第2話 悪役皇子、痩せる
前世の記憶を思い出してから五年が経った。
時が経つのは本当に早いもので、俺は十五歳となった。
「でぇやぁあああッ!!!!」
「お見事です。ではこれなら如何です?」
「何の!!」
エルリヴァーレ帝国の首都、帝都エリヴァンの中心にある城の訓練所で、俺は必死に槍を振り回していた。
相手はフィオナだ。
俺が横薙ぎに振るった槍を薄皮一枚のギリギリで回避し、刹那の間に懐に入り込んでくる。
俺はもう片方の手に握っていた大盾でフィオナの反撃を防ごうとするが、惜しくも防御が間に合わなかった。
辛うじてバックステップで距離を取ろうとするも、バランスを崩して尻餅をついてしまう。
「くっ」
「今日も私の勝ちですね、アルフェン殿下」
フィオナのレイピアの切っ先が俺の喉元に突き付けられる。
「ちくしょう。何年経っても勝てる気がしないな」
「私は殿下よりも十年長く生きていますから。そう安々と追い付かれては溜まったものではありません」
フィオナが当然でしょう、と微笑む。
俺は転生してからの数年の間、真面目に日々を過ごしている。
以前はメイドのお尻や胸を触ってセクハラ三昧の日々だったが、最近はセクハライフはなりを潜め、勉強や修行の毎日だ。
具体的には、フィオナから槍と大盾を使った戦い方の手解きを受けている。
フィオナ曰く、「剣や魔法の才能はイマイチだが、槍に関しては帝国で五本の指に入る程度には強くなる」とのこと。
まあ、今のところはご覧の通り。
フィオナから一本も取ることは叶わず、惨敗する毎日だが。
「……いつかは勝つからな」
「その日を心から楽しみにしています」
「言ってろ」
微笑みながらフィオナが差し出した手を握り、俺は立ち上がった。
すると、フィオナは俺を見上げて言う。
「いつの間にか、殿下に身長を抜かれてしまいましたね」
「子供は成長が早いんだよ」
「昔はデブだったのが嘘みたいです」
「……ははは。痩せた今だから怒らないけど、普通に不敬罪だからな?」
「おや、これは失礼を」
まったくこのメイドは。
でもまあ、ふふふ。実は俺、この五年の間に痩せてしまったのだよ!! ははは!!
毎日毎日フィオナによるハードな鍛錬をしまくったお陰だな。
しかも、痩せて分かったことだが、アルフェンって結構イケメンだったんだよ。
こう、顔のパーツが整っているのだ。
おまけに身長もぐんと伸びて今や180cm手前まで来ている。
この世界では平均的な大人と同じくらいだが、まだまだ成長してるらしい。
そのうち2mになったりしないかな?
「とは言え、女性を視姦するのは昔から変わりませんね」
「胸を揉んだり尻を撫でなくなっただけマシだろ」
「今は殿下に触られたい者も少なからずいるようですよ?」
「あー、そう、だな」
そう言ってフィオナは、訓練所の入り口でこちらを見ている複数人のメイドたちに視線を向けた。
俺が醜く肥え太っていた頃は嫌悪感剥き出しだったメイドたちが、今や俺の追っかけみたいなことをしている。
……現金なものだな。
「俺が痩せてイケメンになったからって言い寄って来やがって」
「まあ、背の高い美男子に育ったことは認めますが、自分で仰いますか」
「そりゃ言うさ。何なら十四歳という年齢で反乱軍の将を討ち取った強い戦士とも自負する」
一年前のことだ。
エルリヴァーレの辺境で民衆が反乱を起こし、俺は初陣を迎えることになった。
本当は戦争に参加するとか嫌だったが、父、つまりは皇帝が「皇子として箔が付くから行ってこい」と半ば強引に戦場へ向かう羽目に。
そこで五百余名の兵士を連れて武装した千人の敵を相手にドンパチやってやったのだ。
反乱軍を率いていたのは元高ランク冒険者で、並の兵士を十人まとめて投げ飛ばすような怪力男だったが……。
その怪力男を討ち取り、反乱を鎮圧。
また民衆が決起する原因となった地方貴族の圧政を皇帝に報告し、民衆を納得させた。
俺は十四歳という若さで自分よりも大柄な男を討ち倒した上、圧政に苦しむ民衆を救ったとしてそこそこ人気を得ている。
イケメン、背が高い、強い、人気、権力もある。
あれ? 俺って普通に優良物件では? と自分でも思っていたが、実際に優良物件扱いらしい。
「見合いの話も沢山来ていましたね。見たところ殿下がお気に召しそうな女性もいましたが」
「興味ないな。というか、そういう連中は噂が本当かどうか知りたいだけだろ」
俺が痩せたということを知っているのは、帝国の城に勤めている者だけだ。
別に隠してるわけではない。
だが、俺が前世の記憶を思い出す前までの振る舞いが振る舞いだったからな。
あの豚皇子が更生して日々鍛錬している!? 信じられない!!
