第9話
理事長が去ったあとの教室、俺は江口さんの方を見る。
「江口さ……ん……?」
なんと、江口さんの周りには、女子生徒が集まっていた。
「江口さんのパンツ、えっろ!」
「ねえねえどこで買ってきたの?」
「めっちゃかわいいから見せて見せて!」
平川さん・末広さん・本田さん以外の女子が、江口さんに興味深々だった。
「みちゃだめ……」
紅潮する江口さん。
抗議しても、みんな中をのぞくのをやめないでいた。
男の俺の存在は気にもしてなかった。
(太ももとか色々見えてるんだけど!?)
と内心驚いてたところ、
「……はいはいみんな、江口さんが恥ずかしがってるんだから止めましょう」
末広さんが皆を優しく諭した。
「はーい」
女子生徒達はやっと、江口さんから離れてくれた。
その直後、俺は江口さんに話しかけた。
「江口さん……その」
「先生……本当にごめんなさい……ごめんなさい」
俺は即座に首を横に振った。
「いいや、江口さんは何も悪くない。悪いのは……って、ええ!?」
わき目も振らず、江口さんは突然駆け出した。
「……ま、しょうがないよな」
待ってと言おうとしたが、やめた。
少しは一人になる時間だって必要だろう。
まあしかし、突発的に飛び降りとかされても困るので
「みんな、次の授業まで自習にします。以上」
「はーい」
俺は江口さんの後をこっそり追いかけるのだった。
***
~江口さん 回想~
わたしには、姉と妹がいます。
勝気でリーダーシップのある姉は、みんなから頼りにされています。
少しわがままだけど愛嬌のある妹は、みんなから愛されています。
けど、わたしは二人のようには目立ちません。
大人しいだけのわたしは、周囲から見れば空気のような存在なのです。
姉妹のことをうらやましいと思いましたが、わたしも同じようにできるはずもありません。
お父さんお母さんが二人を可愛がる姿をみて、込みあがる寂しさを我慢してきました。
今にして思えば、苦しかったのだと思います。
そして、中学生になって、わたしは一人の男性を見つけたのです。
入学式が終わって、最初の登校の時。
上級生の女の子たちが、次々と竹刀を持った男の先生にパンツを見せているところ——つまり、抜き打ちの下着検査を見てしまいました。
驚いたわたしは、校門の外で隠れました。
もう登校を諦めかけた時、一人の先生が、竹刀の先生を説得し、クラスメイトの女子生徒を守ったのです。
それが山谷先生でした。
怖い人が相手でも自分の意見を貫く姿は、本当にかっこいいと思いました。
この時からわたしは、山谷先生のことを意識し始めました。
いつも目線が山谷先生を追っていき、目が合うとつい伏せてしまう。
そして胸がきゅんとなるのです。
話しかけてくれた時や、下着検査をしないとみんなに宣言した時に、わたしは徐々に確信しました。
山谷先生は、かっこよくて、そして優しい先生だってことに。
そして土曜日に白い下着を買いに出かけたところ、末広さん達と山谷先生と偶然出会い、一緒に行くことになったときです。
本田さんが末広さんに勧めた下着——桜色の紐のパンツを見た山谷先生は言ったのです。
——ドキッとなっちゃうね、と
この時わたしは、想像したのです。
大人しいだけのわたしに、山谷先生が振り向いてくれるんじゃないかって。
頭の中が、そのことでいっぱいになって、自分じゃどうしようもありませんでした。
こんなわたしでも、山谷先生が好きになってくれる可能性がある。
わたしはこのパンツを買うと決心したのです。
みんなと別れた後、全員がランジェリーショップから離れるのを確認してから、一人で紐パンを買ったのです。
買ったときは舞い上がってました。
ただ、月曜日になって、白いパンツと桜色の紐パンのどちらかを履くのか、登校ギリギリまで悩んで——
「澄玲、そろそろ登校する時間でしょ。部屋から出なさい」
「は、はい……!」
悩んだ挙句に選んだのが、紐パンの方でした。
***
「ふぇぇええん、うぅ……うわぁぁあん」
女子トイレの個室、教室から離れた3階の場所で、あまり使われない場所だった。
たった一人になるには、丁度良かった。
泣いてる理由はただ一つ。
わたしがルールを破った結果、大好きな山谷先生に迷惑をかけたからだ。
ダメなわたしが許せない。
もう辛くてどうしようもない。
「わたしなんてもう消えちゃえばいいんだ……!」
そうしたら苦しまなくてすむのに。
コンコン、と突然個室をノックする音が聞こえてきた。
「江口さん、少しお話いいかな?」
「え……」
山谷先生の声だった。
「泣き止むまで待つつもりだったけどさ、俺には出来なかった」
ドア越しから、優しい声で語りかけてくれた。
「消えたくなるような気持ちになることは誰にだって……俺にだってある。
けど本当の心は、誰かに見つけてほしいって願っているんだ」
ああ、わたしの嫌な言葉を聞かれてたんだ。
でも、不思議と、山谷先生なら悪い気にならない。
「江口さんの話を聞かせてもらえるかな?」
わたしは——
「わたしは、ダメで、暗い子なんです」
「どうしてそう思うんだい?」
「先生に……迷惑をかけた……」
「俺は大丈夫、あの程度はどうってことない」
「お願いします先生……わたしに……罰を与えてください」
「いやいや、罰って」
わたしは、ガチャンとドアを開けた。
驚いた表情をする山谷先生を見る。
「もう……こんな自分が……嫌なんです……自分で自分を壊したい。
ねぇ……どうか先生、こんなダメなわたしに、わたしがわたしを許せる理由を作ってください!」
自分でも、何を言ってるのか分からなかった。
けど、わたしの心は、間違いなく山谷先生からの罰を欲していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます