第22話 ルルは最強
かくして俺たちは無事生還することに成功した。
アジトは手下たちが勝手に破壊してくれたし(そのせいで死にかけたけど)、ボスはボスでユーナに洗脳されて、すっかり憑きものが落ちたようで近くの保安官の元へと出頭した。
宝物は半分近く消失したが、それでも残った物は持ち主の元に戻るそうで、残りのお金はボスと捕まった残党たちの手によって強制労働で返済していくらしい。
というわけで。
「凄いお金だにゃっ!! これだけあればご馳走が食べ放題だにゃっ!!」
俺たちはギルドのおねえさんから報酬として大金を受け取った。
そして化け猫は目の前の大金に目がくらんだようで、さっきから調子の良いことばかり言っている。
が、どうやらこいつは忘れてしまっているようだ。
出禁になった宿屋の修繕費用を俺が肩代わりしたという事実に。
あ、ちなみにユーナの方はというと……。
「最悪だし……。ベトベトが全然取れないし、なんだか臭いし……」
あの異常性癖童貞糸吹きアナコンダに吐かれた糸がなかなか取れないようでげんなりしている。
どうやら目の前の現金に興奮している余裕はないらしい。
「お兄ちゃん、さすがにユーナが可愛そう……」
「ま、まあ、さすがにな……」
おそらくだがその糸の匂いは洗濯をしてどうこうなるような代物ではなさそうだ。
こいつらが支払うべき修繕費を立て替えている手前気乗りはしないが、彼女には新しい洋服を買ってやるしないようだ。
「めっちゃくさいし……。あんなキモい蛇のせいで……」
「いや、まああのアナコンダのおかげで助かったわけだしさ」
なんだろう。彼女の怒りの矛先は蛇に向いているはずなのに、前世の俺もあの蛇同様に陰の雰囲気を出していたから、彼女の言葉はほんの少し俺にも刺さる。
「で、これからどうするにゃ……」
と、そこでいつの間にか現金から俺へと視線を向けていたジュジュがそんなことを尋ねてくる。
「そうなんだよな……」
問題はそこである。
いや、もちろん俺の目的は一日でも早く王国を脱出することだ。が、そんな俺にとってこいつら三人はお荷物以外の何者でもない。
俺はどこか遠くの国でひっそりスローライフでも送りたいと思っているのだ。
そんな俺にとってこいつらは癖が強すぎる……というか騒がしすぎる。
普通に考えればこいつらを解放して、身を軽くした状態でこっそり国から出たい。
が、こいつらはルシタファのメンバーだ。こいつらにはバッチリ顔を覚えられているし、俺の居場所をチクられるのは面倒すぎる。
解放しても地獄、連れて行っても地獄……。
いや、詰んでるでしょ。
「ジュジュはこれからどうするんだし?」
と、そこで洋服のネバネバを諦めたユーナがジュジュに尋ねる。そんなユーナの言葉にジュジュは「どうするかにゃ?」と頭に両手を置きながら考える。
「正直なところ、私たちはシルクさまに見限られてるにゃ」
「このまま手ぶらで城に戻っても、なにも良いことなんかないし……」
「じゃあこのバカ男についていくかにゃ?」
「でもなんかこの王子ちょっと童貞くんっぽくてきもいし……パンツとか盗んできそう……」
「確かに信じられないにゃ」
「あーしも……」
おいおいお前らの会話全部筒抜けだぞ?
あと、お前らの自由意志が尊重されるみたいな空気感出してきてるけど、お前らの生殺与奪の権利は俺にあるからな?
そして一方のミユの方はというと……。
「お兄ちゃん、良い匂い……」
一日一回のくんくんタイムの権利を行使して俺の洋服の背中の部分に顔を埋めていた。
なんだろう。こいつは仮に解放しても地の果てまで追いかけてきそうだな……。
あぁ……やだ……。
俺が頭を悩ませている間にもギャルと化け猫はなにやらひそひそと話し合っている。
そして、唐突にギャルの方が俺のそでをくいくいと引っ張ってきた。
「んだよ……」
「あーしたちあんたについていくことにしたから」
「これからもよろしくにゃ」
「いや、勝手に決めてんじゃねえよっ!!」
あと、俺についてくるなら、せめてさっきのパンツ盗みそうでキモい発言を撤回しろ。
「ってかいいのかよ。上司のおばさんはカンカンなんだろ?」
「あーしたちには関係ないし……」
「あの人の美容のためにこき使わされるのなんて懲り懲りにゃ……」
どうでもいいけどシルクっておばさんはどれだけ人望がないんだよ。
もはや一周回って会ってみたいわ。
が、まあ実際問題こいつらを解放するわけにはいかない以上、消極的にこいつらを連れて行く他ない。
「はぁ……」
俺は全てを諦めるため息をつくと『長距離馬車』と書かれた建物の前で足を止めた。
※ ※ ※
「お肌の具合がお肌の具合がお肌の具合がお肌の具合がお肌の具合がお肌の具合が……婚期を逃す婚期を逃す婚期を逃す婚期を逃す婚期を逃す婚期を逃す」
その頃一方リクテン王国王都リクテリアのとある城、その執務室ではとある美魔女がぶつぶつと呪文のように何かを唱えながら怒りを露わにしていた。
そんな美魔女を目の前に執務室に腰を下ろしたザルバ四世は苦笑いを浮かべることしかできない。
「と、ところでウィレムを追った者たちは戻ってきたのか?」
ザルバは彼女の表情からある程度結果の察しはついていたが、一応は聞いておかなければならない。
なぜ国王である自分が彼女のご機嫌を損なわぬよう気を遣わねばならぬのかさっぱりわからないが、恐る恐るそう尋ねる。
「ああ?」
そんな国王の質問にシルクは鋭い眼光を国王に向ける。
「わ、私の声が小さかったかな……。ところでウィレムの後を追った――」
