを目指すと宣言することだな」
その一言で、春野は身の毛がよだつ感覚に襲われた。
「そう宣言すれば、甲子園に出場する全国レベルの投手相手と戦えることをアピールしたいっていう大義名分が成り立つだろ」
「まって。最初のボディータッチは、プロ入りを宣言しても恥ずかしくない器か判断するためだったの?」
「そういうこと」
全身の血液が煮えたぎるような感覚に襲われる。
これほどまでの高揚感は、春野にとって今まで味わったことのない体験だった。
「まあ、これは単なる思考実験で公式戦に出場することが目的だから、お前がプロに行こうが行けまいがどうでもいいけど。俺は教室戻るよ。もうお役御免でいいよな?」
「あ、うん」と声に出した神座は半ば放心状態だ。
神座の返答を聞いて、ベランダの扉に手をかけたウェッショーは立ち止まった。
「最後に、春野。俺が実力みて納得するまでは、監督を説得する話はなしだからな。とりあえず、神座から俺のラインもらっといて」
「うん、わかった」
春野の返答を聞いたウェッショーは最後に一言、「あと、早く怪我治せ」とこの場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます