第7話 周りからの見え方 ②

「ごめん、みゆちゃん。お弁当作ってくれたのに、一緒に食べれないかも」

 

「え、どうして?」

 

 神座と入部に関して話をした翌日の朝、春野は自分の席で本を読んでいたみゆに話しかけた。

 

 春野とみゆは、普段からお昼の弁当を一日おきに作りあって一緒に食べている。


 以前まではコンビニの弁当や購買のパンで済ませていたのだが、みゆが自分の分まで弁当作ってあげようかと気にかけてくれたことがあった。


 当時、春野と違いみゆは毎日自分で弁当を作っていた。


 それではみゆに悪いと思った春野は、お互い親が忙しい同士、2日に1回2人分作る方が楽ではないかとみゆに提案したのだ。

 

「昼休みにさ、野球部の奴らと長話する予定なんだよね。」


「そうなんだ……。じゃあ夏穂ちゃんはいつ食べるの?」 みゆが悲しそうな顔をしている。

 

「終わった後かなぁ。おなかすかせたまま待たせるの悪いし」 春野は顎に手を添えながら言う。


「いや、全然いいよ。待つから」


「ほんとに長くなると思うけどいいの?」


「うん。終わったら言ってね」


「ありがとう」


 再び本を手に取ろうとしたみゆを掴み、手の甲にちゅっと音を立ててキスをした。


 頬を紅潮させながらみんなに見られていないかと周りをきょろきょろするみゆを横目に、春野は自分の席に戻る。


「何してんのおまえ。イチャイチャすんな教室で」


「うるせーな、黙れ」


 一部始終を盗み見していた隣の神座に毒づいていると、ちょうど担任が入室してきてホームルームが始まった。





 午前の授業は特に代わり映えなく進んだ。


 怪我をして体を全く動かしていないため、元気が有り余って仕方がない。


 眠気が全く来ないので、授業中は仕方なく英語の参考書を読んで時間をつぶしている。


 今日も朝練があった神座は終始間抜け面で爆睡しており、自分もこんな顔して普段寝ていたのかと思うと春野は恥ずかしくなった。


 四限目終業のチャイムが鳴ると、隣の神座はそそくさ自分のカバンを漁ってスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始める。


「もしもし。うん、そう、今から。俺ら全員5組。おっけ、分かった」


 神座は話し始めて数秒足らずで通話を切った。


「相談に乗ってくれるって奴?」


「うん。今からくるらしい」


 口論をした昨日の今日で話し合いがしたいと神座から告げられたのが今朝のことだ。


 入部するにあたり、昨日の口論中に上がった問題の相談役として、頭のいい奴を呼ぶと神座は言っていた。


 佐野も反対側の席からのろのろと近づいてきた。


「どこで話すの?」 佐野が聞く。


「周りに聞かれたくないし、ベランダにするか」


 そう言って立ち上がった神座は、ベランダで食事をとろうとしていた女子バスケ部の集団の方へ向かう。


 もし分けなさそうな顔で手を合わせながら一言二言話すと、女子の集団を連れてすぐに戻ってきた。


 しばらくして、春野は教室の外が騒がしくなっているのに気が付く。


「えっ、ウェッショー君だ。なんでこっちにいるの?」と言って興奮気味にヒソヒソ話をす女子生徒や、「かっけーマジで」と感嘆の声を上げる男子生徒の声が聞こえる。


 外の反応ににやけ顔を浮かべながら、神座は教室の外へ出た。


「ウェッショー、こっち」


 春野も扉から顔だけ出して様子をうかがう。


「うわでっか。バケモンじゃん」


 思わず声が漏れた。


 廊下にいる生徒の群れの中、明らかに異質のオーラを放っている男が一人。


 周りの生徒と比べてその背丈は頭1つ分くらい高く、2メートルほどありそうだ。


 広い肩幅に、制服のYシャツから覗いた腕ははち切れそうなほど太い。


 髪の毛は耳たぶに届くほどのドレットヘアーで、前髪をかき上げ右側のサイドを後ろに流してまとめるアシンメトリーといったヘアスタイルだ。


 ワンポイントに、数本のドレットの毛先数センチが茶色に染められていた。


 ぱっちりとした二重が特徴的で整った顔立ちをしている。


 そして肌の色はブラウンに近い。


 そんな全身を筋肉で武装したような黒人の生徒がポケットに片手を突っ込み、やけに小さく見える文庫本を読みながら近づいてきていた。


 その表紙には『五輪書 現代語訳』と書かれている。


「ベランダで話そう」と神座が言って外へ向かうと、その黒人の生徒は「おう」と本に目を落としたまま教室に入ってきた。


 彼の鼻孔に響く低い声が教室の空気を震わし、みんなの視線を集めている。


 異様な雰囲気の中、春野もそいつの後についていってベランダへ出た。

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