第6話 周りからの見え方
今日の神座は散々な一日を過ごした。
学校で退屈な授業を受けハードな自主練習をこなした後、春野との勝負に付き合ったかと思えば怪我をさせ、相棒のケツを拭くために病院へつきそう。
へとへとになって帰宅し、何とか気力で食事と風呂を済ませた矢先にこれだ。
今にでもベットに沈み込みたい気分である。
神座はとりあえず春野に、細かいことは明日話そうとだけ返信した。
電源が切れそうな体に活を入れ、続けて佐野に電話をかける。
佐野も同様に疲れているだろうが、今日のこいつに気をつかう道理はまるでないなと、神座は躊躇わなかった。
佐野がすぐに電話に出る。
「もしもし、俺だけど」
「うん」
「明日の朝謝りに行くって話だけど、無くなった」
「え、なんで?」
「春野の母さん、朝寝てるってさ。それに、自分でケガしたってことにしたらしいから」
「おっけ、わかった」
「あと、春野がソフトやめて、野球部入りたいって言ってる」
「ほんとに? でも大分それ厳しくない?」
「うん大分。でも俺と、あとあいつで頼んだら許してくれるんじゃねーかな、監督も」
「あいつ?」
「うちのドンですよ」
「あーはいはい、それならワンチャンあるね」
「そうそう。でさ、ぶっちゃけどう思う? 春野が入ったら、チーム的にどうかな?」
一年生キャプテンとしての言葉が、神座から自然と出てきた。
「んー、周りがどう思うかはわからんけど。もし試合に出たら一番打率残しそう、正直」
「やっぱお前もそう思う?」
「うん。なんか自分でも天才って呼ばれてたって言ってたし」
「そうよな。なんであそこまで打てるのかわからんけど」
「確かに。でも、女子って試合出れないよね?」
「そう、そこなんだよな、問題は。練習試合には多分出れるだろうけど、公式戦は無理かぁ」
「無理だと思う」
「しかも多分あいつ、自分が練習試合で楽しく打席に立てればいいやって考えてると思うんだよなぁ。自分のせいで他の奴の練習する機会を奪うことになるって、そこまで深く考えてなさそうだし。中途半端な気持ちで入ってこられるの正直嫌じゃね?」
「んー、そこまで気にすること無いとおもうけど。考えすぎじゃね。入ってくれると俺は逆にうれしい。いい練習相手になるから。それに勝ち逃げされたくないし」
「そうかぁ? 先輩達は気にするかもじゃない?」
「まあ、周りと同じぐらい必死にやってくれたらいい刺激になると思うけど、だらけたりされたらダメかもね」
「そう、そういうこと」
「聞いてみたらいいんじゃない? ちゃんと頑張れるのかって」
「そうだな、そうする。じゃあもう切るわ。おやすみ」
「おやすみ」
神座は通話を切ると、深い深呼吸をした。
佐野の言う通り、そこまで気にする必要のないことかもしれないが、どうにも納得できない。
なぜか春野に対し苛立ちを覚えている。
自分は春野に一体何を期待してるのだろうか。
「だめだ、寝るか」
それよりも体は休息を欲しているらしく、神座にそのことを考えるほどの余裕はすでに無くなっていた。
次の日の放課後、教室の掃除係であった神座は、黒板をきれいにするため居残りをしていた。
うちのクラスの生徒は部活でせわしないため、帰りのホームルームが終わるとまるでゲートを出る牧場の羊のように教室から去っていく。
教室で二人きりだ。
春野は右腕に包帯を巻いている。
朝のホームルームの時、春野の怪我に気づいた担任が彼女の世話係を募集し、生徒にだれか立候補するようにと促していた。
そこで神座は手を上げたが、最前列にいる平和みゆも同様に手も上げており、それを見た春野が手を下げろと言ってきたので世話係は彼女に任せた。
昼休みに春野はシフトボール部の顧問のところへ行き、怪我の説明と完治するまで部を休みたいと言ってきたそうだ。
放課前は春野とみゆがずっとくっついていたので、自然と放課後に話をする流れになった。
怪我は大丈夫かと声をかけると春野は大丈夫と即答したが、そんなことはどうでもいいといった様子で自分は野球部に入れるのかと聞いてきた。
もやもやとした気分のまま、神座は何とかなるかもしれないとだけ答えたが、春野はそんな神座の様子に気づくことはなく浮かれているように見えた。
「で、監督に話付けるのって夏の大会の後になりそうなのやっぱ?」
黒板の文字を消して背を向けている神座に春野が聞いた。
「まあ、今はタイミング悪いしなぁ。とりあえず、無理を通すことはできそうだけど……」
「なに?」
「春野は女子が公式戦に出れないのは知ってるよな?」
「そりゃあ知ってるよ。でもこのままソフト部にいるよりはましだし、紅白戦とかもしかしたら練習試合には出してくれるんじゃないかなって思って」
神座が黒板けしを置いて振り返ると、春野は平和みゆの机に座り、うつむきながら足をぶらぶらさせていた。
「もしさ、お前が公式戦出れるとして、自分がメンバーに選ばれると思う?」
「それは知らん。監督が決めることだし。でも守備をどうにかしたら選ばれるかもね。チームで一番打率は残せんじゃない。昨日打席立ってみて、なんかそう感じた」
「俺も同じように思ってる。でもさ、悔しいと思わんの?」
「なにが言いたいの?」
「チームの戦力になれるのに、女だから肝心の試合は出れないってさ、理不尽だと思わないのって」
「思ってるにきまってるだろ。そんなの中学の時からずっと思ってるわ。ふざけんなよお前。だからソフトにしたのに」
「ふざけてないって。今まで見たことないぐらいの才能をお前は持ってるのに、女だからさ……」
「はぁ、うちが男だったらって言いたいのお前? どんだけうちが…… 」
「違う、違うって」
神座は春野の言葉を遮って否定する。
これほどまでに取り乱す春野は見たことがなかった。
「じゃあ何が言いたいのお前?」
「えっと……」
うまく言葉を紡ぐことができず言い淀む神座を見て、春野は癇癪を起した。
「ありえんわお前まじで」
机から飛び降り、教室を出て行こうとした春野の左手を咄嗟につかみ、神座が引き留める。
「待って。俺はただ、なんつーの、お前にさ。自分も甲子園目指して本気で野球するって言ってほしい。遊びでやるんじゃなくてさ」
「触んな」
春野は背を向けたまま神座の掴む手をはねのけた。
「ごめん、つい……」
「言ってる意味が分からないんだけど」
「つまり、女だからって理由で簡単に諦めたらもったいないって言ってんの。お前は上のレベルでプレーしないといけない選手だと思うから。正直、お前の技術は頭一つ抜けてるよ。それをどうにかしてさ……」
「どうにかする考えがなんかあんの?」
「今のところはないけど、もしかしたらって思ってる」
「は?」
「ごめん、感情が先走ってしまった。でもさ、お前には中途半端な気持ちじゃなくて、それなりの覚悟で部に入ってほしいわけ。希望がないわけではないから」
いつになく真剣なまなざしの神座を見た春野は、その言葉に混じり気のない意志があることを読み取った。
「はぁ。わかったよ。でも望み薄でがむしゃらに頑張るのは多分無理。もちろん自分なりに頑張るけど、お前次第。お前がもっとその気にさせてくれないと説得力ないでしょ。まだ入部できるかもわからないのに」
「ごめん。確かに、それはそうだな。でもわかった、俺ももっと考えるよ。もしかしたら、あしたまた込み入って話するかも」
「あっそ。なんか疲れたから、うちはもう帰るわ。じゃあね」
「うん。じゃあ」
「最後に、うちに少しでも期待させた罪は重いからね。あとお前必死すぎてキモい」
表情1つ変えずに捨て台詞をはいた春野は颯爽と教室の外へと姿を消す。
ド直球で投げられた最後の一言があまりにもおかしく、神座は首を横に振り呆れ顔で笑うことしか出来なかった。
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