第8話 悪役皇子、港町に向かう





 ティテュアが屋敷に来てから数日が経った。


 すでに夜の帳が降りていて、窓からは月明かりが差し込む。


 部屋の扉には鍵がかかっており、そもそも部屋が二階の奥にあるため、誰かが間違って入ってくることはない安全地帯である。


 ここでなら気兼ねなく、俺はアルフェンとして過ごせるってわけだ。


 そして、ここは作戦会議の場でもある。



「フィオナ。明日、ティテュアを連れて街に行こうと思うんだ」


「それはまた、随分と急ですね」



 俺の提案にフィオナが目を瞬かせる。



「ほら、ここから少し行ったところに港町があるじゃん? ティテュアをずっと屋敷に閉じ込めておくのはなんだし、デートスポットには良くない?」


「最寄りの港町と言うと、ウェストポートのことですか? あそこは港町と言っても、廃れ始めてますよ?」


「いや、まあ、それはそうなんだけど」



 屋敷から馬車で一時間くらい行った場所に小さな港町がある。


 昔は栄えていたらしいが、アルフェンが生まれる十数年前に起こった大きな地震が原因で海流が変化してしまったそうだ。


 船の入港が著しく減り、物流が滞って、帝国も危なかったとか。


 そのため、帝国はすぐに新しい港町を作り、元々あった港町は衰退の一途を辿った。

 今では新しい港町に停泊することができなかった船を一時的に停めておくための場所と化しているらしい。


 俺の屋敷がある周辺一帯が辺境と呼ばれるようになってしまったのも、その辺りに理由があったりする。


 しかし、それでも港町ではあるのだ。


 諸外国との交易は激減したものの、漁業などは未だ盛んに行われている。



「魚料理とか食べてみたくてさー。ウェストポートの串焼きが絶品って庭師のおっちゃんに聞いたんだ」


「左様ですか。では、私の方で馬車を手配してときます」


「ん。さんきゅー」



 ティテュアは魔王を復活させた極悪人だが、所詮は一国のお姫様だったのだ。


 買い食いなどしたこともあるまい。



「くっくっくっ、明日が楽しみだぜ」



 それから俺はベッドで眠り、次に目が覚めると日が昇り始めていた。


 窓から温かい陽の光が差し込む。


 俺は完全に日が昇る前に素早く食事を済ませ、いつもの執事服に着替えてティテュアの部屋を訪れる。



「港町、ですか?」


「はい。ずっと屋敷にいても窮屈でしょうし、殿下からお許しを得ましたから。むしろ退屈してるだろうから、連れて行ってくれと頼まれたくらいです」



 嘘は言ってないヨ。



「……良いのですか? もし、私が逃げたりでもしたら……」


「その点はご心配なく。一時的に殿下からティテュア様への命令権を預かりましたので」


「そう、ですか」



 ティテュアはアルフェンに逆らえない。


 彼女が首に嵌めている、隷属の首輪という魔導具の効果である。


 ティテュアが神子としての力、神の領域にある魔法を使って逃亡しないのは隷属の首輪があるからに他ならない。


 隷属の首輪は、その所有権を持つ者にしか外せず、命令に逆らえなくしてしまう。


 近年はどこからか流出したものが奴隷狩りに使われて問題になっているが、隷属の首輪の正しい使い方は重犯罪者の拘束と刑罰だ。


 一応、ティテュアも重犯罪者だからな。


 ティテュアが隷属の首輪を外すことはこの先一生涯ないだろう。


 そして、その所有権を一時的にフェンが預かったため(という呈で)、ティテュアをウェストポートに連れて行けるってわけだな。



「分かりました。すぐに用意します」



 俺は一時退室し、入れ替わりでフィオナがティテュアの部屋に入る。


 しばらくして部屋から出てきたのは、薄水色のワンピースを着たティテュアだった。



「よくお似合いですね」


「……フィオナが、貴女にはこれが似合うと着せてくれました」


「なるほど」



 フィオナはセンスが良いな。


 素で綺麗なティテュアは下手に着飾るよりも、自然体で勝負させた方が強い。


 ……いや、今のは素人の意見だな。


 素材が素晴らしい女の子を着飾らせたら、より綺麗になるはずだ。


 似合う似合わないの問題はあると思うけど。


 それから俺はフィオナが用意した馬車にティテュアと乗り込み、最寄りにある港町、ウェストポートに向かった。


 ちなみに御者はフィオナだ。


 剣も魔法も長けていて、馬にも乗れるフィオナ、マジ多才。



「……」



 ティテュアは何もせず、ただ馬車の窓からボーッと外を眺めている。


 俺はその横顔をじっと見つめていた。


 こうしていると、彼女が魔王を復活させて、世界を滅ぼしかけたとは思えない。


 本当に、ただのお姫様みたいだ。



「……何でしょうか?」


「……いえ、何でもないです」



 ちょっと見過ぎていたらしい。視線を気取られてしまった。



「……ここは、のどかな場所ですね」


「そうですね」



 辺境だからな、人の手が加わっていない場所の方が多い。

 屋敷がある周辺には小さな村々が点在するばかりで、街らしい街も見えないし。


 買い出しにも馬車を使わないといけないし、不便なところも多い。


 まあ、悪いところばかりではないだろうけど。


 人がいない分、空気が澄んでいて美味しいから療養には向いているかも知れない。


 なんてことを考えていた、その時だった。



「フェン、少しお訊きしたいのですが」


「なんです?」


「……アルフェン殿下は、どのような方なのでしょう?」



 おっと?



