第5話

 それぞれが買うものを選び、購入を済ませる。


「え~里奈ちゃん結局白いのしか買わなかったの?」


「有栖こそ、白い下着しか買わなかったじゃない」


「特に買うもの無かったし、ていうかみんな何も買わなかったからね」


 平川さんも江口さんも、結局は複数枚の白い下着だけを買っていた。


「おこずかいもっと貰えれば買おうかと思ったんだけどね」


「祐梨ちゃんの場合はさ、あの子供向けのを買うんでしょ?」


「んもう子供向けとかいうなし。可愛いなら何でもいいでしょ」


「確かにそうだね」


 和気あいあいと3人で会話しあう。


 会話に入れない江口さんが気になって仕方なかった。


「江口さんは他に買わなくてもよかったの?」


「…………」


 あれ? いつも以上に黙ってるような気がする。


「わ、わたし……そろそろ帰らなきゃ」


「ああ、もう正午前だからな」


 江口さんはそそくさと立ち去ろうとする。


「江口さん!」


 俺はその背中に呼びかけた。


「さよなら、また学校で会おうな」


「……さ、さよなら先生。またね」


 少しだけはにかんだ後、江口さんは走っていった。


「先生は澄玲さんに好かれてますね」


 末広さんにそう言われ、頭の中で考える。


「そ、そうかな……」


「多分、クラスのだれよりも澄玲さんと仲がいいんじゃないかしら」


「え、末広さんたちがいるじゃん。皆仲良しじゃないの?」


「たまたまあの子が通りかかったので誘ったんです。一人で下着を買いに行ってたらしくて……他に友達もいなさそうなので、ちょっと心配」


 それは俺も気になっていたところだ。


 このまま友達ができないままでは孤立する恐れがある。


「出来る限り、サポートしてあげないとな。ありがとう末広さん」


「話を聞いてくれてありがとうございます。わたし達も出来る限りのことはしたいと思ってますので、お互いサポートしましょう」


 末広さんがいると心強いな。


 正直そう思った。


「それじゃあ先生、私たちも帰ります」


「ああ、楽しかったよ」


「ええ」


 末広さん、本田さん、そして平川さんが俺に別れの挨拶をする。


「せんせーまたね!」


「さよなら! 先生」


 3人が俺に背を向け、歩き出す。


「ん?」


 が、その背中を——正確には、平川さんのお尻を見た俺は、


「平川さん、ちょっと来てもらっていいか」


「ふぇ?」


 平川さんの手を握り、引き留めた。


「わたしですか?」


「ああ、ちょっとな」


 それを見た、本田さんが興奮する。


「ひょっとしてこれは! こここ、告白!」


「え! 本気ですか先生!」


 あらぬ勘違いをされる。


「里奈ちゃん! ここは二人きりにしてあげよう! ね?」


「いや、それはまずいんじゃ! ああ引っ張らないで!」


 本田さんは、末広さんを引っ張り、去っていく。


 俺と平川さんだけが残された。


「こ、告白って……ほんとう……ですか?」


 緊張なのか、敬語で話す平川さん。


「告白というか、そのだな」


 少しだけ言葉を選んで、平川さんのズボンに指さす。


「ズボンに血がついてるんだけど、気づいてたかな?」


「ふぇ!!?」


 やはり気づいてなかったようだ。


 赤い斑点が、小さいがくっきりと、ズボンにしみていた。


「こ、これってもしかして、保険の授業で習った……」


 顔を真っ赤にする平川さん。


「もう一度、店に戻ろう。店員さんに説明して、俺が代わりの服とか必要なものを買ってくるから」


「……はい」


 か細い声の返事だった。


***


 必要なものはすぐに、女性の店員さんが用意してくれた。


 俺は金を出すだけで終わった。


 出費は、そこまで手痛いほどではなかった。


「山谷せんせ」


 平川さんはスカート姿だった。


 ズボン姿の時より、女の子らしく見えた。


「調子悪かったりしないかい?」


「うん、平気だよ」


 明るく振舞っているように見えた。


「ありがとうございます、せんせい。お金まで出してくれて」


「いいってことさ」


「こういう時ってさ、どうやってお礼したらいいんだろ」


「お礼なんて別に——」


「ううん、最初に会ってから助けてもらってばかりじゃん。何かしてあげたいよ」


「……」


「パンツ、見る……?」


「へ?」


 何を言ってるのかわからず、キョトンとする。


「血がついちゃってるけど、こういうパンツがせんせー好きだって言ってたし」


 俺は、ビニール袋に入ってある、平川さんの初潮の血がしみ込んだパンツを受け取った。


「もう洗っても履けないだろうってさ……あーあ、ずーっと前から気に入ってたのに」


 ずっと前というのは、1年か2年か、それともずっと前から履き続けてたのだろうか。


「せんせ。捨てるのもったいないし、欲しいならあげるよ」


「え、いいのかい?」


「うん。いいよ」


 ばくばく、と心臓が鳴る。


 女の子の——平川祐梨さんの下着。


 特別な血が付いた、世界で一つだけのもの。


「そんなに嬉しいならさ、もっと見せてもいいよ」


「え?」


 まだあるのか?


「さっき定員さんに選んで貰ったパンツ、見る? 黒くて、とてもオシャレな感じなんだ」


 平川さんは、スカートのすそを少しだけ持ち上げる。


 ここは道のど真ん中、いろんな人が通ってる。


 ああ、ダメだ。


 これ以上持ち上げたら見えてしまう。


「ふふ、冗談ですよせんせ」


 平川さんはそういって、すぐにスカートを上から抑えた。


「……」


「なに放心してるんですか? せんせー以外の人に見せたら迷惑らしいじゃないですか?」


 ああ、それが分かってるのなら安心した。


 危うく、俺の人生が狂ってしまうところだった。


「じゃあねせんせ! ありがと! また会おうね!」


 平川さんは笑顔で去っていった。


 俺は平川さんのパンツを握ったまま、その後ろ姿を見送るのだった。




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