第24話 あーしの実家

 というわけでユーナがいなくなった。


 と言っても魔法波でおおよその場所はわかっているし、ミユも匂いで場所を特定している。今のところどこか遠くに逃げる様子もないのでしばらくは放っておいてもよさそうかな。


 そう判断した俺たちはとりあえずユーナ(本名ユキコ)の母親に接触することにした。


 最初のうちは俺に『私の娘に変なことしてないでしょうね』というような冷たい視線を送っていた母親だったが、事情を説明するうちに俺を信用しようという気持ちになってくれたようで安心した。


 まあ事情って言っても丸々話すわけにもいかないので、かなりオブラートに包んだけどな。


 初めのうちは「バカな娘がすみません」だとか「ホント何を考えているのかしら?」等々愚痴をこぼしていた母親だったが、本音としては娘が生きていたことに安堵するとともに、娘のことを心配しているようだ。


 彼女の言葉と心配そうな顔を見た俺は、これはなんとかしてやらないとかわいそうだなという気持ちになってくる。


 いや、ホント老婆心なのはわかってるけどね……。


 とりあえず一週間ほどガダイに滞在することを母親に伝えると「それならうちに泊まって行きなさい」と言ってくれたので、俺たち一行は母親に連れられてユーナの実家へと向かった。


 ユーナの実家はなんというか前の世界にあった日本家屋のような木造二階建ての建物だった。


 なんだか懐かしいな……なんて考えながらもユーナの実家にお邪魔することにする。


 靴を脱いで家に上がるとユーナの父親らしき中年の男が俺たちを出迎えてくれた……のだが。


「うぃ、ウィレム殿下……」


 中年の男は俺の顔を見るなり、顔を青ざめさせてそんなことを呟いた。


 おいおい……なんで俺の名前を知っているんだよ……。


 突然本名で名前を呼ばれた俺が一人動揺していると、男は何やらその場に跪く。


「え、え~と……どなたでしたっけ?」

「ははっ!! 私はジンにございます。殿下の幼少期、お妃さまがご存命のときにウィレム殿下の家庭教師をさせていただいた者にございます……」


 ん? ということでそのジンと名乗る男の顔をマジマジと眺めてみた。


 おーそう言われればジンという名前にも、おっさんの顔にも見覚えがあるぞ。


 ということで記憶を遡ってみると、俺がまだ次期国王として英才教育を受けていたころに歴史を教えてくれていた家庭教師と同じ顔をしていることに気がついた。


「おおっ!! ジンではないかっ!! 久しぶりだなっ!!」

「お久しぶりにございます。で、ですがウィレム殿下はどうしてこのようなところに……」

「ま、まあ事情はおいおい説明しよう。とりあえずそなたたちは娘の心配をしておれ」

「む、娘? うちのユキコがいかがいたしましたか?」


 あ、そうだ。おっさんにはまだ事情を説明していないんだった。


※ ※ ※


 ということで俺は昔の家庭教師と奇跡的な再会をした。


 が、逆に言うと俺のことがウィレムだとバレてしまった。その結果、ユーナ(本名ユキコ)の母は俺に跪いてさっきの無礼を俺にわびる。


 良かれと思って謙ってくれているのはわかるけれど、ここまで崇められるとそれはそれでやりづらい。


「何かご要望があればなんなりと私たちにお申し付けください。どのようなことでも身命を賭していたします」


 なんて言われて困りつつも、俺は彼らに一つ命令をすることにした。


「とりあえず今の俺は王子であって王子ではない。必要以上に謙るようなことはないように」


 そんな俺からの命令に夫妻はやや困ったような表情を浮かべていたが「ウィレムさまがそうおっしゃるのであれば」と納得してくれた。


 が、まあ俺たちの事情を知ってくれている人間がいるというのはリスクはあるけど、少しだけ安心する。


 だからジンには全てのことを説明しようと思ったのだが、説明するまでもなくジンは全ての状況を理解してくれたようだ。


「聞いたところによると、ザルバ陛下はウィレムさまではなく実の息子であるルワンさまを寵愛しているとか……。ウィレムさまの心中をお察しいたします」

「まあそういうことだ。とりあえずこのままリクテン王国にいればいずれ私は殺されるだろう。そうなる前にできる限り遠くの国に逃げのびたい」

「それがよろしいかと。船が出るまでの間はどうぞ我が屋を好きなようにご利用ください」

「うむ、それは心強い……」


 とは言ったが、ジンの家を騒動に巻き込むのは良心が痛む。


 施しを受けることはあるかもしれないが、必要以上に甘えるのはよした方が良さそうだ。


 それよりも……。


「ユーナ……じゃなくてユキコのことだが……」


 とりあえずギャルのことについて両親に尋ねることにした。そんな俺の単刀直入な質問に夫婦は顔を見合わせて少し困ったような顔をする。


「まあどうしても話したくないのであれば無理強いはしないけれどな」

「い、いえ……そのようなことは……」


 とジンは答えつつもしばらく黙り込んだ。が、ユーナの母親から「あなた」と促されて重い口を開く。


「ユキコには酷いことをしたと思っています……」

「酷いこと?」

「彼女の気持ちを無視して我々の理想を押しつけてしまったということです……」


 そう言ってジンは自分たちの親子関係について話し始めた。


 ジンの説明を端的に言うと、彼ら夫婦はユーナに英才教育を行ったらしい。


 細かい所作から勉学に至るまで、朝から晩まで彼女が夫婦にとって理想の令嬢に育つように厳しい躾を行っていたのだという。


 いずれは俺のメイドとして城に仕える立派な大人になって欲しいと期待していたようで、ユーナ自身も幼いころは両親の期待に応えようと頑張っていたらしいが、思春期を迎えると同時に彼女の限界が頂点に達したらしい。


