閏月の姫

夕藤さわな

閏月の姫

 年神様は一年を司る神様です。

 任期は百年。百年が経つと新しい年神様と交代します。

 年神様が交代する時、年神様の娘であり一月ひとつきを司る十二柱の月姫様も一緒に交代します。


 さてさて。

 今日はそんな百年に一度の年神様と月姫様の交代の日。


 真っ白な髪の新しい年神様を真っ白な髭の古い年神様が〝年のおやしろ〟へと招きます。そうして交代に百年暮らしたお社を出ていくとスーッと金色の雲に隠れたそらへと帰って行きました。

 娘である十二柱の月姫様たちも父である古い年神様の後を追ってスーッと金色の雲に隠れたそらへと帰って行きました。


 古い年神様とその娘である十二柱の月姫様たちを見送ると新しい年神様の娘である月姫様たちはそれぞれのお社に納まりました。


 一番上の月姫様は〝睦月のお社〟に。

 二番目の月姫様は〝如月のお社〟に。

 三番目の月姫様は〝弥生のお社〟に。

 四番目の月姫様は〝卯月のお社〟に。

 五番目の月姫様は〝皐月のお社〟に。

 六番目の月姫様は〝水無月のお社〟に。

 七番目の月姫様は〝文月のお社〟に。

 八番目の月姫様は〝葉月のお社〟に。

 九番目の月姫様は〝長月のお社〟に。

 十番目の月姫様は〝神在月のお社〟に。

 十一番目の月姫様は〝霜月のお社〟に。

 十二番目の月姫様は〝師走のお社〟に――。


 この世のものとは思えない色とりどりの美しい衣をまとい、長く美しい黒髪を夜の川のようになびかせて、十二柱の新しい月姫様は階段を昇ってそれぞれのお社に納まりました。

 そして――。


「御姉様。ねえ、御姉様。私のお社はどこ?」


 十三番目の末の月姫様はそれぞれのお社に納まった御姉様たちを見上げて尋ねました。

 十二柱の御姉様たちは末の妹の言葉に驚いてそれぞれのお社から顔を出しました。


「まあまあ、どうしましょう」


「一年は十二ヶ月」


「月姫のお社も十二社」


「けれども、わたくしたち姉妹は十三柱」


「末の妹のお社が足りないわ」


「わたくしたちの可愛い妹のお社が足りないわ」


 年神様の娘はいつだって十二柱。なのに、どうしたことでしょう。新しい年神様の娘は十三柱だったのです。十二ヶ月を一月ひとつき毎、司るはずの月姫様が十三柱。月姫様が一柱多くて、月姫様のお社が一社足りないのです。


