第4話 悪役皇子、忠誠心の理由を知る





 反乱を鎮圧したアルフェンが替え玉だったという噂を流し、帝位継承権を破棄する。


 言うは易しだが、手続きが本当に面倒だった。


 でもまあ、替え玉という噂を流したのが功を奏し、俺を指示していた貴族のお偉方はいっそ清々しいほど掌を返した。


 俺をちやほやしていたメイドたちも偽物だったのかと目に見えて落胆していたな。


 結局、俺に心からの忠誠を抱いている者は限りなく少なかった。

 父上の側近はことのあらましを知っているためか、俺を不気味なものを見るような目で見ていた。


 まあ、好きになった女の子のために自分から功績を捨てるとか、名誉を重んじる貴族にとっては理解できないのだろう。


 俺は関係各所への挨拶を手短に済ませ、父上が用意した辺境の屋敷に馬車を走らせる。


 居心地の悪くなった帝都からおさらばだ。


 それはそれとして、ちょっぴり嬉しいこともあったのは確かだった。



「フィオナ、わざわざついて来なくて良かったんだぞ」


「私は殿下の教育係ですから」



 俺の教育係であるフィオナは、一切の躊躇も無く俺に付いてきた。


 昔から思っていたが、彼女の俺に対する忠誠心は並みのものではない。


 もしかして俺を好きなのか?


 こんな美人を惚れさせるなんて、俺はなんて罪深い男なんだ!! と言ったら鼻で笑われた。



「私が殿下に付いていくのは、恩を感じているからです」


「恩?」



 本気で意味が分からなかった。


 たしかにここ数年の俺の振る舞いは皇子らしくはあっただろう。


 しかし、彼女の忠誠心は俺がメイドのお尻や胸を触ったりしまくっていた、前世の記憶を取り戻す前からあるものだと思う。


 辻褄が合わない。



「……やはり、殿下は覚えていないのでしょうね」


「俺、フィオナに何かしてあげたっけ?」


「ええ、はい。私が帝都の路地裏でゴミを漁っては腐ったものを食べる孤児だった、という話は知っていますよね?」



 フィオナは凄腕の元冒険者だ。


 しかし、冒険者になる前はどこにでもいる普通の孤児だったと言う。



「寒い冬の日でした。当時の私は十三か、四くらいだったと思います。ろくなものを食べられず、身体は痩せ細り、寒空の下で死ぬ寸前でした。そんな私の前に現れたのが、殿下です」


「冬の日で、孤児? あっ」



 思い出した。



「偶然、表通り近くの路地裏で死ぬのを待つばかりだった私の前に小太りの殿下が現れました。そして、手に持っているやたらと高そうなお菓子をばりぼり貪っていました」


「小太りって……」


「内心では『このクソデブが!! 餓死しそうな私の前でお菓子なんか食べやがって!! ぶっ殺してやる!!』と思ったものです」


「え、やだ怖い」


「そしたら、殿下は自分の手に持ったお菓子を私が見ていると気付いたのでしょうね。私からお菓子を隠しながら『これはぼくのものだからあげない』と言いました。本気で殺そうかと思いました」



 ねぇ、これって俺とフィオナの出会いの話だよね?


 出てくる言葉がずっと怖い!!



「その後に、殿下は何をしたと思います?」


「えっと、何したんだっけ?」


「近くにあるお店で食べ物を買ってきて、私に与えてくださったのです。『おかしはぼくのものだからあげないけど、これは食べていいよ』と言われたのですが、覚えていませんか?」


「あー、いや、覚えてる覚えてる。そうか、あれがフィオナだったのか」



 まだ俺が本当に幼かった頃だ。



「それから不思議なことに、皇帝陛下が孤児院を開設し、多くの孤児が救われました。後から聞いた話ですが、あれは殿下が進言してくださったそうですね?」


「ああ、うん、まあ……」



 言えない。


 孤児だったフィオナを見て、「ちゃんとご飯を食べたらおっぱいもお尻も大きな綺麗なお姉さんになりそうなのに」と思ったとか。


 絶対に言えない。言っちゃあいけない。


 この思い出は俺の心の中にだけ仕舞っておくことにしよう。



「私も救われた孤児の一人で、いつか恩返しをしようと、考えていました」


「それで冒険者になって、功績を上げて、俺の教育係兼専属メイドに?」


「その通りです。ですので、まあ、はい」



 フィオナが少し恥ずかしそうにしながら、優しく微笑む。



「殿下のすることに口出しは致しません。それが悪事であれば何をしてでも止めますが、そうでないなら、殿下の意志を尊重します。今回はグレーゾーンですが」


「……そっか。ありがとう、フィオナ」



 彼女がいて良かった。


 『ヒロインクエスト』でのアルフェンは、主人公の女には手を出すし、黒幕の女の子を無理矢理犯すしで、中々酷い奴ではあった。


 しかし、皇子としての仕事は真っ当にしていたところを考えると、フィオナの影を感じる。


 アルフェンにとって、フィオナの存在はそれだけ大きかったのかも知れない。



「――ところで」



 俺がフィオナからの忠誠を感じて浸っていると、彼女は突然の真顔になった。


 怖い。



「今回、件のティテュア姫を迎えるに当たって、殿下は執事の振りをして彼女に接するつもりとお聞きしました」


「え、あ、うん。実は噂の豚皇子がイケメンの優しい俺でした!! ってなったら、女の子って喜びそうじゃない?」


「恋愛小説の読みすぎです。が、執事の演技をなさるのであれば相応の立ち振る舞いを身に付けてもらわねばなりません」


「え? い、いや、別にそこら辺は適当にやるから……」


「いいえ。やるならば徹底的に、です。辺境に構えたという屋敷に着いたら、お覚悟を。ティテュア姫が殿下のもとに来るまでの一ヶ月間、不肖この私が完璧に指導致します」



 あ、駄目だわ。これ逃げられない奴だ。


 俺は本気の目で宣告するフィオナに薄ら寒いものを感じながら、馬車に揺らされるのであった。









 それから鬼畜の執事特訓が始まり、一ヶ月が経って、ついにティテュアを迎える日がやって来た。




 

――――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話

フィオナは過激な恋愛小説を好んで読む。ただし、現実と混同はしない。


「イイハナシダナー」「ふーん、豚皇子にも良いところあるじゃん」「過激な恋愛小説について詳しく」も思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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