第11話 悪役皇子、孤児院の事情を知る
「この度はっ!! うちのミアがっ!! 本当にっ!! 申し訳ありませんでしたあっ!!」
猫耳少女ことミアをウェストポートの孤児院まで送り届けると、そこの院長を名乗る女神教のシスターが見事な土下座を披露した。
額を床にぐりぐりと擦り付ける勢いだ。
「この子がしでかしたことは、私の教育不足によるもの!! 如何様な罰を受けますので、どうか、どうかこの子を兵士に突き出すのだけは!!」
「あー、取り敢えず頭を上げてください。その気ならとっくに俺が突き出してますから」
「本当に、本当に申し訳ありません!!」
「ちょ、土下座とか良いから!! それやられる方が恥ずかしいから!!」
どうにかしてシスターの頭を上げさせる。
顔を上げたシスターは、綺麗な金髪と朗らかな印象を与える糸目が特徴的だった。
スタイルも良い。
女神教のシスターがまとう修道服は深いスリットが入っており、隙間からチラリと除く太ももと黒のガーターベルトがフェチズムを煽る。
流石はエロゲの世界だな。
おっとり系の美人が日本でこの格好をしてたら、日本中の紳士たちの注目の的になるだろう。
「あ、あの、ひとまず中へ。大したもてなしも出来ませんが……」
シスターのお誘いで、俺たちは孤児院の中に足を踏み入れる。
孤児院の建物はボロボロだった。
雨漏りの跡がところどころに見られる上、床の一部は抜けており、壁に至っては崩れて外の景色が見えている。
長いこと修繕していないことが分かった。
裏庭にある菜園もかなり荒れていて、手入れすらされていない。
というか手入れのための道具すら壊れているようだった。
フィオナが俺にこっそり耳打ちしてくる。
「妙ですね。帝国と女神教の支援を受けているにしては、あまりにも困窮しています」
「何かあるんだろうな。その事情を聞くんだよ」
孤児院のことを姉上に報告するにしても、具体的な原因を探っておいた方が良い。
そのために貴重なティテュアとのデート時間を割いてまで孤児院に来たのだ。
おそらくは子供たちが食事をするであろう食堂に案内され、いくつかあるテーブルのうちの一つに腰かける。
ちなみにティテュアはミア以外の孤児院の子供たちと一緒に遊んでいる。
遊んでいると言っても、子供たちにされるがままみたいだけどな。
その光景をビクビクしながらミアが横目でちらちら見ている。
ミアは完全にティテュアがトラウマになったようだな。
「ど、どうぞ、粗茶ですが」
シスターが出してきたのは、薄いお茶。というか、お湯だった。
再びシスターが深々と頭を下げる。
「本当に、この度はご迷惑をおかけしました」
「いえ、もう謝罪は結構です。それよりも、この孤児院は何故ここまで困窮しているのでしょうか?」
「そ、それは……」
フィオナが単刀直入に話題を切り出す。
言い淀むシスターに対し、フィオナは彼女を安心させるように言った。
「私はさる御方の下で働くメイド、フィオナと申します。貴女のお名前を伺っても?」
「あ、私はテレスです。孤児院の院長を務めています」
「テレス様。私は帝都の、帝城でメイドとして働いておりました。何か事情があるなら、お役に立てることがあるかも知れません」
「……いえ、これは、孤児院の問題ですから」
「孤児院を支援しているのは帝国と女神教です。孤児院だけの問題ではないと思いますが?」
フィオナが問い詰めると、テレスは観念したように話し始めた。
「借金が、あるのです」
「借金?」
「はい。私の前任の院長がギャンブル狂いで、色々なところから多額の借金を残し、蒸発しやがったのです」
うわあ。
「最初は私が働いて、どうにかやり繰りしていました。でも近頃は返済の催促が増えまして。働ける子供たちにも手伝ってもらい、地道に返済していたのですが……」
「何かあったのですね?」
「……はい。蒸発した前院長から手紙が来て、蒸発先で借金ができたので、代わりに返しておいてくれ、と」
ド畜生じゃねーか、その前院長。
「どうしても返済が間に合わず、孤児院の子供たちと話し合って、支援金の一部も返済に当てるようになって。でも、それでも返済が間に合わず……」
「なるほど。しかし――」
フィオナが何か言おうとしたところで、子供たちがテレスのもとに駆け寄ってきた。
何やら慌てている様子。
子供たちは孤児院の玄関がある方を指さして、焦った表情で言う。
「シスター!! 借金取りの奴らが来た!!」
「っ、皆は奥の部屋に隠れていて。私が応対してくるから。すみません、皆さん。少しお待ちください」
おお、借金取りか。
俺とフィオナは玄関口に向かうテレスを追い、物陰からこっそりと様子を窺う。
借金取りは大柄な男が二人だった。
「おいおい、テレスちゃんよぉ。借りたもんはしっかり返してもらわねぇと困るんだ。こっちも商売なもんでね?」
「す、すみません。今月はもう厳しくて……」
「ああん!? 調子に乗ってんじゃねぇぞ、このクソアマが!!」
「ひっ、す、すみません!! ほ、本当に、今月はもう……」
ふと前世のイケメンな友人がヤ◯ザの娘に手を出した時のことを思い出す。
あいつの家で遊んでたら急に黒服を着た十人くらいの集団がやって来て囲まれるという、マジでビビった思い出。
懐かしいなあ。
「なあ、オイ。テレスちゃん。金が返せねーなら、前みたいに身体を売れば良いじゃねーか。お前さんならたんまり稼げるぜぇ? オレが上客を紹介してやろうか? うん?」
え? テレス、身体を売ってたの?
いやまあ、あれだけ美人ならヤりたい!! って男は五万といるだろうけど。
少し意外だなあ。
シスターって言われるとどうしても清純なイメージがあるし。
さっき働いてるって言ってたのは、そういう商売のことだったのだろうか。
「そ、それは、子どもたちに言われてやめたんです!! もうしません!!」
あ、してないのか。
いや、別におっとり美人のシスターが孤児院を守るために夜な夜な知らないおっさんに抱かれるシチュエーションとか何とも思ってないですよ。
……ないですよ?
「ああ、そう。じゃあ、今すぐ金を返してもらおうか。無理ならお前さんトコのガキを一人や二人、売っ払ってくれても良いぜ?」
「誰がそんなこと!!」
それにしても、あの借金取りのニヤニヤ顔はムカつくなあ。
「殿下、どうなさいますか?」
「……どうって? 俺は何もしないよ。今日出会ったばかりの相手を助けるほど、俺はお人好しではない」
「ふふっ、そうですか」
「おいやめろ。その『私は分かってますよ』みたいな笑顔」
そういう期待の眼差しを向けられたら助けなきゃいけない気がしてくるでしょうが!!
……はあ。仕方ない。
俺はこそこそと隠れるのを止め、テレスと借金取りが揉めているところに割って入った。
「あー、すまない。話の途中で失礼するぞ」
「あん? 誰だ、てめぇ」
「誰でも良いでしょ。それより、借金っていくら?」
「はっ、てめぇが代わりに払うってのか? 良いぜ、だったら教えてやるよ!! 金貨500枚だ!!」
金貨500枚。
前世の金銭感覚で言うと、大体500万円くらいって認識で大丈夫だ。
そんな大金をギャンブルに突っ込むとか、前任の院長は頭おかしいのだろうか。
俺は靴を脱いで、靴底に仕込んでおいたお金を取り出す。
それは、白金貨だった。
1枚あたり金貨100枚分の価値がある、帝国の最高額貨幣である。
常にそんな大金を持ち歩く必要があるのか、とフィオナに聞かれたことがあるが、無論あると頷こう。
白金貨が五枚あったら、どこで何があっても生きていくための基盤を整えられる。
何があっても良いように備えておくのが、楽な生き方というものだ。
白金貨を5枚、俺は借金取りに手渡した。
「なら、これで足りるな」
「……ふぁ?」
「へ?」
テレスと借金取りが間の抜けた表情を見せた。
一見すると凄まじい出費だが、意外とそうでもなかったりする。
エルリヴァーレ帝国は大陸でも有数の国。
帝都から送られてくる俺の毎月のお小遣いは、大体金貨100枚、つまり白金貨1枚。
平民からすると大金だろうが、俺には五ヶ月分のお小遣いでしかない。
いやまあ、手痛い出費であるのはたしかだが。
何かあった時のために靴底に仕込んでおいて本当に良かったぜ。
「これで良いだろう? 早く返済完了書を寄越せ」
「へ、へへ、そうはいかねぇなあ? 今のは利息分だからよ。元金もしっかり返してもらわねぇと!!」
「……あ?」
「元金、金貨5000枚!! しっかり返してもらうぜぇ!!」
元金が金貨5000枚、だと?
本当に前任の院長はそんな大金をギャンブルに使ったのか?
それとも借金取りが適当なことを言ってる?
「……ふむ」
参ったな。
流石にそこまでの金は持っていない。格好をつけた手前、引き下がるのもなあ。
と、その時。
「その借金、返す必要は無いと思います」
「あ、あん? 今度は誰だ?」
孤児院の子供たちと遊んでいたティテュアが更に割って入ってきた。
――――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「おっとり糸目お姉さんシスターが孤児院を守るために夜な夜な頑張るシチュエーションからしか得られない栄養がある」
アルフェン「ねじ曲がってんなぁ、引くわ」
「開幕土下座は草」「前院長ドクズで草」「分かるけど引く」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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