第10話 悪役皇子、チンピラを撃退する





 敵は二人、チンピラ、得物は無し。


 ただし、懐やポケットにナイフのような武器を隠している可能性は有り。


 対処するのはそう難しくない。


 相手が動くよりも早く一撃で意識を刈り取ってしまえば良いのだ。



「この野ろ――」



 野郎、と言おうとしたのだろう。


 その台詞を言い終わる前に、俺はチンピラAの懐に深く潜り込む。


 そして、右の拳でアッパーを放った。



「へぶ!?」



 虚を突いた俺の拳はチンピラAにとって予想外だったらしい。


 そのまま意識を失ってしまった。



「なっ、こ、この、おらあっ!!!!」



 チンピラAを一撃で倒したことで、チンピラBは目を瞬かせたものの、すぐに切り替えて俺に襲いかかってくる。


 パワフルな拳だった。


 仮にチンピラBの拳が当たりでもしたら、俺は大怪我では済まないだろう。

 しかし、チンピラBの振るう拳は大振りであまりにも遅かった。


 普段から恐ろしく速いフィオナを相手にしている俺からすると、欠伸が出るほどのスピードだ。


 俺はチンピラBの拳を裏拳で弾く。



「ぬお!?」


「ふんっ!!」



 がら空きになったチンピラBの胴体にボディーブローをぶち込む。


 肺の空気を全て押し出してやった。


 チンピラBが苦痛に耐えかねて、その場に蹲って悶絶する。



「財布は返してもらうぞ。あ、お前らの財布は迷惑料として貰っていくからな」



 実はさっきティテュアの買った不気味な杖と謎の液体が思ったより高価だったのだ。


 これは強盗ではない。


 財布を奪おうとしたチンピラたちが俺に支払うべき慰謝料である。


 よし、思わぬ臨時収入も入ったし、ティテュアやフィオナと何か美味しいものでも食べて今日は帰ろうかな。



「こ、この、お、覚えてろ!! オレたちに手を出したこと、後悔させてやるからな!!」


「おととい来やがれ」



 チンピラAを背負い、捨て台詞を吐いて路地裏から逃げ出すチンピラBを見送った。


 しかし、問題がもう一つ残っている。


 俺は後ろでぶるぶると身体を震わせている猫耳の少女に声をかけた。



「で、お前はどうやって落とし前をつけるんだ?」


「ひにゃ!? あ、あの、さ、財布を盗んだことは、あ、謝るのにゃ!! 悪かったにゃ!!」


「……そうか、謝罪は受け入れよう。で?」


「っ、そ、その、い、生きていくために、お金が必要で……」


「別にお前の事情は聞いていない。どう落とし前をつけるのか言ってみろ」



 謝罪は受け入れるという言葉で猫耳少女は安堵の表情を浮かべたが、途端に顔が真っ青になってしまった。


 子供でも盗みは盗み。


 よく「子供のしたことだから」と万引きを許す輩がいるが、それは大きな間違いだと思う。


 良くも悪くも、子供とは純粋だ。


 一度でも許してしまえば、子供はそれを「許されるもの」として認識してしまう。


 大人になって窃盗が悪いことだと理解出来るようになっても、心のどこかにある「許されるもの」という認識が駄目だ。


 やり過ぎは良くないが、トラウマを植え付けるようなくらいの説教をする必要がある。


 仮にのっぴきならない事情があるとしても、だ。



「ひとまず兵士に突き出すか」


「!? ま、待って欲しいにゃ!! な、何でもするから、それだけはやめて欲しいのにゃ!!」


「無理だな。お前は兵士に突き出される可能性も考慮しないでスリをやったのか?」


「うぐっ」


「それと、さっき何でもすると言ったが、そもそもお前に何ができる? まさか他の人間の財布を盗ってくるから許してくれとでも言うつもりか?」


「そ、それは……」


「兵士に突き出されるのは嫌、本人には何もできない。だったら責任を追求すべきはお前の保護者に成るぞ」



 そう言うと、猫耳少女は顔色をより青くした。



「だ、駄目にゃ!! シスターに迷惑はかけられないにゃ!!」


「シスター? お前、孤児か」


「っ」



 帝国各地には、国教である女神教が運営する孤児院が点在している。

 身寄りのない子供を集めて、未来の帝国に役立てる人材を育成するためだ。


 その孤児院の子供が、盗みをする必要があるほど困窮している?


