第25話 壊滅
とりあえずその日の夜はジンのお言葉に甘えて、俺とミユとジュジュの三人は彼の家に泊めて貰うことになった。
これから王国を出てからもお金の問題は常に付きまとう。
こういうところでお金を節約できることはありがたい限りだ。
あ、ちなみにユーナは実家近くの宿屋に泊まったようである。
昨日の夜に彼女の自室の窓の桟に宿代を置いておいてやると、いつの間にかそのお金はなくなっていた。
小鳥の餌付けかよ……。
近くの宿屋から魔法波を感じたのでおそらくそのお金を使って宿に泊まったようである。
ユーナのお母さま曰く、一緒に置いておいた手作りのおにぎりも朝にはなくなっていたので空腹の心配もなさそうだ。
ということで宿泊をさせて貰った上に朝食までお世話になった俺たちは、お返しに軽く掃除のお手伝いをしてジンの家をお暇することにした。
さて、これからの一週間、どうやって時間を過ごそうか……。
それが俺たちの喫緊の課題である。
「さっきギルドを見たけれどろくな依頼はなかったにゃ……。この辺は山も少ないし魔物もあまりでないそうにゃ……」
「なるほど……じゃあ下手に依頼を受けても無駄に体力を消耗するだけかもな……」
「お兄ちゃん、お金ならいっぱいあるんだし、私おにいちゃんと楽しいこといっぱいしたいなぁ……」
「おうおう、成金みたいなことを言ってくれるじゃねえかよ」
残念ながらミユの言うような金銭的な余裕は俺にはない。
確かに盗賊を討伐して手に入れた報酬はかなりの金額ではあったが、俺たちは残念なことに四人で行動することを余儀なくされている。
必然的に船の乗車券も宿代も食費代も四倍かかるのだ。
ガダイのギルドで報酬を稼ぐことが厳しい現状、少しでもお金を節約しておきたい。
ジンは『ウィレムさまのお気に召すまでうちでお過ごしください』と言ってくれたが、ルシタファのさらなる追っ手には、ミユのように俺の居場所を突き止めてくる奴らだっているかもしれないのだ。
そういう相手がやってきた場合、ジンたちユーナの家族に被害が及ぶ可能性があるため、これからはできるだけジンとは距離を取っておきたい。
「あ、こっちの宿はさっきのよりももっと安いにゃ」
と、そこでジュジュが近くの宿屋を指さす。
「おー確かにさっきの宿よりも一割ぐらい安いな。とりあえずはこの宿を第一候補ということにしておこう」
なんて会話をしながら、どうすれば安いお金で一週間を過ごせそうかを考えていく。
それはそうと……。
ガダイの市場を歩いていた俺たち一行だったが、俺は先ほどから妙な違和感を抱いていた。
「おい、ミユ……匂わないか?」
その違和感の正体を探るべくミユにそんなことを尋ねてみる。
すると、ミユは「よくわかったねお兄ちゃん」と俺を褒めてくれた。
「東側からほんの少しだけど匂うよ」
「やっぱり……」
俺が先ほどから抱いていた違和感。それは魔法波である。
もちろんこの人の多い市場である。人が多ければ多いほど魔法波は至る所から放たれそれが乱反射して俺のところに届いているのだが、それとは違う魔法波を俺は感じ取っていた。
いままで感じたことのないような地響きのような魔法波。しかも、それはガダイから見て東側の上空から漂ってきており、その魔法波は時間が経つにつれてより大きくなっている。
何か良からぬものが俺たちの方へと向かってきている。
とりあえずミユがなんか事情を知ってそうだから聞いてみるか……。
「おい」
と、相変わらず俺の腕に縋り付くミユに顔を向ける。
「な~に?」
「この違和感の正体はなんだ?」
単刀直入にそう尋ねると、彼女は首を傾げながら人差し指を頬に当てる。
「この匂いはシルクさまの匂いだね」
「シルクってお前らルシタファを取り仕切っているケチなおばさんのことか?」
「そうだよ。ケチなおばさんのことだよ……」
「なるほど……」
と、ミユから情報を色々と得ていた俺だったが、そんな俺の隣でジュジュの動きがピタリと止まる。
ん? どうした?