「御姉様。ねえ、御姉様。私もお社に入れて。ずっとお外は怖いよ。寂しいよ」


「えぇ、えぇ、もちろん。さあ、こちらにいらっしゃい」


「あら、御姉様ったらズルいわ」


「わたくしだって可愛い妹と一緒にいたいのに」


「さあさ、御姉様たちが喧嘩している間にわたくしのところにいらっしゃい」


 十二柱の御姉様たちは年の離れた小さな末の妹が可愛くて仕方がありません。御姉様みんなに手招きされて末の妹はきょろきょろおろおろ。

 困り顔の末の妹を見兼ねて一番上の月姫様が言いました。


「まずはわたくしのお社にいらっしゃい、可愛い末の妹」


「ズルいですわ、御姉様」


「一番上の御姉様だからって末の妹を独り占めするだなんてズルい」


「一番最初に生まれた御姉様だからって可愛い妹を独り占めするだなんてズルい」


「順番、順番ですよ」


 十一柱の妹たちが一斉に恐い顔になるのを見て一番上の御姉様は楚々そそと衣の袖で口元を隠して肩をすくめました。


「一月はわたくしのお社、二月は二番目の御姉様のお社、三月は三番目の……。そうやって十二ヶ月、十二社、十二柱の御姉様のお社で過ごすのです」


 一番上の月姫様の言葉に十一柱の月姫様はなるほどと頷きます。十一柱の妹たちの顔を見回して一番上の月姫様はにっこりと微笑むと末の妹を手招きました。


「さあさ、いらっしゃい。〝睦月のお社〟にいらっしゃい。可愛い末の妹よ、いらっしゃい」


「はい、御姉様!」


 十三番目の末の月姫様はうさぎのようにぴょんと一跳ひとはね。〝睦月のお社〟の階段を駆け上がろうとしました。

 ところが――。


「きゃ!」


 パチン! と白い火花が散って十三番目の末の月姫様の小さな体は弾かれてしまいました。尻餅をついた末の月姫様は背中からころん、ころころ。転がってしまいました。

 突然のことに目をまん丸くしていた十三番目の末の月姫様ですが、そのうちに顔をくしゃくしゃにして、ふぇーと生まれたての子猫のような声で泣き出してしまいました。


「痛い……痛いよ、御姉様。小さな雷様がピリピリって意地悪するよ」


「まぁまぁ、どうしたことでしょう」


 一番上の御姉様はふぇ、ふぇーと泣く末の妹におろおろするばかり。


「なら、わたくしのお社にいらっしゃい。さあさ、いらっしゃい。可愛い末の妹よ、いらっしゃい」


「痛いよ、御姉様。御姉様のお社もピリピリってするよ」


「次はわたくしのお社にいらっしゃい。さあさ、いらっしゃい。可愛い末の妹よ、いらっしゃい」


「痛いよ、御姉様。御姉様のお社にも入れないよ」


 ふぇ、ふぇーと弱々しい声で泣く末の妹に十二柱の御姉様たちはすっかり困り顔になってしまいました。

 そのとき――。


「恐れながら……」


 恐る恐る声を上げたのは十二のお社に使える十二の神使しんし


 〝睦月のお社〟に仕える二匹のとらと。

 〝如月のお社〟に仕える二匹のうさぎと。

 〝弥生のお社〟に仕える二匹のりゅうと。

 〝卯月のお社〟に仕える二匹のへびと。

 〝皐月のお社〟に仕える二匹のうまと。

 〝水無月のお社〟に仕える二匹のひつじと。

 〝文月のお社〟に仕える二匹のさると。

 〝葉月のお社〟に仕える二匹のとりと。

 〝長月のお社〟に仕える二匹のいぬと。

 〝神無月のお社〟に仕える二匹のいのししと。

 〝霜月のお社〟に仕える二匹のねずみと。

 〝師走のお社〟に仕える二匹のうしと――。


 十二ヶ月それぞれのお社に仕える十二支たちです。


「お社に入れるのはその月を司る月姫様だけなのです」


「十三番目の月姫様は十二のお社のいずれにも入ることはできないのです」


「それに十三番目の月姫様は司る月をお持ちでない」


「司る月を一日もお持ちでない」


「ですので、十三番目のお社を作ったとしても入ることができないのです」


「司る月を一日もお持ちでない末の妹君はお社に入ることができないのです」


 十二支の話を聞き終えて十二柱の御姉様たちは青ざめました。このままでは百年もの間、末の妹はどこのお社にも入れず、野晒しで、怖くて寂しい思いをすることになってしまいます。

 十二柱の御姉様たちよりも青ざめたのは末の妹です。このままでは百年もの間、自分はどこのお社にも入れず、野晒しで、怖くて寂しい思いをすることになってしまいます。


「御姉様。ねえ、御姉様。どうか一日分けてください。月の最初や途中の一日を取ってしまったら困ってしまうでしょう。だから、月の最後の一日を分けてください。そうして、私が司る十三番目の月と私のお社を作ってください」


 泣きながら懇願する末の妹に、しかし、十二柱の御姉様たちは首を縦に振ることができませんでした。


「なりません! 月姫様がた、なりません!」


 十二支たちが声をあげて首を横に振ったからです。


「一番目と三番目と五番目、七番目と八番目と十番目、そして十二番目の月姫様が司る月は三十一日と決まっております」


「四番目と六番目と九番目、そして十一番目の月姫様が司る月は三十日と決まっております」


「一番目と三番目と五番目、七番目と八番目と十番目、そして十二番目の月が一月ひとつきでも三十日になってしまっては困ってしまいます」


「四番目と六番目と九番目、そして十一番目の月が一月ひとつきでも二十九日になってしまっては混乱が起きてしまいます」


「いくら末の妹君が御可愛くても、たった一日も分けて差し上げるわけにはいかないのです」


「いくら十三番目の月姫様が御可哀想でも、たった一日も分けて差し上げることはできないのです」


 十二支たちの言葉に十三番目の末の妹はすっかり項垂れてしまいました。十柱の御姉様たちが駆け寄ってきて次々に抱きしめても俯いたままです。

 そんな中――。


「御姉様や妹たちが司る月の最後の一日を分けてあげることができないと言うのなら。三十一日や三十日を分けてあげることができないというのなら。わたくしが司る月の最後の一日を分けてあげることはできないかしら? 可愛い末の妹に分けてあげることはできないかしら?」


 二番目の月姫様が十二支たちに尋ねました。

 十二柱の月姫様たちの中で一番小柄な月姫様。小さな小さな末の妹よりは背が高いけれど、十二柱の姉の中では一番小柄な上から二番目の御姉様。二月を司る月姫様が十二支たちに尋ねました。


「二番目の月姫様の一日を、ですか?」


「二月の最後の一日を、ですか?」


 二番目の月姫様の言葉を繰り返したあと、十二支たちは首を横に振りながら声を揃えて言いました。


「いけません。二番目の月姫様が司る月は二十八日と決まっております」


「いけません。二番目の月姫様が司る月は二十九日と決まっております」


「二月の最後の一日も……二十八日も分けて差し上げるわけにはいかないのです」


「二月の最後の一日も……二十九日も分けて差し上げるわけにはいかないのです」


 声を揃えて言ったはずなのに十二支たちの声は揃いません。はて? と十二支たちは顔を見合わせました。


「二月の最後の一日は二十八日だろう?」


「いやいやいや。二月の最後の一日は二十九日だ」


「二十八日だろう?」


「二十九日だ」


「二十八日だろう?」


「二十九日だ」


 十二支たちが言い合う様子を見て十三番目の末の妹も十一柱の御姉様たちもどうしたことかと目を丸くしました。二番目の御姉様だけが微笑んでいます。口元を衣の袖で隠してにこにこと微笑んでいます。


