第3話 現場
雑居ビルの隙間にある細い袋小路は昼間でも暗く、酒野がスタンド付きの作業灯を
袋小路の奥、室外機の前にあった遺体は片付けられているが、現場保存のために血痕は掃除されておらず、室外機のカバーには血の
「遺体があったのはそこ、眼鏡のレンズの破片があったのはそこ、チェーンソーはそこ、血の足跡はそこに沢山あるやつ」
酒野は、アルバイトの新人に備品の場所を教えるような軽い口調で言いつつ、太い指で地面を
石沢は、探偵助手を始めた当初こそ殺人事件の現場を見る
「ふん」
息で返事をした譲三郎には何が見えているのか、石沢には分からない。
「チェーンソーはどっから来たんだね。容疑者の長谷川君は一般人で事務職だというが、友人の紀城君と飲みに行くのに、あんなでかいもんを持ち歩く訳がないじゃろう」
譲三郎は『B1』のテープとその矢印の先、血溜まりが歪な形に大きく剥がれた部分を睨みながら、低い声で言う。
「見るにアスファルトに傷が付いとらんようだし、遺体の切り口は綺麗だったと言うじゃねえの」
譲三郎の黒い目は今度は、遺体が
「それに、服の切れ端が一つも無い。
「今さっき、製造番号から最終購入者を割り出せたんだが、株式会社
ひしゃげたメモ帳を見ながら話す酒野が、言葉の合間に口で何かを噛むようにしているのは、煙草が無い寂しさからだろう。
「で、その会社は、被害者の紀城が所属していた
「つまりあんたらが考えとるのは、帆河組の、建築技術を持つ者が長谷川君と共謀し、縄張り争いの敵である真津組の紀城の殺害、遺体の解体をし、また証拠隠滅のために、長谷川の眼鏡の修理をしたっちゅうことだな」
そう言う譲三郎は酒野の方を見もせずに、鼻の下をぽりぽりと掻いている。
「ああ。今の所、長谷川には紀城を殺す動機は無いから、帆河組から脅されるか、金品を受け取るかして、友人の紀城を
譲三郎は
「ヤクザ同士で殺しなど、今の時代、相当のことが無きゃあ
「だよな」
酒野はそう言って頷くが、譲三郎に「おみゃーは分かっとらんじゃろうが」と突っ込まれ、そこからいつもの楽しい言い合いが始まる。
「絢永さん! 現場! 見てください!」
石沢が叫ぶと、譲三郎はかなり渋々頷き、埃っぽいアスファルトの上をちょこちょこと歩き始める。
「足跡……こりゃ、二人分じゃがな。全部同じ『D』でまとめおって。資料作成が面倒になる」
「え?」と首を傾げる酒野を、譲三郎はふんっと鼻で笑う。
「同じ靴だが、歩き方がちゃう。体重もちゃう。ここは上手に歩いとるが、ここは靴が緩すぎて脱げかけとる。よく見んかね、若造が」
譲三郎は血溜まりの周囲に付いた、石沢には全く同じに見える『D1』から『D71』までの血液の足跡を指差し、酒野にがみがみと説教してから、残酷にも「警察の方ではこの足跡をどう考えとるのかね」などと聞く。
「長谷川のものよりは大きかったから、遺体を解体する前に長谷川は現場から離れ、共犯者が血を踏みながら遺体を解体した。そして現場を離れる前には、血の付いていない靴に履き替えた」
酒野はもう慣れっこなので、適当な口調で言ってあしらう。
「大きい靴なんぞ、それより足が大きすぎない奴なら誰でも履けるわ」
「じゃあ、長谷川が?」
「長谷川君も履けるが長谷川君じゃのうても履けるわ馬鹿が」
譲三郎はただの悪口を言うと、
「石沢君、靴カバーと、テープ、頼む。これ以上腰が曲がらん」
石沢は酒野を後ろ手に掴んだまま譲三郎の世話をして、どうにか酒野の機嫌も取ると、酒野の車に乗り込み、三人で警察の犯罪証拠品保管施設へと向かう――。
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