第9話 悪役皇子、財布をスられる
それから何事も無く、俺たちはウェストポートに到着した。
兵士に盗賊たちのことを伝えると、どうやらこの辺りを根城にしていた有名な盗賊団だったらしく、慌ただしく現場に向かって行った。
フィオナは事情聴取を受けるべく兵舎で待機し、俺とティテュアは街に入る。
「思ったより人が多いのですね」
「本当にそうですね。廃れ始めてこれなら、新しい港町はどれだけ発展しているのか……」
人混みという程ではないが、大通りには多くの人が歩いていた。
噂の串焼きと思わしき露店もある。
露店で魚の串焼きを二つ買い、一つをティテュアに手渡す。
「どうぞ」
「買い食いは、お行儀が悪いと思うのですが……」
「皆やってるから大丈夫ですよ」
「……そう、ですね」
道行く人の中にも露店で食べ物を買っている人はいる。
そういう人は大して気にした様子も無く、歩きながら買った食べ物を頬張っていた。
ティテュアもそれに倣い、覚束ないながらも串焼きにかぶりつく。
「っ、お、美味しいですね」
魚の串焼きは、脂がたっぷりと乗った魚を使っていた。
皮はこんがりパリパリに焼けているのに、純白の身はホクホクで、しかもジューシー。
「いや、まじで美味いですね」
この品質の魚が捕れるからこそ、この港街はまだ廃れ切ってはいないのかも知れない。
俺は店主に声をかけた。
「おばちゃん、この魚は何て魚なんだ?」
「おや、知らないのかい? これはアルティメットタイフィッシュだよ」
「アルティ……何?」
「アルティメットタイフィッシュ」
えーと、アルティメットタイ? もしかして鯛のことか?
たしかに白身だけど、皮は茶色っぽいし、この世界特有の魚だよな。
……何故にアルティメットなのか……。
「この辺りでしか捕れなくてね。脂がたっぷり乗っていて美味しいだろう?」
「はい、ここまで美味い魚は初めてです」
「あっはっはっ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。そうだ、良かったらコレ貰っとくれ」
「え?」
露店のおばちゃんが紙袋に入れて寄越したのは、数本のアルティメットタイフィッシュの串焼きだった。
紙袋の中のアルティメットタイフィッシュと目が合って少しビビる。
「こ、これは?」
「あんた男前だからね、サービスだよ。後ろの恋人ちゃんと一緒にお食べ」
「え? あ、そう見えますぅ?」
おばちゃんに煽てられて、俺は串焼きを受け取ってしまった。
ティテュアの方に戻ると、彼女が小首を傾げて問いかけてくる。
「何をお話されていたのですか? とても嬉しそうですが」
「いや、何でもないですよ。それよりほら、串焼き貰っちゃいました」
「随分と多い、ですね」
「サービスだそうです」
イケメンってこういうところで得するよな。
前世のイケメンな友達も、こういう気分だったのだろうか。
……いや、良いことばかりではないか。
あいつは少し話しただけの女の子にストーカーされたり、監禁されそうになったり、刺されそうになったりで苦労してたし。
俺もあまり調子に乗らないよう気を付けないといけないな。
今の俺、イケメンだから!!
「お一つどうぞ」
「ありがとうございます」
二人で串焼きを食べながら、港町をぶらぶら散策する。
「あれは……」
「何か気になるものでも?」
「……いえ、何でもありません」
ティテュアの視線を辿ると、そこには小さな露店があった。
布を地面に広げて物を並べているだけの簡易な露店だ。
俺はすぐに察して、ティテュアの手を取る。
「ティテュア様、欲しいものがあるのであれば遠慮なさらず」
「え、で、ですが……」
「ご安心を。殿下からティテュア様が何を欲しても良いようそこそこの金額を預かっていますので。それに」
「……それに?」
俺はニヤッと笑って言う。
「多少のわがままも幸せになるコツですよ」
「わがままが……幸せ、ですか?」
「はい」
まあ、適当に言ってるだけだけど。
こうでも言わないとティテュアは何も欲しがらないだろうしな。
それでは駄目だ。
人間は物を欲してこその人間、欲こそが人を人たらしめるもの。
今のティテュアには欲が無い。
いや、幸せでありたいという欲はあるのだろうが、その欲も今は沈みかかっているように感じてしまう。
無欲な人間は老けやすいって言うし、長く健康でいてもらうためにも欲を出してもらわないと。
「では、その、遠慮なく」
そう言って、ティテュアは露店に並べられている品々を物色し始めた。
しかし、その品々がちょっと分からない。
「えーと、ティテュア様。本当にそれが欲しいんですか?」
ティテュアが欲しがったものは二つだった。
一つはどう見ても人の頭蓋骨を先っぽに取り付けた杖である。
もう一つは虹色に光る怪しい液体……。
「はい!! これが欲しいです!!」
初めて見るティテュアの満面の笑みに、俺は迷わず財布の紐を緩めた。
露店で杖と謎の液体を買った、その直後。
「あだっ」
「すまんにゃ!! 先を急いでるんにゃ!!」
「前方不注意は怪我のもとだぞ!! 気を付けろ!!」
十歳くらいのフードを被った女の子が俺にぶつかってきて、そのままどこかに走り去ってしまった。
まったく、子供は落ち着きが無くて嫌だな。
まあ、この世界では十五歳が成人とは言え、前世基準だと俺も子供の範囲内かも知れないが。
中身は良い歳してるけどな!!