「わたくしが司る二月の最後の一日は二十八日。ですが、四年に一度の閏年には二十九日になりますよね」


「はい、確かに」


「ええ、確かに」


 二番目の月姫様の言葉に十二支たちが揃って頷きます。


「わたくしが司る月の最後の一日は二十八日であり二十九日であり、二十八日とも二十九日とも決まってはおりません。それならば、可愛い末の妹に二月の二十九日を分けてあげることもできましょう。ほんの百年の間だけ分けてあげることもできましょう」


 十二支たちが揃って何かを言う前に、二番目の月姫様は十三番目の末の月姫様の前に膝をついて尋ねました。


「分けてあげられるのはわたくしのたった一日。それも四年に一度しかやって来ない二十九日だけです。きっとお社も小さな小さなものになってしまうでしょう。それでも良いですか?」


 十三番目の末の月姫様は二番目の月姫様の目をじっと見つめて尋ねました。


「二番目の御姉様が司る月は他の御姉様たちが司る月よりも日が少ないです。それなのに私が貰っても良いのですか?」


 心配そうな顔で尋ねる末の妹に二番目の御姉様は目をパチパチ。でも、すぐににっこりと笑って言いました。


「えぇ、もちろん。それに、わたくしだけではありません。分けてあげられるものならどの御姉様もそうしたはずですよ」


 にっこり微笑んでじっと自分を見つめる二番目の御姉様と、心配そうな顔でじっと自分を見つめる十一柱の御姉様たちを見上げて十三番目の末の月姫様はにっこりと笑いました。


「ありがとうございます、二番目の御姉様。それから他の御姉様たちも。私、とっても嬉しいです!」


 可愛い末の妹のくしゃくしゃの笑顔に十二柱の御姉様たちはもちろん、不安げな顔で事の成り行きを見守っていた十二支たちもつられてにっこり。


「それでは早速、お社をご用意いたしましょう」


「十三社目の月姫様のお社をご用意いたしましょう」


「十三番目の月姫様のためのお社をご用意いたしましょう」


 そう言って十二支たちはあっという間に小さなお社を作り上げてしまいました。〝如月のお社〟と〝弥生のお社〟の間に小さな小さなお社を作り上げてしまいました。

 十二柱の御姉様たちが百年を暮らすお社に比べるとずっと質素でずっとずっと小さなお社。


「素敵! とっても素敵なお社ね!」


 だけど、十三番目の末の月姫様は手を叩いて大喜びです。


「あとは神使がいれば完成なのですが」


「十三番目のお社と十三番目の月姫様にお仕えする神使がいれば完成なのですが」


「我らは十二支。十三番目の月姫様にお仕えできる者がいない」


「さて、どうしたものか」


 十二支たちが困り顔を見合わせているとゴロニャンと喉を鳴らして日向ぼっこをしていた白と黒の二匹の猫が言いました。


「いるだけでいいいなら俺たちがやってやろうか」


「百年だけでいいなら俺たちがやってやろうか」


 この猫たち。

 十二支を決めるために神様が開いたかけっこを〝寝ていたい〟〝十二支のお仕事なんて面倒くさい〟と言って参加しなかった猫たちです。

 十三番目のお社と十三番目の月姫様にちゃんとお仕えしてくれるのか。不安そうな顔の十二支たちをよそに十三番目の末の月姫様は白と黒の二匹の猫を抱き上げると頬擦りして言いました。


「白猫さん、黒猫さん、よろしくね!」


 ゴロニャンと喉を鳴らす猫を抱えて十三番目の月姫様は小さな小さなお社の階段を駆け上がりました。今度はパチン! と白い火花が散って十三番目の末の月姫様の小さな体が弾かれることもありません。

 可愛い末の妹が小さなお社に納まったのを見て十二柱の御姉様たちはにっこり。十二支たちもにっこり。

 声を揃えて言いました。


「〝閏月うるうづきの月姫様〟、御成ーりぃー!」


 さてさて。

 こののち、〝閏月のお社〟に納まる月姫様が現れることはありませんでした。

 今の〝閏月のお社〟には白と黒の二匹の猫がいるだけ。百年の間、なんだかんだで甲斐甲斐しく十三番目の月姫様にお仕えした白と黒の二匹の猫がゴロニャンと日向ぼっこをしているだけ。

 小さな小さなお社の中、二匹の猫は今日も十三番目の月姫様がお座りになっていた敷物の上でゴロニャンと日向ぼっこを楽しんでいるのです。

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