「なんだよ……時間でも止められたのか?」
なんて冗談めかして尋ねてみるが、ジュジュの表情が急激に青ざめていき、体をぶるぶると震わせるのを見て心配になってくる。
「おい……ジュジュ? どうかしたのか?」
「そ、それは本当かにゃ?」
「は、はあ? 本当って何がだよ」
「本当にシルクさまの気配を感じるにゃ?」
「まあ俺は知らないけどな。ミユが言うにはシルクさま……とやらの匂いがするらしい」
そう答えるとジュジュの表情がさらに青ざめる。
「そ、それはまずいにゃ……。わ、私たち全員殺されるにゃ……」
「は、はあっ!? そんなにシルクって奴はヤバい奴なのか?」
「ヤバいなんてものじゃないにゃ……。シルクさまを怒らせたら誰にも止められないにゃ……」
そう言ってジュジュはその場にしゃがみ込むと頭を抱えて震え始める。
なんだかよくわからないが、そのシルクとやらはとんでもなく強いらしい。
おいおいマジかよ……船の出発まではまだ一週間近くあるんだぞ?
「と、とりあえずどこかに身を潜めた方がいいんじゃないのか?」
「わ、私、山に逃げるにゃっ!?」
そう叫ぶとジュジュは俺たちの前から姿を消そうとしたので、その首根っこを掴む。
「ああ? お前にはそのシルクとやらのことを色々と聞かなきゃならない」
「やーにゃっ!! 放すにゃっ!! 私だけでも生き延びたいにゃっ!!」
などと叫びながら暴れるジュジュをこっちに向かせて顔を近づける。
「ならばせめてそのシルクとやらが具体的にどこがどう強いのか俺に全て話してからにしろ」
「話したら放してくれるにゃっ!?」
「お前の情報が有益だったら放してやってもいい」
まあ、こいつを野放しにするつもりなんてさらさらないけどな。
「そ、そにょ……シルクさまはリクトワイバーンの使い手にゃ」
「ん? リクトワイバーン……それってリクテン王国に生息するとかいう伝説の龍のことか? あ、あれって実在するのか……」
「実在するにゃ。私も見たことがあるにゃ」
「それでそれで?」
「龍がいなくてもシルクさまは強いにゃ」
「いや、だから具体的にどう強いのか聞いてんだよ」
「た、たとえば上を下にして右を左にすることができるにゃ……」
はあ? なに言ってんだこいつ……。
そのジュジュの意味不明な説明に首を傾げていた俺。
が、その直後、俺はふと妙な浮遊感を抱いた。
なんじゃこりゃ……と思った瞬間、さっきまで地面だった物が天井に変わった。
いや、自分でも意味がわからないけれどそうなったのだから仕方がない。
それまで俺が上だと思っていたものが下になり、下だと思っていたものが上になった。
つまりどういうことかというと……。
「なっ!?」
俺は地面から上空へと落下しはじめた。
俺だけではない。俺とミユとさらにはジュジュもまるで地面から上空に真っ逆さまに落下したのだ。
おそらく周りの人間は俺たちが急に上空目がけて飛び上がったように見えただろう。
「にゃああああああああっ!!」
「なああああああああっ!!」
まるで重力が反転したように俺たちは上空へと勢いよく落下していく。
が、上空何メートルなのだろうか? 雲に手が届きそうなほど上空まで落下したところで俺たちの体はピタリと静止した。
そして、ピタリと静止したところで俺は視界に巨大な飛龍を捕らえる。
「おいジュジュ……」
「な、なんにゃ……」
「お前が言った上を下にするってのはこういうことか?」
「…………そ、そうにゃ……」
俺はジュジュの言っていたわけのわからない説明の意味がよくわかった……。
「そんでもってお前が言ってたリクトワイバーンってのはあの龍のことか?」
「…………そ、そうにゃ……」
「なるほど……」
俺は空中に静止したままワイバーンへと視線を向ける。茶褐色のその龍はワニのような双眸を俺に向けてその場で羽を羽ばたかせている。
そして……。
「余計な手間をかけさせてくれたわね……」
そんなリクトワイバーンの顔の横からなにやら見知らぬ女性の顔が現れた。
「おい、もしかしてあの人って……」
「し、シルクさまにゃ……」
どうやら俺は見つかってしまったらしい。
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