第8話 周りからの見え方 ③
「それで、相談って?」
ベランダの手すりに半ば腰掛けるような形で立っている黒人の男が聞いた。
遅れて入ってきた佐野がスライド式の扉を閉め、神座とふたり、扉にもたれかかっている。
どこか蚊帳の外のように感じた春野は、手すりにもたれ、黒人の生徒の隣で外を眺めていた。
「ごめんなウェッショー。時間とらせてしまって」
「構わんよ。わざわざ呼ぶってことは重要なことなんだろ?」
「まあね。まず最初に紹介するわ。隣の怪我してるやつは、同じクラスの春野夏穂」
自己紹介の流れになり、春野は姿勢を正した。
「そして春野、うちの四番のWessho・Keepson(ウェッショー・キープソン)。A棟の生徒だけど同じ1年だからタメだよ」
ウェッショーが手元の本から目を外し、こちらに顔を向けたので春野は「よろしく」と軽い挨拶をした。
「ウェッショーでいいよ。よろしく」
ウェッショーが全く表情を変えずに話すため、どこか壁を感じる。
神座に対する対応といい、感じがいいのか悪いのかわからない。
普段聞いているラッパーでいえば雰囲気がどことなくPlayboi Cartiに似ているなと春野は思った。
「それでさっそく本題に入るんだけど、その春野が野球部に入りたいらしいのよ。だから監督を説得するのにウェッショーにも協力してほしいってのと、考えてほしいことがあって」
「たしか、マネージャーは学年に2人までって決まりだったな。すでに
「ちがうんよそれが。春野は選手として入部すんの。そんで春野が入部した後、公式戦に出るにはどうすればいいかって考えてほしくてお前を呼んだ」
はじめ勘違いをしていたウェッショーにかぶせて神座が答えると、ぱたんと本を閉じる音がした。
「お前が?」 ウェッショーが春野を見据える。
「うちは練習試合に出れるだけいいやって諦めてたけど、神座がむきになってさ」
春野はなかば投げやり気味に答えた。
「ウェッショー、まじで打線がやばいことになる。お前の前に春野がいたらって考えると、俺らキャッチャー目線怖くて鳥肌立つし。俺と佐野、こいつに3連打くらった」
「これはまじ」と神座の言葉に佐野も便乗する。
「ん-、まあ成享の説得は俺が言えば何とかなるけど。その話は本当なんだよな?」
「本当」と神座が答え、隣で佐野がうなずいた。
「まあ、説得するにしても俺が自分の目で確かめた後だけど、とりあえず信じるとして、公式戦なぁ。少し考える」
そういってウェッショーは目をとじ、腕を組みながらベランダ内をうろうろし始めた。
深い思考に入ったウェッショーを横目に春野は疑問を口にする。
「1年で4番なんだね」
「すでに11本打ってるからな」 にやけ顔を浮かべる佐野の横で神座が答えた。
「え、どうゆうこと?」
「今日がえっと、6月6日だろ。だから、入学して2か月で11本ホームランを打ってんのよこいつ」
「まって」と春野はポケットからスマホを取り出しネットで検索をかけた。
「松井で高校通算60本だ。まじで何本ペース?」
「知らんけど、ウェッショーがあまりにも打つから練習試合にプロのスカウトが最低3人はいるよ」
「なんでそんな奴がうちの高校にいんの、言っちゃ悪いけど強い高校は県内にだって他にいくらでもあるじゃん?」
「自分の条件に合う高校がここしかなかったらしい。佐野もそうだよ。スカウト受けた時、俺をキャッチャーとして試合に出してくれるならお願いしますっていって、受け入れてくれたのが咲舞だったって感じ」
「そうなんだ。ウェショーはどんな条件?」
「話してくれないから詳しくは知らんけど、学校も練習もよく休むしそこら辺の条件なんじゃね?」
「なにそれ」
「まあ、頭のいいクラスに入れるってのもあるかもな。運動部で唯一のA棟だし。ちなみにウェショー、全国模試の順位が3000番とかだって」
「まじか。うち英語のテストで1位奪われたんだけど」
「そりゃネイティブに勝てるわけがないだろ」
神座にごもっともな指摘をされて、春野はおもわずため息が出た。
「春野だっけ、中学の時の成績は?」
離れたところでひとり考えていたウェッショーが、いきなり3人のもとへ歩み寄り質問してきた。
いきなりの問いに戸惑いつつ、春野は答えた。
「バッティングの話だよね、打率?」
「まあ、打率でいいか」
「うーん、数えたことないから分からんけど、3回打席回ってきたとして毎回2回は打ってた気がする」
「ウエイト……、筋トレはしてるのか?」 話が飛んで続けざまに質問がきた。
「筋トレは、腕立てと腹筋、あと坂道ダッシュはやってる。週に2回ぐらい」
「ここに力入れてみ」 自分の太腿に指をさしながらウェッショーが指示を出してきたので、春野は流されるように従った。
「えっ、ちょいちょい」
春野が自身の足元を確認しながら力をこめると、ウェッショーはしゃがみこみ、躊躇いもせずにスカートのしたの右足へ巨大な両手を伸ばした。
10本の指先を使って、ツボを押すように筋肉の具合を確かめている。
教室の中の生徒に、どういう状況だと目を向けられているがウェッショーは気にするそぶりを見せない。
「それでこれか。日本人の女にしては、テストステロンの値はかなり高い方だろうな」
「は?」と状況を飲み込めない春野を置き去りに、ウェッショーは立ち上がってさらにありえない質問を重ねた。
「お前、生理の影響は?」
繰り返されるセクハラにカチンときた春野は目の前の男を糾弾するつもりだったが、ウェッショーのあまりに真剣なまなざしに腹をくくる。
「ほとんどない。生理前に少し体重が増えて眠くなるぐらい。痛みはないよ」
「なるほどな。身長も5・6ぐらいはありそうだし、ギリギリ最低レベルか……。」
発言を飲み込めない春野が聞いてもウェッショーは「とりあえず聞け」と言って取り合ってくれない。
神座と佐野も、ウェッショーの破天荒な行動を見てあっけにとられている。
そんな3人を前にして、これから本題に入るとでもいうように「よし」とウェッショーは手を叩いた。
「最後にひとつだけ確認。春野を公式戦に出れるようにしたいって言うことは、こいつはスターティングメンバーに入る可能性が高いってことだよな?」
「うん、そう。打線のレベルが上がると思ってる」 神座が答える。
「じゃあ、順を追って説明するからついてこいな。俺の日本語が分かりにくかったら、途中で遮ってくれてかまわんから」
「わかりました」と神座が返答し、4人で円状になってウェッショーのスピーチが始まった。
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