 たしかにウェストポートは今や辺境だ。

 しかし、いくら辺境とは言え、仮にも帝国主導で運営している孤児院。


 生活する分には困らない程の援助があるはず。困窮することはまず有り得ない。



「……いや、俺には関係ないか」



 俺は帝国の皇子だが、すでに帝位継承権を放棄している。

 この問題は新たに帝位継承権を得た姉上が解決するべき事案だ。


 下手に俺が解決しようと動けば、姉上の今後の活動に支障が出かねない。


 しかし、何もしないでじっとしているのは良心の呵責があるし、念のため姉上に手紙で知らせておこう。



「う、うぅ、お願いにゃ!! シスターには言わないで欲しいにゃあ!!」



 猫耳少女が泣き始めてしまった。


 泣けば解決すると思わせるのも良くないから、ここで更に追い詰めても良いが……。


 と、その時だった。



「ようやく追いつきました、フェン。財布は取り戻せまし――」



 フィオナがティテュアを連れて、路地裏に入ってきたのだ。


 路地裏で涙を流す少女を追い詰める男。



「待って、フィオナ。先に言っておくけど、やましいことは何もしていないから。スリをした子供を叱ってる最中だ」


「何も言ってませんよ。ただ弁明が無かったらフェンを疑っていたでしょうが」


「秒で弁明して良かった」



 フィオナはしっかり話を聞く人間だからな。良かった良かった。


 と、思ったらティテュアが猫耳少女と俺を交互に見て一言。



「その子は、泣いているのですか?」



 やっべ、何も良くなかった!!


 子供を泣かせたところを好きな子に見られるのはまずい気がする!!



「あ、いや、えーと、これはですね!?」



 俺が言い訳しようとする前に、ティテュアは猫耳少女の前で身を屈めた。


 目線の高さを合わせて猫耳少女に話しかけるティテュア。



「……ねぇ、貴女。貴女のお名前を教えて?」


「ぐすっ、ミア、にゃ」


「そう、ミアさん。一つ良いかしら」


「?」



 次の瞬間、ティテュアは思わずゾッとするような冷たい眼差しと声音で言った。



「嘘泣きはやめなさい」


「っ」



 え?



「にゃ、にゃんのことだか? 嘘泣きなんて、そんにゃことないにゃ?」


「見れば分かります。私は嘘が分かりますから。……例外もありますが」



 ちらっとティテュアの黄金に輝く瞳が俺の方を見た気がした。


 しかし、それは一瞬の出来事。


 ティテュアはすぐミアに視線を戻すと、何も言わず無言で見つめ続けた。



「あ、あぅ、ご、ごめんなさいにゃ」



 流石は極悪王女。


 ただの眼力でミアを黙らせてしまった。泣く子も黙るってのはこのことか。


 まあ、ティテュアは美少女だし、そういう子って怒ると怖いからなあ。

 取り敢えずティテュアはあまり怒らせないようにしよう。


 ティテュアが俺の方に振り向いて、とある提案を口にする。



「フェン、この子を保護者のもとへ連れて行きませんか? 私たちから叱るより、親に叱ってもらった方が良いと思いますから」


「……まあ、財布は取り戻せましたから、それで良しとしますか」


「にゃ!? そ、それだけは本当にやめて――」



 シスターとやらにスリを知られるのがよほど嫌なのか、ミアが駄々をこねようとする。


 すると、ティテュアが一言。



「それだけは本当に、何ですか?」


「っ、にゃ、にゃんでも、ない、ですにゃ」


「そうですか」



 怖いなあ、めっちゃ怖いなあ。


 こうして俺は財布をスリやがったミアを捕縛し、彼女の住む孤児院へと足を運ぶのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「圧倒的美少女に睨まれて『ヒエッ』ってなってるケモミミ幼女からしか得られない栄養がある」


アルフェン「大分偏ってるなあ」



「幼女を追い詰める主人公ェ」「ティテュア怖くて草」「作者の癖が本当に偏ってて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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