第21話 あいつとの再会

 やばい……死ぬ死ぬ……。


 今のところ火の手は奥までやってきてはいないが入り口は完全に灼熱の炎に包まれて出られそうにない。


 その炎は絵画や骨董品、さらには絨毯を焼き尽くして洞窟内の酸素を奪っていき、一酸化炭素をまき散らしていた。


 このままだと一酸化炭素中毒で気を失ってそのまま焼き尽くされる。


「これ……詰んでないか?」


 思わずそんな言葉が口から出た。


「詰んでるかも」

「あーしも厳しいと思う」

「逃げられそうにないにゃ……」

「ワシも厳しいと思う……」


 いやボス、てめえには聞いてねえ。


 もう完全に全員諦めモードですよ。


 いやいやこの諦めモードはまずいっ!!


「おいおっさん、どこかに水はねえのかっ!?」

「ない」

「だったら、せめて火を消すような物は? あ、そうだっ!! 砂はっ!? 砂があれば火を消せるっ!!」

「ない」

「使えねえなっ!! おいっ!! そんなんだから手下に裏切られるんだよっ!!」


 あー詰んでるわ……これ完全に詰んでますわ……。


 どうしろって言うんだよ? 今からスコップで穴を掘って新しい穴でも作るのか?


 いやいや、そんなのじゃどう考えても間に合わねえだろ。余計に酸素も使いそうだし途中で窒息死ですわ。


「あーどうしよう……俺の……俺の人生はこんな下らないことで終わっちまうのか……」


 思わず、その場に蹲って現実逃避をしてしまう。そんな俺の背中をミユが撫でながら「ドンマイだよ……」と慰めてくれた。


 いや、お前も死ぬんだぞ……。


「バカですね……」


 と、そこでふとそんな声が洞窟内に響いた。


 どこかで聞いたことがあるような冷め切った女性の声。


 ん? 誰の声だ?


 慌てて周りを見回してみるが、他のメンバーは首を横に振る。


「無様ですね……」


 あ、また聞こえた……。が、今度は音の出所がどこなのかすぐにわかった。


 俺の懐だ。慌てて俺は懐を見やると、なにやら短刀の鞘に取り付けられた宝石が光っていることに気がついた。


 なんじゃこりゃ……。


 とりあえず懐から短刀を取り出すと光った宝石をマジマジと眺める。


 すると。


「ウィレムさまはこんなところで死ぬつもりですか? 本当に情けないお方ですね」


 宝石からその声は聞こえた。


 そして、俺はこの声が誰のものなのか理解ができた。


「ルル先生っ!?」

「ウィレムさま、逃亡生活は充実していますか? あれだけ鍛錬を積んで城からお宝も持ち出したのですから、すでに王国からは脱出されているのでしょう」


 間違いない。俺がまだ国内に潜伏していることを確信した上で、皮肉のようなそんなことを言ってくる女なんて一人しかいない。


 どういう原理かはわからないが、おそらく鞘に取り付けられた石は魔法石か何かなのだろう。


「な、なんでルル先生の声が聞こえるの?」

「魔法波と一緒ですよ。この声だって魔法波と同じく波の性質を持っています。それを魔法石で増幅してそちらに飛ばしています」

「なるほど……よくわからんけどなるほど……」


 なんか難しくてよくわからないけれど、ルル先生レベルになると音波も魔法波のように操れるらしい。


 が、声だけとはいえ心強い助っ人が現れた。


 俺の暗闇に覆われた心に一筋の光が差し込む。


「ルル先生っ!! 大変なんだっ!! 洞窟の入り口に火を放たれて外に出られないっ!! このままじゃ俺たち窒息死しちゃうよ」

「ずっと聞いていたので知っています」

「え……」


 も、もしかしてだけど、この短刀を持っている限り、俺の話した言葉は全部ルル先生に筒抜けなんじゃ……。


 俺、ルル先生の悪口とか言ってないよね。


 いや、今はそれどころじゃない。


「先生、俺たちはどうすればいい?」

「どうすればいいと思いますか?」

「いや、そういうの今は良いから何かアドバイスをくれ」


 縋る気持ちでルル先生にそう尋ねる。今こそルル大先生の知恵を授かりたい。


 そんな俺の言葉にルル先生はしばらく黙り込んでいたが不意に「はぁ……」とため息を吐いた。


 いや、なんで……。


「私はがっかりです」

「がっかり?」

「私は生きて行くのに必要な能力と知恵をウィレムさまに授けたつもりです。きっとそれらの知恵を使えばこの程度の状況、打開できるはずです」

「いや、無理だから縋っているんだよ」

「ウィレムさん、私はウィレムさんのママではありませんよ? 甘えるのはお止めください」


 そして唐突な突き放しである。


「まあウィレムさまにママに甘える趣味がおありなのだとすれば、私はメイドとしてウィレムさまの性欲に応えて無表情で抱っこぐらいはしますが」

「い、いえ……そういうのはちょっと……」


 俺の絶望的な状況を理解していながらも、ルル先生は全く動じない。


 いや動じてくれ。


「ウィレムさま」

「はい、なんでしょうか?」

「頭を使ってください。もしもこのままウィレムさまが焼け死ぬのであればそれは焼死ではありません。それはバカだから死んだのです。死因はバカ死です。ウィレムさまがしっかりと頭を使えば死ぬことはないのですから。ではまた」


 そう言ったきり魔法石の光は消えてルル先生の声は聞こえなくなってしまった。


 いや、この会話の時間必要だったのか?


 そう思わなくもなかったがルル先生は俺に頭を使えと言った。


 ならば何が何でも頭を使ってここから脱出する他ない。


 俺は辺りを見回す。ここにいるのは俺とボス、さらにはミユ、ユーナ、ジュジュの五人だ。


 まずはボス、こいつは問答無用で使えそうにないな……。


 が、一応聞いておくか?


「お前なにか魔法は使えるのか?」


 そう尋ねると男は手のひらにパッと花を出した。


「それ魔法じゃなくてマジックだよ」


 とりあえずこいつは使えない。というかこれでよく盗賊団のボスが務まったな……。


 ということで次にミユを見やる。こいつは闇を使っていろんな物が作れそうだけど火を消すようなものは作れそうにないよな……。


 次にギャルを見やる。


「おい、とりあえずこのボスが変なことをしないように洗脳しておいてくれ」

「わかったし……」


 ということでユーナは相変わらず穴の中で大金を抱きかかえるボスの元へと歩み寄ると膝に手をついてボスを見つめる。


「あんたあーしのこと好き?」

「は? なんだ突然……」

「良いから答えて。あーしのこと好き?」

「え? あぁ……好きだ……」

「だったらあーしの言うことなんでも聞けるよね?」

「き、聞ける……と思う」

「じゃあここから脱出したら宝物は全部返して罪を償えるよね?」

「償える……」


 ボスはあっさりギャルに洗脳された。


 こちとら魔法波が見えるからなんとかなるけど、冷静に考えれば恐ろしい魔法だな……。


 ボスとユーナのやりとりを横目で眺めながら身震いをしつつも、頭を働かせる。


 つぎはジュジュだ。


「確かお前動物と意思疎通が取れるんだよな? 取れるのは猫だけか?」

「そんなことないにゃ。魔物でも動物でもなんでも来いにゃ」


 ということらしい。動物や魔物と意思疎通ができるのであれば助けを呼ぶことができるかもしれない。


 いや、でもどうやって……。


 いやいや諦めるな……とりあえず頭を使え……。


 ということで俺はしばらく瞳を閉じて頭を働かせる。


 ルル先生の言うとおりこのままでは俺は焼死ではなく自分のバカさのせいで死ぬ。そうならないために頭を使え。


「ん? 待てよ……」


 と、そこで俺はふとあることを思い出す。


「おいミユ」

「お兄ちゃんなーに?」

「お前がいつも作ってる大鎌って、どんな形にも変形できるのか?」

「できるよ」


 そう言ってミユは手のひらから闇を出して地面に闇の黒猫を作って歩かせてみる。


 なるほど……。


 ならばワンチャンあるかもしれない。


 ということで俺はミユの元へと歩み寄ると、彼女に作って貰いたい闇の形について色々と説明をする。


「作れるか?」

「うん、お兄ちゃんのためならやるよ」


 と、ミユは親指を立てると同時に両手を前に突きだした。すると彼女の手から闇でできた鉄パイプのような物が出口へと向かって伸びていく。


「多分出口まで届いたと思う」

「よし、よくやった。おい化け猫」


 次にジュジュを見やる。


 彼女は冷めた目で俺を見やった。


「その呼び方は止めて欲しいにゃ……」

「とりあえずお前には山の魔物や動物に向かって助けを求めて欲しい」

「た、助け? こんな洞窟の奥深くからどうやって助けを求めるにゃ」

「ミユの作ってくれたこの筒に向かって大声で叫べ」


 ミユが作り出した闇の筒はここから洞窟の外へと向かって繋がっている。そして、外に出た筒の先はラッパのように外に広がるような構造になるようにミユには言いつけた。


 とりあえずこのメガホンを使ってジュジュには外の魔物に助けを求めて貰いたい。


「た、助けを求めるっていったい誰に求めるのにゃ」

「そんなのは自分で考えろ。助けてくれるなら誰でも良い」

「む、むちゃぶりにゃ……」


 ジュジュは困ったように首を傾げていたが、何かを思いついたようにポンと手を叩くと闇のメガホンに顔を近づけた。


 そして、


「キーーーーっ!! キキーーーーーーっ!!」


 直後、彼女の口から耳を劈くような甲高い金切り音が発せられ、みんなして耳を塞ぐ。


「う、うるさいしっ!!」


 ユーナがイラッとしたようにジュジュを睨みつけた。


「おいジュジュ、他にもっと不快じゃない鳴き声はないのか?」

「甲高い音が一番遠くまで聞こえるにゃ。死にたくなければ我慢するにゃ」


