第23話 あーし実は高校デビュー

 それから長距離馬車に乗って俺たち一行は西へと向かった。


 いやぁ……キツいっす……。


 前世のころから長距離バスは苦手な方だったけど、馬車はその比じゃなかった。


 バスと違ってろくなサスペンションはついていないし、それ以前にこの世界にはアスファルトという概念が存在しない。


 途中で馬の交代や休憩を挟みながら数日間馬車に乗ることになったが、目的地に到着することには俺は死にかけていた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「あーし、気分が悪くなったときに飲むクスリ持ってるし。飲むし?」

「おなか減ったにゃ……」


 などなどすっかり乗り物酔いをして、待合所のベンチで死にかけている俺にバカ三人が思い思いの言葉を口にする。


 とりあえずあーしのユーナから貰った謎の粉末を飲んだ俺の気分が復活するまで三〇分近い時間を要することになった。


 が、


「い、いよいよ来た……」


 地獄のような馬車移動の末、俺たちがやってきた場所、そこはガダイという港町だ。


 ここは俺が目指した海外への定期便の出ている街。


 その証拠に港には大小様々な船が停泊しており、中には海外に向かう客船なのだろうか? 乗船客と埠頭でお見送りをする人々が別れを惜しむように手を振る姿も見える。


「海外に行くつもりにゃ?」


 と、船を眺める俺にジュジュが尋ねてきた。


「ああ、そのつもりだ。さすがに国外に出ればリクテン王国もそう易々と手を出すわけにもいかないだろうし、どこか平和な国に移動してほとぼりが冷めるのを待ちたい」

「あーし南の島が良いし」

「いや、お前の意見は特に聞いてない」


 が、確かにユーナの言うとおり寒いところよりも暖かいところの方が、農業をやるにしても作物が育ちやすそうな気がする。


 まあどこに向かうにしても、とりあえずはこの国から脱出するのが第一目標だ。


 北に行くにも南に行くにもまずは国外に出て安全を確保してからになりそうだ。


 ということで俺はバカ三人を引き連れて『ガダイ観光』と書かれた建物へと足を踏み入れた……のだが。


「はあっ!? 一週間後っ!?」


 旅行代理店に入った俺はおねえさんの言葉に耳を疑った。


「もうしわけございません。国際線は週に一度しか出ておりません。週に一度の国際線は先ほどガダイ港を出港いたしましたので、また一週間お待ちいただくしか……」


 どうやらさっき港で見た客船が週に一度の国際線だったらしい。


 暢気にさすがは港町だなと眺めていたけど、そんな悠長なことを考えている場合ではなかったようだ。


「他に国際線はないんですか?」

「ございません……」

「そ、そうっすか……」


 ということで俺はとりあえず一週間後に出港するという船のチケットを四人分購入してとぼとぼと旅行代理店を後にした。


 まあ出ないものはしょうがない。


 さらなる追っ手がやってくるのはかなり面倒だけど、この街に一週間潜んで船が出るのをひっそりと待つしかない。


 ということで急ぐ理由がなくなってしまった俺たちは、そろそろ昼飯でも食おうということになってガダイの港町を歩いていた……のだが。


「はわわっ……」

「…………」

「はわっ!? はわわっ……」

「…………」

「はわ……はわわ……」


 さっきからギャルの様子がどうもおかしい。


 いつもならば面倒くさそうにだらだらと歩くユーナだが、今日のユーナはなにやら顔を真っ赤にしたまま人目を気にするように歩いている。


 なんなら俺の背中を勝手に壁にして街ゆく人々から顔を隠そうとしているようだ。


「おい、お前は何にそんなにびびってんだよ……」

「はわわっ……べ、別にびびってないし……」

「いや、あきらかに挙動不審だろ……」

「…………」


 そんな俺の指摘にユーナは相変わらず俺の背中に顔を隠していた。


 が、不意に背中から顔を出すと、今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げた。


「が、ガダイはあーしの地元だし……はわわっ……」

「おおそうなのか。で、それと挙動不審なのと何の関係があるんだ?」

「そ、それはその……あんたに関係ないし……」


 ほぉ……そんな態度を取るのか……。


 じゃあ、こっちにもこっちのやり方がある。


