第7話 悪役皇子、チャーハンを作る





 エプロンと三角巾を装備し、俺は屋敷の厨房に立った。


 隣でフィオナが珍しく動揺した様子を見せる。



「殿下、何をなさるおつもりですか?」


「フィオナ。今の俺は執事のフェンであり、料理人のフェンだ!!」


「料理!?」



 そう、料理。


 あくまでも個人的な意見だが、俺は食事が人間の最大の娯楽だと思う。


 そもそも食事とは何だろうか。


 それは、人が生きていく上で絶対に必要な行為だろう。


 人はものを食わねば生きていけないが、この行為がただ同じことを繰り返すだけの〝作業〟であってはならない。


 人間はただの作業だとすぐに飽きが来てしまうからな。

 何より人間という生き物は、如何なる苦痛よりも退屈の方を辛く感じる。


 だからこそ、人は料理を作るようになった。


 より美味しいものを食べるため、より飽きないものを食べるため、様々な知識を用いて料理を作り、それを食事とするのだ。


 俺は厨房のテーブルに食材を並べて、まず何から始めようか考える。


 すると、フィオナが焦った様子で言った。



「な、なりません!!」


「え、何が?」


「殿下、料理は危険なのですよ?」



 危険?


 そりゃあ、火や刃物を使う以上は全く危なくないとは言わないけど……。 


 しっかり注意しておけば済む話だ。


 フィオナの言っていることがいまいち理解できなくて首をかしげていると、フィオナが深刻な面持ちで口を開く。



「まず、料理の際には包丁を持ちますよね?」


「うん。まあ、料理だからな」


「指を切ったら、沢山血が出ます。危ないでしょう!?」


「俺はそこまで不器用じゃないぞ?」


「火を使って火傷したらどうなさるのですか!?」


「いやいや、大丈夫だって」



 そもそも俺、普段から料理してるしな。


 前世の記憶を取り戻してから、俺は食事にかすかな不満を抱いていた。


 この世界の料理って不味くはないのだが、味付けがかなり濃くて好みじゃない。


 だから帝都にいた頃は、夜中こっそりお城の厨房に侵入して、夜食を作ったりしていたこともしばしば。


 前世でも普通に自炊とかしてたし、実は少し得意だったりするのだ。



「大体、危険度で言ったら日々の鍛錬の方が命の危険を感じるよ」


「ぐっ」



 今でもフィオナとの鍛錬は時間を作ってしているが、料理より絶対にあっちの方が危ないと思う。


 最近は俺がそこそこ強くなったからか、フィオナも手加減はあまりしてないみたいだし。


 それにしても……。


 料理を危ないと主張するフィオナからは、何か焦りのようなものを感じる。


 そこで俺はハッとして気付いた。



「ははーん。さてはフィオナ、料理が苦手なんだな?」


「っ、い、いえ、そんなことは……」



 これは意外な弱点だな。



「ふふん、仕方ないな。ここは俺が料理をレクチャーしてやろうじゃないか」


「……後悔しますよ?」



 それから俺は、フィオナに簡単な料理の作り方を教えてやることにした。


 本当に後悔した。


 だっておかしいでしょ、何故まな板ごと食材を斬れるのか。


 何故フライパンの底が溶け落ちるのか。



「フィオナは二度と料理はしない方が良いな」


「くっ」



 とぼとぼと厨房を去るフィオナ。


 屋敷の庭で剣でも振り回して気分を紛らわせるのだろう。


 彼女のストレス解消法だ。



「って、やべ!! もうお昼じゃないか!!」



 フィオナの相手ですっかり忘れていたが、俺はティテュアを待たせているのだった。


 本当なら凝ったものを作りたかったが……。


 仕方ない。こうなったら、お手軽料理の伝家の宝刀を作ろうか。



「こっそり用意しておいて良かった、中華鍋!!」



 帝都にいる時、どうしても中華料理が食べたくて鍛冶職人に無理を言って作ってもらった特製品である。


 中華鍋に油を入れて、ふわふわーっと白い煙が立ち上るのを待つ。


 このタイミングで刻んだニンニクを油にぶち込んで香りを移すとより美味しく仕上がるが、今回はニンニクが無いのでナシだ。



「よし、今だな」



 白い煙が立ったら、あらかじめ溶いておいた卵をぶち込み、更にお米をぶち込み、ひたすらお玉で掻き混ぜる。


 途中で鍋を振って、お米がぱらぱらになるよう意識する。


 え? お米があるのか、だって?


