第5話 悪役皇子、めっちゃ噛む





 黒基調の衣服に袖を通す。


 白い手袋を嵌め、少し伸びた黒髪を頭の後ろで紐で結ぶ。


 そして、鏡の前で爽やかに微笑む。



「やっぱ俺、かなりイケメンだよな」



 前世の俺はいまいちパッとしない男だった。

 

 やたらと女の子にモテる友人曰く「顔は整ってるのに何故かイケメンポイントが高くない」とのこと。


 そのイケメンポイントってなんだ、と思ったのはご愛嬌だ。


 しかし、今の俺はイケメン。


 『ヒロインクエスト』ではデブ、汗臭い、口臭がキツイ、等など。

 アルフェンはとにかく気持ち悪さというものを前面に出したキャラクターだった。


 でも、俺は努力の甲斐もあって痩せた。


 日々のフィオナとの鍛錬は帝都を出た後も欠かしておらず、服の上からでは分かりにくいが、意外と細マッチョでがっちりしている。


 体臭や口臭にも気を使っていて、ゲームの嫌悪感を煽るアルフェンの姿はどこにも無い。


 素晴らしい。満点だ。


 鏡の前で浸っていると、直後に凄まじい衝撃が俺の側頭部を襲った。



「はぐあっ!? く、曲者か!?」


「傍から見れば、曲者は殿下です。鏡の前でニヤニヤと気味が悪いですよ」


「う、うっさいな!!」


「……言葉遣い」


「余計なお世話ですよ、先輩!!」


「よろしい。一ヶ月、時間ギリギリでしたが、まあまあの形にはなりましたね、フェン」



 俺の名前はアルフェン。


 エルリヴァーレ帝国の第一皇子であり、未来の皇帝だった男。


 そして、今は執事のフェン!!


 皇子としての雑事を全て影武者に押し付け、辺境の屋敷に引きこもっている(という設定の)アルフェンの世話係だ。



「では、設定のおさらいです。まず、フェンがアルフェン殿下であることを知っているのは私のみ。他の使用人に口を滑らせることはないように」


「アイアイサー!!」



 最低限だが、辺境の屋敷にも使用人がいる。


 しかし、俺の悪い噂をより信憑性のあるものにするために正体は隠している。


 彼らの前では俺は『フィオナの生き別れの弟』で、偶然ばったり再会し、姉の伝手で執事になったという経歴だ。


 縁故採用って奴だな。


 まあ、縁故採用でも上下関係を明確にするため、先輩後輩の関係を徹底している、ということにした。


 これならフィオナを先輩呼びしても不思議ではないからな。


 俺は姉呼びでも良いぞ? と言ったのだが……。



『皇女殿下に悪いので』



 と、どうやら姉上に気を遣ったらしい。


 まあ、一言で姉上と言っても、あまり顔を合わせたことはないし、会話も当たり障りのないものばかり。


 血の繋がっている他人って感じがするから、何とも思わないのだけが。



「そして、アルフェン殿下は重篤な病にかかっており、普段は屋敷の最奥にある自室から出て来ないということになっています。中に入れるのは、私とフェンの二人のみ。常に施錠し、人が入らないよう徹底します」


「俺は部屋の中でだけアルフェンとして過ごし、外では執事のフェンとして活動する。なんかわくわくするな!!」



 前世の子供の頃はこういうごっこ遊びが好きだったことを思い出す。



「また、殿下自らが被った汚名を少しでもマシにするため、今回の功績偽装自白は病にかかって天命を悟ったから。要は死にそうだから真面目に余生を過ごします、というわけです」


「まとめ方が分かりやすくていいな!!」


「……言葉遣い」


「いいですね!!」


「……続けます。ティテュア姫を妻として迎えるのは、一目惚れした美しき姫君に死に際を看取って欲しいから。でも病に伏せ、醜い自分を見られたくないから姿は見せない、というアルフェン殿下ご希望の非常にクソ面倒な設定です」


「ごめんて」



 でもそうすることで、痩せてイケメンなアルフェンはいなくなり、醜く肥え太ったアルフェンが存在することになる。


 そのアルフェンと結婚し、妻となることが魔王を復活させたティテュアへの罰となるのだから。


 まあ、ゲームのアルフェンと違って俺は無理矢理を好まない紳士だからな。

 皇子としての役割を姉上に押し付けた以上、時間は無限にある。


 焦らずじっくり行こうじゃないか。



「っと、もう時間じゃないか?」


「……そうですね。そろそろティテュア姫が到着するお時間です」



 俺はフィオナと一緒に屋敷の表に出る。


 しばらく待つこと十数分、からからという車輪の音を響かせながら馬車がやって来た。


 馬車が屋敷の門の前で停まる。


 若干の緊張を感じながらも、俺はその馬車から人が降りてくるのを待った。


 馬車の扉が内側からゆっくり開かれる。



「っ、お、おお……」



 俺は馬車から降りてきた美しい少女を見て、思わず絶句してしまう。


 ただ、本当に美しかった。


 白金色の髪は腰よりも長く伸びており、黄金の瞳が眩しく輝いているかのようだ。


 年の頃は今の俺と同じ十五歳のはずだが、どこか大人びた雰囲気をまとっていて、スタイルも抜群だった。


 色白できめ細かい肌、赤くふっくらとした唇、長い睫毛……。


 何より陰りのある表情が俺を狂わせる。


 絶世の美貌を誇る少女の暗い表情からしか得られない栄養が、この世にはある。


 彼女こそティテュア・レ・アズルクォーツ。


 魔王を復活させた張本人であり、設定上では魔王すらも凌駕してしまう神子、神域の魔法使いである。


 神域って言われると想像しづらいけどね。


 要するに魔法の腕前が神の領域に至っているということ。


 チートの中のチートってわけだ。


 まあ、そのチート魔法も隷属の首輪を嵌めている以上、俺の許可無くして使うことはできないわけだが。



「殿下、練習通りに」


「分かってる」



 俺は耳打ちしてくるフィオナを手で制し、一歩前に出た。


 最初に言う言葉はこうだ。



『ようこそいらっしゃいました、ティテュア姫』



 である。


 ティテュアの置かれている状況は、本人からすると最悪なものだからな。


 変な気を遣った台詞は言わない方がいい。



「ようこしょらしぇっした、ちぢあふぃえ」


「……?」



 あ、終わったわ。噛んだわ。


 それも割と洒落にならないレベルでめっちゃ噛んでしまった。


 しまった、忘れていた。


 俺はこれと言って女の子に緊張するような人間ではない。

 相手が如何なる美少女美女でも普通にコミュニケーションを取ることができる。


 しかし、好きな子が相手だと話が変わる。


 緊張で身体が強張って、やたらと甲高い声になってしまうのだ。


 完全に終わった。


 俺もアルフェンに転生してからイケメンポイントが高くなったと思っていたが、コミュ力は前世のままだったか。


 ティテュアも流石に意味が分からなくて小首を傾げている。


 あはは、かわいいなー。



「失礼、どうやら彼は姫殿下の美貌に見惚れて緊張してしまったようです」



 フィオナが咄嗟のアドリブで俺の失態をフォローする。


 ナイスぅ!!



「そ、そう、ですか。それは、嬉しいです」



 うわあ、引かれてるよ。完全に引かれちゃってるよ。


 あとで壁に頭を打ち付けて忘れよう。






――――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話

何がとは言わないが、ティテュアの果実はリンゴくらい。


「アルフェンのナルシストが面白い」「フィオナの主人公に対する扱いで草」「小話助かる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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