 が、そんなユーナの心変わりにも気づかず、夫婦が娘に期待して厳しい英才教育を施していた三年前のある日、ユーナは突然書き置きをして家からいなくなったという。


 始めはどうして娘がいなくなったのかわからなかった夫婦だったが、次第に自分たちが彼女を厳しく育てすぎたことに気がつき、今となってはそのことを反省しているんだって。


 おそらくユーナの今のギャルっぽいスタンスは、両親に押さえつけられて育った反動なのだろう。


 が、両親が子どもに期待をしてしまう気持ちもわからないわけではない。


 そして親子の関係を断ち切るほどの大きな確執がないことにわずかに安堵もした。


「娘は私たちを恨んでいるでしょうか? まあ恨まれていたとしても文句は言えませんが……」


 なんて言いながら項垂れるジン。


「さあどうかな? それは本人に聞いてみなければわからんな」


 俺だってユーナと出会ってまだ一週間前後しか経っていないのだ。彼女が夫婦を恨んでいるかどうかなんてわからない。


 夫婦になんて言葉をかければいいのか答えあぐねていると、ふとジンが「娘の部屋をご覧になられますか?」と謎の提案をしてきた。


 別に見てどうなる……ということではないが、ユーナがぐれる前はどんな女の子だったのかは少しだけ気になる……。


 ということで俺たちはジンの案内によって二階の彼女の部屋にお邪魔することになった……のだが。


「なんじゃこの部屋は……」


 なんというかユキコの部屋は想像以上に凄かった……。


 本、本、そして本。


 今のユーナからは想像できないほどにユキコちゃんの部屋には所狭しと本棚が並んでおり、本棚には小難しそうな本がずらりと並んでいた。


「できればもっと専門的な書物も集めてやりたかったのですが、いかんせん我が家の財力では……」

「いやむしろ多すぎだろっ‼︎ 俺だってここまで本に埋め尽くされた生活を強いられたらぐれて家出するぞ……」


 その巨大すぎる両親の娘への期待に呆れつつも、彼女の机を軽く物色してみる。


 あ、ちなみにミユは少し埃っぽいユキコちゃんの部屋の匂いを気に入ったようで、部屋を物色しながらくんくんしている。


 引き出しを開くとそこにはグルグル渦巻きの瓶底眼鏡が置かれていた。


 うむ、ユーナがこの眼鏡をかけているところを一度でいいから見てみたい。そんなことを考えながら、こっそり眼鏡を拝借する。


 引き出しには他にも筆記用具や細やかな楽しみなのだろうか砂浜の小さな貝殻の入ったガラスの瓶が整理整頓されて収められていた。


 こういうところを綺麗にしておくかどうかで性格って出るよね……。


 普段はあーしあーし言っているが、こいつは根っこのところでは真面目っ子なのがよくわかる。


 ん?


 っとそこで俺は日記帳のような物が引き出しに入っていることに気がついた、


 こいつ几帳面に日記までつけていたのか……。


 なんて考えながら引き出しから日記を取り出そうとしたのだが……。


「それは見ちゃダメっ‼︎」


 そんな声が室内に響いたかと思うと、いつの間にか俺の手から日記帳が消えていた。


 窓の外を見やると日記を抱えたユキコちゃんが窓から飛び出していく姿が一瞬見えた。


 が、ジンは三年ぶりの親子の再会に気づいている様子はないようで「いったいどこで何をやっているのか……」と呑気なことを言っている。


 まあ船が出るまで一週間もあるのだ。修復できない深刻が溝があるわけでもないし、せめて船が出航するまでには仲直りができればいいんだけどな。


 なんて考えながら引き出しを閉めた。


※ ※ ※


「あーむかつくむかつくむかつくっ‼︎」


 リクテリア王国リクテリア。その上空を西方に向かって飛翔する一羽の巨大な飛龍の姿があった。


 リクトワイバーン。


 リクテン王国の紋章のデザインにもなっているその巨大な飛龍は、見ると幸せになると王国民に言い伝えられている伝説の飛龍である。


 そんな飛龍が王都上空を優雅に飛翔する。


 リクテリアの王国民たちからの視線を地上から浴びながらも、龍の上に座るシルクの心中は穏やかではなかった。


 本当ならばとっくに王子を城に連れ戻して、大金を手にした彼女は南の国に秘薬を求めて美容旅行に向かっているはずだった。


 が、部下がしくじった。


 最初に送ったミユだけであればまだ許せなくもなかった。が、そんな彼女の尻拭いをするために送り込んだバカ二人もしくじった。


 その結果、シルクは全ての予定をキャンセルして直々に王子奪回へと向かうことになったのだ。


 ルシタファの看板に泥を付けられ、さらにはストレスで彼女のアンチエイジングを邪魔する小娘三人を許すわけにはいかない。


 さらにはこそこそと逃げ回る王子も一発ぶん殴らないことには腹の虫が治まらない。


「地獄に落としてやるわ……。覚えていなさい……」


 自分をこけにした代償は大きい。


「五体満足で城に戻れるなんて間違っても思わないことね……」


 シルクは西方へと顔を向けまだ見ぬ憎き王子に復讐を誓うのであった。

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