 くっくっくっ。もう帝位継承権を持っていないが、俺は大陸に名を馳せるエルリヴァーレ帝国の第一皇子である。


 伝手を使って遥か東方にある米を取り寄せるなど朝飯前なのだよ!! ……もうお昼だけど。



「ここにハムとかネギも入れてー。ふむ、醤油も入れてみるか?」



 あとは塩コショウで適当に味を整えれば、チャーハンの完成だ。


 ちょっと味見しよ。



「うーん、やっぱりハムじゃなくてチャーシュー入れたかったな。今度作ってみるか?」



 まあ、味は悪くない。

 俺は中華料理ガチ勢ではないので端折った部分は多々あるが、こんなもんだろう。


 チャーハンをお皿に盛り、ティテュアのもとまで運ぶ。



「お待たせしましたー!!」


「……いえ、それほど待ってはないです」


「そう言ってもらえるとありがたいです」



 俺はティテュアの前にチャーハンを盛り付けた皿を置いた。



「冷めないうちにどうぞ」


「これは、お米ですか? 珍しいですね」



 ティテュアがスプーンを手に取り、チャーハンを掬って口に運ぶ。


 本当ならスプーンじゃなくて、レンゲが良かったのだが……。


 作ってもらったものを帝都に忘れっちゃったんだよな。

 近くの街に職人でもいないか探して、また作ってもらわないと。


 なんて考えていると、ティテュアが目を見開いて驚きの声を上げた。



「美味しい、です」


「そりゃあ良かったです。その美味しいってのが、幸せの一つですよ」


「美味しいが、幸せ?」



 こてんと小首を傾げるティテュア。


 少し訝しそうな表情でしているところがポイント高いね。



「よく、分かりませんね」


「ま、そんなもんですよ。幸せってのは体感してる時が一番分からないんです」


「分からない、幸せ?」


「はい。美味しいものを食べて、温かい風呂に入って、ふかふかのベッドで眠る。意識が沈む直前に、『ああ、今日も良い一日だった』って思えるのが、幸せなんですよ」


「……ますます、幸せが分からなくなりました。そんなこと、思ったこともないので」



 何を言えば良いか分からないらしく、ティテュアは俯いた。



「分からないなら、俺がもっと教えてあげますよ」


「え?」


「俺が言ったことだけが幸せじゃない。いつかティテュア様にとっての幸せが見つかるはずです。誰も傷付けない、ティテュア様だけの幸せってやつが」


「……不思議な人ですね、執事さんは。貴方のお名前を聞いても、良いですか?」


「あっ。たしかに自己紹介してなかったですね」



 うっかりだった。


 なまじゲーム知識がある分、彼女を知っているから大切なことを忘れてしまうとは。



「俺はフェン。執事のフェンです」


「やってることは、料理人みたいですよ」


「ちゃんと執事の仕事もしてます!! ……今度は貴女のお名前を伺っても?」


「……もう知っているのでは?」


「いや、知ってますけどね? こういうのって大事なんですよ!!」



 俺が催促すると、彼女は悪戯っぽく笑った。


 ゲームのシナリオで時たま映る邪悪極まった笑みではなく、年相応の少女のような笑み。



「私は、ティテュア。今はただの、ティテュアです。よろしくお願いしますね、フェンさん」


「執事にさん付けは結構ですよ?」


「あ、えっと、それは、そうですね。……よろしくお願いします、フェン」


「ええ。よろしくお願いします、ティテュア様」



 こうして俺がアルフェンであることを隠し、ティテュアと暮らす生活が始まった。


 さて、明日はどうやってティテュアに幸せを分からせてやろうか。





――――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話

後日、フィオナが改めて料理にチャレンジしたら厨房が血で真っ赤になり、火災になりかけたため、正式にアルフェンが料理禁止令を出した。


「フィオナ、料理下手の次元が違うな」「何気にスペック高い主人公で草」「ティテュア可愛い」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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