 ということで俺はすっとユーナの前から、彼女の後ろ側に回り込んで彼女をガダイの民衆に晒してやった。


「はわわっ!? や、止めて欲しいしっ!!」


 そんな俺の行動にユーナは顔を真っ赤にすると両手で顔を覆った。


「もしかしてあれか? この辺では札付きの悪で見つかると保安官に捕まるとかそんなか?」

「違うし……あーし地元の迷惑になるようなことしてないし……」

「じゃあなんでそんなに恥ずかしがるんだよ……」

「…………」


 ユーナは顔を両手で隠したまま黙り込んだ。が、ふいに顔から手を離して真っ赤な顔で俺を見やると「わ、笑わない?」と何かの確認を取ってきた。


「いや、別に笑わねえよ……」

「ホントにホント?」

「ホントにホントだよ」

「ホントにホントにホント?」


 いや、しつこいな……。


「ホントにホントにホントだよ。神に誓って笑わない。これでいいか?」


 まあ俺は無神論者だけどな。


 俺の言葉にユーナはようやく決心を付けたのか、俺の耳元に唇を近づけると、ごにょごにょと事情を話し始める。


「そ、そういうことだし……」


 なるほど、事情を理解した。


 彼女の説明を簡単に説明すると彼女は高校デビュー組らしい。


 なんでも彼女はガダイにいたときは瓶底眼鏡を着用して三つ編みお下げ姿だったんだって。


 だから地元の知り合いはガリ勉地味子時代のユーナのことしか知らないから、もしも地元の人間に今の姿を見られたら『あいつ高校デビューしてんじゃんっ!!』って後ろ指を差されてしまうらしい。


 なるほど……確かにそれはちょっと恥ずかしいかも知れない……。


「だからここにいる間は背中貸して欲しいし……」


 そう言ってユーナは再び頬を真っ赤にすると俺の背中に顔を隠し始めた。


 が、しばらく歩いたところで……。


「ゆ、ユキコ……なのかい?」


 そんな声が背後から聞こえて俺たちは足を止める。


 ユキコなんて名前の人間は知らないが、なんだか自分たちに声をかけられたような気がしたので振り返ると、そこには野菜の入ったカゴを持った中年の女性の姿があった。


 だ、誰だ?


 彼女はなにやら俺の方を見ている。が、残念ながら俺の名前はユキコではないし、俺はこの女性の顔を知らない。


 いや、待て……。


 そこで俺は気がついた。最初は女性の視線が俺に向いているのかと思ったが、どうやら彼女の視線は俺の背中に隠れているギャルに向いているようだ。


「おい、お前の知り合いか?」

「あ、あーし、あんな人知らないし……」

「や、やっぱりユキコだねっ」


 が、ユーナの言葉とは裏腹にその女性は何かを確信したようにこちらに歩み寄ってくると、俺の背中に隠れるギャルの腕を掴んで強引に引っ張った。


「ユキコっ!! こんなところでなにやってんのっ!?」

「はわわっ……。ま、ママっ!?」


 なるほど、なんだかよくわからんがなんとなく状況が理解できた。


「どこをほっつき歩いてると思ったら、こんなどこの馬の骨ともつかない男にうつつをぬかしていたのねっ!! パパはカンカンよ。早く家に帰りましょっ!!」


 お、お母さま、一応俺王子っす……。


 が、そんな俺の心の声がお母さまに通じるわけもなく、お母さまは『よくも私の娘を連れ回してくれたわね』というような一瞥を食らわせてくるとユーナの腕を引っ張ってどこかへと歩いて行く。


「ちょ、ちょっと放してだしっ!!」

「あーやだ。どこでそんなヘンテコなファッションを覚えたのかしら? お母さん恥ずかしくて外も歩けないわ」

「ヘンテコなファッションじゃないしっ!! 可愛いしっ!!」


 などと言い争いをするユーナと母親の会話を俺たち一行は呆然と眺めることしかできない。


 が、母親からのガミガミにユーナは堪忍袋の緒が切れたのか、力尽くで母親の腕を振りほどくと「私のことはほっといてだしっ!!」と母親を睨みつけて姿を消した。


 まあ魔法波が出ているからどこに隠れているかは丸見えだけど。


 とりあえずユーナ(本名ユキコ)と母親の関係は芳しくないようである。


 呆れたようにどこかへと消えたユーナを探しながらため息を吐く母親を見て俺は思った。


 これは親子の関係を修復しておかないとユーナの奴も後悔するなと……。


 何せ親という生き物はある日突然死ぬのだ。そのことを嫌と言うほど知っている俺はユーナのことを放っておけなかった。

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