「って、あれ!? 財布が無い!? あれ!?」
「さっきの子、スリみたいです」
「え!? ちょ、やば、追わないと!!」
あ、でもティテュアを一人にしておくのは駄目だよな。
どうしよう……。
「おや。フェン、ティテュア様、こちらにおいででしたか」
ちょうどそのタイミングで事情聴取を終えたらしいフィオナが合流した。
俺はフィオナに状況を完結に説明する。
「フィオナパイセングッドタイミング!! ティテュアをお願いしまーす!! 俺の財布をスリやがったクソガキに折檻してきます!!」
「左様ですか。やり過ぎないように」
「分かってる!!」
全力でダッシュし、俺から財布をスリやがったクソガキを追う。
かなり距離はあるが、問題は無い。
「探知魔法、起動」
俺には魔法の心得もある。
俺の教育係であるフィオナは純粋な剣の技量だけでも帝国で一、二位を争う実力者だが、魔法も扱えるのだ。
本来は剣に魔法をまとわせて戦う、いわば魔法剣士だからこそだろう。
そのため、フィオナは魔法に対する造詣も深い。
その彼女から教わった便利魔法が、この『探知魔法』である。
「――見つけたッ!!」
先ほどのクソガキの気配を辿り、路地裏に足を踏み入れる。
そして、俺は少しビックリしてしまった。
「このガキ!! オレたちのシマでスリしやがって!!」
「警備が厳しくなったらどうすんだ、ああん?」
「うぐっ、ゆ、許して欲しいにゃ!! し、知らなかったんにゃ!!」
俺の財布をスリやがったクソガキが、チンピラと思わしき男二人に殴る蹴るの暴行を受けていた。
うわー、面倒なことになったぞぉ。
「ん? おい、見ろよ!! このガキ、フードのせいで分かんなかったが、獣人だぜ!!」
「へへ、こりゃ運が良いな。奴隷商に売っ払って今晩の酒代にしてやるか」
「ま、待っ、うぐっ、髪を引っ張るにゃあ!!」
クソガキが被っていたフードの下には、艶のある黒髪と動物の耳があった。
猫の耳だった。
獣人。動物の特徴を有した人間。エルリヴァーレには獣人が少ないが、奴隷狩りに拐われてくる子は珍しくない。
帝都でもあまり見なかったし、俺もこの目で見るのは初めてだった。
その時、チンピラの一人が俺に気付く。
「ああん? 何見てんだ?」
「あー、すまない。そのクソガキがスッた財布は俺のものでな。返してもらいたくて来た」
「んだよ、持ち主かよ。失せろ、殺すぞ」
「財布を返してくれたら、すぐにでもいなくなるよ」
俺がそう言うと、チンピラは舌打ちをした。
「おい、てめぇ。オレたちが下手に出てたら調子に乗りやがって」
「やっちまうかぁ?」
いや、どこが下手なん!? めちゃくちゃ喧嘩腰じゃねーか!!
「た、助けてくれにゃ!! さ、財布は返すから、助けて欲しいにゃ!!」
「財布を返すのは当たり前だろうが。あと助けない。スリをしたお前の責任だ。腕の一本でも折られてろ」
「にゃ!? こ、子供が助けを求めてるのに助けにゃいの!?」
「子供だから助けてもらえると思うな。子供でも盗っ人は盗っ人。こいつらを沈めたら次はお前の番だからな。逃げるなよ。逃げたらどこまでも追うからな」
「ひにゃっ!!」
さて、クソガキを折檻するためにも、まずは目の前のチンピラを片付けないとな。
――――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
アルティメットタイフィッシュの正体はタイではない。タイではない、別のナニか。
「アルティメットタイフィッシュが気になって話が入ってこない」「ケモミミキター!!」「チンピラ全然下手じゃなくて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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