「何故、そのようなことを?」


「アルフェン殿下は、私の夫となる方ですから。知りたいと思うのは当然でしょう?」



 それは、まあ、そうか。



「……正直に言うと」


「ふむ?」


「外出を許してくださったことが意外なのです。アルフェン殿下は、その、好色家だとお聞きしています」



 そういう噂を流したからな。


 抱いた女の子に飽きたらすぐ捨てるような、いわゆる屑としてアルフェンの名を広めた。


 他ならぬ俺が。


 ただ、ちょっぴり俺の想像とは違う噂まで広まってしまっていたらしい。



「更に執着心が強く、一度気に入った相手は部屋から出さない、とも。相手が嫌がってもお構い無しと」


「……う、うーん、ま、まあ……」



 ゲームのアルフェンは大体そんな感じだから否定できないな……。


 広めた噂に尾ヒレが付いて本来のアルフェンに近づいてしまっているぞ。


 ティテュアが再び窓の外を見て、呟くように言う。



「いくら病床に伏せているとしても、死期を悟ったとしても、人はそう変わるものでしょうか? 私は失敗し、何もかも失い、処刑される寸前まで行きました。それでも私は何も変わっていない。変わらない。変われない」


「……」


「すみません、話が逸れました。私が言いたいのは、アルフェン殿下が本当に病に患っているのかどうか、ということです」


「……というと?」


「もしかして、私の命を救うために適当な理由を付けたのではないか、などと妄想しました」



 当たってまーす。鋭いというか、そういう次元じゃないぞ。



「フェンは、アルフェン殿下の側近ですよね? どういう方なのですか?」


「う、うーん、そ、そうですね……」



 まさか自分がどんな人間かを好きな子に言うことになろうとは。


 さて、どうしたものか。


 俺が頭を捻らせてこの状況をどう乗り越えようか思案していた、その時だった。


 ガタンッと馬車が急停止したのだ。


 俺は窓から顔を出して、ティテュアには声が聞こえないよう、御者台に腰かけるフィオナに小声をかけた。



「どうした?」


「賊です。囲まれてしまいました」



 言われてから俺も気付いた。


 数にしておよそ十数人の武装した男たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら包囲網を狭めている。


 格好からして盗賊だろう。


 中には腕が立ちそうな者もいる。少し面倒なことになってしまった。



「すぐ終わらせます」


「え? あ、うん。いってらっしゃい」



 俺は窓から顔を引っ込めて、内側からしっかり鍵をかけておく。


 賊に押し入られたら怖いしな。


 人質に取られて足を引っ張らないためにも、身を守るのは大切なことだ。



「何かあったのですか?」


「賊です。今、フィオナ先輩が相手してます」


「賊、ですか。……数は?」


「ざっと二十人以上ですかね。少し心配です」


「フィオナを手伝わなくて良いのですか? フェンもそれなりに強いですよね?」


「それなり……。いや、まあ、事実ですけど。心配なのはフィオナじゃなくて賊の方ですよ」


「え?」



 その時、コンコンと馬車の戸を叩く音がした。



「殲滅、完了しましたよ」


「殺しちゃった?」


「まさか。半殺し……いえ、十分の九殺し程度で済ませましたので」


「ああ、そう……」



 馬車の周囲は死屍累々だった。


 全身を斬り刻まれた男たちが苦悶に満ちた声で呻いている。


 その光景を見て、ティテュアは驚いていた。



「フィオナは、強いのですね」


「これでも元は高名な冒険者でして。盗賊退治のノウハウはあると自負しております」


「ノウハウでどうこうなるとは思えませんが……。彼らはどうするのてす?」


「無論、兵士に突き出します。ウェストポートに着いたら人を呼びましょう」



 フィオナがそう言うと、ティテュアは恐ろしい提案を口にした。



「では、念入りに手足の骨を砕いておいては? 兵士を呼ぶ間に逃げられてはなりませんし」


「「……」」



 いや、言うことがガチ怖いな。


 たしかに盗賊たちを逃さないためにはやった方が良いかも知れないけど。


 フィオナも軽く引いてるじゃないか。


 こういう怖い言動を目の当たりにすると、色々な悪事に手を染めた極悪王女という設定に納得が行ってしまう。



「ま、まあ、さっさと港町に行きましょう!! ほら、フィオナ先輩!! 御者台に座って!!」


「そ、そうですね」


「?」



 ティテュアの思わぬ過激な発言に動揺するフィオナを御者台に座らせ、ウェストポートまで馬車を走らせる。


 ティテュア本人はただ可愛らしく首を傾げているのみであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話

死の一歩手前を経験した盗賊たちは改心し、慈善団体を立ち上げた。が、銀髪の女性がトラウマで稀に発狂する。



「フィオナ強っ」「ティテュア怖っ」「アルフェン何もしてねーなっ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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