「蒸発したんだよっ!! 二人揃ってよおっ!!」
シルクは溜まっていた鬱憤を全て吐き出すようにそう叫んだ。
その表情は鬼……という表現でも生ぬるいほどに険しく、とてもじゃないが美人なんて表現はできそうにない。
「で、どうするのだ? 早くせんとウィレムが国外に逃げてしまう」
「んなことはわかってんだよ……。こっちは今頭使って考えてんだから、思考の邪魔をすんじゃねえ」
「え? あ、はい……すみません……」
と思わず謝罪をしてしまうザルバ。
――いや、なぜ私が謝らねばならん……。
すっかり国王と平民の立場が入れ替わってしまっていることに困惑しつつも、結局はルシタファ以外にウィレムを連れ戻すことのできる組織がいないことも理解しているので強くは咎められない。
と、そこでコンコンと誰かがドアをノックする。
「入れっ」
というザルバの声と同時にドアが開かれ、童顔のメイド服姿の女が入ってくる。
「失礼いたします」
涼しい顔で執務室に入ってきたルルはお盆運びながら、シルクを横切って執務机までやってくるとティーカップを置いた。
そして、一礼をするとそそくさと部屋を後にしようとした……のだが。
「あんたのせいよっ!! どうせあんたが裏で手を回してるんでしょ?」
そんなメイドのスカートの裾を掴むとシルクは彼女を睨みつけた。
が、それでもルルの表情は一切変わらない。
「はて? シルクさまはなんの話をされているのですか?」
「そういう態度が腹立つって言っているのよ」
「それは失礼いたしました。以後気をつけます」
「そういうところよっ!! そういうところがウザいって言ってんのよっ!!」
「はて? 私になにか粗相でも?」
シルクはルルの胸ぐらを掴むと、ルルの顔を自分の目の前まで引っ張ってくる。
「おかしいじゃないのよ。なんであんな世間知らずの若造相手にルシタファが苦戦しているわけ? どう考えてもおかしいでしょ」
「シルクさま、ウィレム王子を若造とおっしゃるのはお止めください」
「うるさいわね。わかってんのよ。あんたがあの若造を裏で操っていることくらい」
「根も葉もない噂ですね。私はウィレムさまの一日も早いご帰還をお待ちしているだけです」
――こいつらは何を言い合っているのだ?
シルクとルルの関係を知らないザルバにとって、彼女たちの言葉の意味はさっぱり理解できない。
が、二人はわけもわからないザルバに目もくれずに言い合いを続ける。
「シルクさま、あまり感情を露わになさるとお肌によくありませんよ?」
そんなルルの挑発にシルクのいらだちは頂点に達する。
「ざけんじゃないわよっ!! あんたのせいでイライラさせられてるんでしょっ!! ってか、なんなのよっ!! なんであんたは努力もしないでそんなに若々しいのよっ!! あたしの努力がバカみたいじゃないっ!!」
「別に私は若々しくありません。年相応です」
「はあ? そういう過剰な謙遜が癪に障るって言ってんのがあんたにはわかんないわけ?」
そう言ってシルクはルルの頬を抓る。
「教えなさいよっ!! どうやったらそうな風にいつまでも若々しくいられるわけ? あんたと私は同い年だったはずだけど? どんな魔法を使ったのかしら?」
「魔法なんて使っていませんが」
「使ってなきゃ異常よっ!!」
もはやウィレムの話からすっかり美容の話に変わっている。
が、ザルバにはこのけたたましい空気に首を突っ込む勇気なんて持ち合わせていない。
願わくば彼女の怒りの矛先が自分に向かないのを祈るだけである。
シルクは恨めしそうにルルの白くてみずみずしい頬を抓り続ける。が、痛みを感じているのかやせ我慢をしているのかルルは表情一つ変えずに、シルクの腕を掴む。
そして。
「い、いててててっ……や、やめなさいよ……」
シルクの腕をひねると強制的に頬から手を離させる。
シルクはルルから腕を振りほどくと「痛いわね……」と恨めしそうに手首を撫でた。
そんなシルクを見つめながらルルは口を開く。
「そんなに知りたいのなら教えてあげてもかまいませんよ?」
「はあ?」
「若さの秘訣です」
「ほ、ホントっ!?」
と、そこでシルクの目が輝いた。それまでルルに向けられていた怒りのまなざしは消え失せて羨望のまなざしへと変わる。
そんなシルクをルルは無表情のまましばらく眺めていたが、不意に不敵な笑みを浮かべると口を開いた。
「あまり見た目ではわかりませんが、私、クォーターエルフなので」
「なっ……」
「それでは」
そう言ってルルはシルクに頭を下げるとそそくさと執務室を出て行ってしまった。
クォーターエルフだから若く見えるという、決して自分の努力ではどうにもならない現実を突きつけられたシルクは呆然と立ち尽くすことしかできない。
なんだかよくわからないがシルクが口喧嘩に負けた。その事実だけを察したザルバは恐る恐るシルクに声をかける。
「で、次はどんな手を打つのだ?」
「行けばいいんでしょ?」
「はあ?」
「私が行くわよ。もう許さない。私があの若造をとっ捕まえてみせるわよっ!! 言っておくけど私を動かすからには高くつくからねっ!!」
シルクは目上であるザルバにそう宣言すると、執務室の前から姿を消した。
ザルバは誰もいなくなった執務室を眺めながらこう思った。
――どうして金を払って庶民からあんな横柄な態度をとられなきゃならない……。
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