みたいな感じだ。
一年前の反乱鎮圧も、実は替え玉だったのではという説まで巷には流れているらしい。まったく不本意である。
「どうでしょう、本気で惚れている人もいるかも知れませんよ?」
「無いな。仮に本当に惚れてるとしても、俺の納得する美少女が良い」
「ふふ、左様ですか」
そんな軽口を叩いていると、何やら兵士が慌てた様子で訓練所にやって来た。
「アルフェン皇子殿下!! 皇帝陛下がただちに来るよう仰せです!!」
「父上が? 分かった、すぐに行こう。フィオナ、片付けを頼む」
「承知しました」
俺は訓練所を出て、父上の執務室に向かう。
兵士の様子から察して、何か不味いことでも起こったのだろうか。
「父上、失礼します」
「おお、来たか。アルフェン、急に呼び出してすまないな」
「いえ、ちょうど鍛錬が終わり、暇していたので」
「そうか。それは良かった。少し相談があってな、座るが良い」
「はっ!!」
見た目こそ中年の男だが、彼こそエルリヴァーレ帝国の現皇帝。
名前はオルデンだ。
本当はもう少し長い名前をしているが、めちゃくちゃ長いから覚えていない。
というか、オルデン自身すら自分の名前を言えなかったりする。
それは皇帝が歴代皇帝の名を継ぐという、よく分からん風習のせいだ。
例えば俺が次の皇帝となった時、俺の名前はアルフェン・オルデン・――(歴代皇帝の名前)――・エルリヴァーレ、になってしまうってわけ。
なんでこんな風習にしたのか……。
俺が次の皇帝になったら、この風習を廃止してやりたいな。
「アルフェン、勇者が魔王を倒したという話は聞いておるな?」
「もちろん。市井で噂になってますから」
今から少し前。
ゲームの主人公らこと勇者一行が魔王を倒したという報せが帝国に届いた。
魔王。
奴は三年くらい前に復活し、大陸最大の国家として各国の矢面に立った帝国を散々苦しめた『ヒロインクエスト』最強の敵である。
「その魔王が復活した理由が、ついに判明したらしいのだ」
「っ」
ついに来たか!!
「それは?」
「隣国、アズルクォーツの姫君、ティテュア姫を知っているか?」
「ええ、もちろん。神子ですから」
「その神子が、魔王を復活させたらしい」
出た、ティテュア!!
魔王を復活させた張本人であり、主人公を事ある毎に苦しめた黒幕。
神子という、アズルクォーツに数千年に一度生まれる神域の魔法使いだ。
本当は世界中の軍隊を相手にしても余裕で勝てるような作中最強キャラらしいが、魔王を復活させた反動で大幅に弱体化してしまったそうだ。
主人公らにあっさり捕まってしまったのはそこら辺が理由って、公式設定資料集に書いてあった。
「王国は我が国に神子の処遇を一任すると言ってきた。儂は処刑が妥当なところと思うが、これからの帝国を引っ張っていくのはそなただ。そなたの意見を聞こうと思ってな」
「……ふむ」
俺は言葉を選びながら、慎重に答えるのであった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
冒険者時代のフィオナはやたらと露出度の高い鎧を装備していた。
「秒で痩せてて草」「フィオナの情報詳しく」「続きが気になる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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