 ということらしい。ジュジュは俺たちに構う様子もなく相変わらずキーキーと不快極まりない鳴き声を発し続ける。


 ん? ちょっと待てよ……。


 俺はふとジュジュのその不快な甲高い金切り音に妙に聞き覚えがあるような気がした。


 なんか最近この音……聞いたぞ。それもここ数日の間に……。


 なんて考えていると、ふと出口の方から甲高い金切り音が聞こえた。


「へ、返事をしたにゃっ!?」


 どうやら上手くいったようだ。その後もジュジュはキーキーと不快な鳴き声を発し、それに呼応するように出口からも金切り音が返ってくる。


「今すぐに助けてくれるらしいにゃ」

「おおっ!! やったかっ!!」

「とりあえずここで助けにやってくるのを大人しく待ってるにゃ」


 と、ジュジュが言うので俺たちは彼女の言うことを聞いて、その何者かが来るのを待つことにする。


 一同は静まりかえった。


 静まりかえった洞窟内にはバチバチと何かが燃える音と、何かを発射するようなぴゅるぴゅるという音が鳴り響く。


 …………何の音だ? い、いや、とりあえず大人しく待つか……。


 ぴゅるぴゅる……バチバチ……ぴゅるぴゅる……ばちばち……。


 最初はぴゅるぴゅるとバチバチが交互に聞こえていたが、徐々にぴゅるぴゅるの音が大きくなっていき、次第にそのぴゅるぴゅるの音すら聞こえなくなった。


 もしかして鎮火したのか?


「ちょっと見てくる」


 炎の音が聞こえなくなった俺は四人にそう告げると出口へと向かって歩いて行き曲がり角を曲がった。


 その直後、舌をチロチロと出した巨大な蛇の顔が見えた。


 OH……NO……。


 蛇に睨まれたカエルとはまさに今の俺のような状態を言う。


 が、このまま突っ立っていたら蛇に食われるので、俺は硬直した筋肉をなんとか動かして四人の元へと戻った。


「……いたわ……」


 必要最低限で状況を説明するとジュジュを除く三人が首を傾げる。


 が、その直後曲がり角を曲がった糸吹きアナコンダの顔を見て、その場にいた全員が事態を理解した。


「はわわっ!?」


 糸吹きアナコンダの顔を見たユーナが顔を真っ青にしてそんな間抜けな声を上げる。


 直後、糸吹きアナコンダが口からぴゅっと糸が吹き出して彼女の体が蛇のネバネバの液に覆われた。


 おいっ!!


 アナコンダの口とユーナはネバネバの糸によって繋がれ「ちょ、ちょっとやだっ!!」と喚くユーナを巨大な蛇の口へと引きずっていく。


 おいおいユーナが食われるぞっ!!


「や、やだっ!! 食べられたくないしっ!!」


 と蛇の口へと引きずられていくユーナだったが、ジュジュが慌てて爪を出すとネバネバを切断して彼女を解放した。


 おい、洞窟を鎮火できたのはいいけど、蛇の餌になったら元も子もねえぞ……。


 前回討伐した糸吹きアナコンダよりもさらに一回り大きい個体に身震いしていると、ジュジュがアナコンダの顔の前に立ちはだかって蛇をギロリと睨みつけた。


 そして。


「キキーーーーーーーっ!! キーーーーーーーっ!!」


 と耳を劈く音でアナコンダに何かを訴えるジュジュ。


 そんなジュジュを睨んだまま糸吹きアナコンダはじっと制止して「キキーーー」と返事をする。


 なんの会話をしているんだ? 残念ながら蛇語に精通していない俺には彼女との蛇との会話の内容がわからない。


 その後もしばらくジュジュと蛇はなにやら会話をしていたが、不意に蛇はなにやら寂しそうな表情を浮かべるとにゅるにゅると後退するように出口へと向かって顔を引っ込めていった。


 なんだかよくわからないけど……助かった……。


「おいジュジュ、糸吹きアナコンダになんて言ったんだ?」

「他のメスアナコンダに、お前が人間の女の子に糸を吹きかける異常性癖者だと吹聴するにゃと脅したにゃ」

「あ、なるほど……確かにそんな顔してたわ……」


 なんかよくわからないけど、悲しそうに退場していった糸吹きアナコンダを見ていると、なんだか少しだけ親近感がわいた。


 まあ、頑張れよ。


 あと助けてくれてありがとな。


 ということで俺は異常性癖糸吹きアナコンダのおかげで助かった。

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